「空想の起源と進化」★★★☆☆
――「若い作家というものは未完成のほんものである。老大家というものは完成されたにせものである」文壇バーでなぜそんなことをわめきはじめたのか。おれはトイレに逃げ出した。おれは川にウンコして……岩のかげからナミが顔を出した。
雑誌のインタビューで読んだのですが、「最近の作品は思いつきだけで書いている」とファンから言われたのだそうです。筒井氏答えて曰く「思いつきじゃなけりゃ何で書くんだ」とか。そんな数々のとっておきの「思いつき」ですらご本人は満足してないのかもしれません。
「出世の首」★★★★☆
――ふたりは大河ドラマの雑兵というその他大勢の端役だった。侍大将を演じる役者が前を歩いていくのを、ふたりは憧憬の眼で見送った。いずれは大名、とまでは無理としても、せめてこの男のような侍大将くらいにはなりたい。
おおシュールな。こういう、時空がすっとスライドするような感覚は、強い印象を残します。小品ではあるのですが、珠玉の小品です。
「テレビ譫妄症」★★★☆☆
――何気なく立ち上がろうとして、達三はよろめき、両手をついた。下半身の感覚がまったくない。「ははあ。テレビ癲癇の一種ですな」話を聞いた医者はそう言った。テレビ評論家という仕事上、テレビの見過ぎらしい。
筒井氏お得意のケーハク評論家によるドタバタコメディで始まりながら、やがてホラーに着地する異色作です。え〜……麻痺のきっかけはテレビの見過ぎで、その後のきっかけは、医者の治療?なのでしょうか。ヤブ医者の腕ではギャグもホラーに転じてしまう。
「雨乞い小町」★★★★★
――小野小町の家には歌人連中がよく集まっている。おれもよく遊びに行く。ところがその日は、みんな黙りこくっている。「業平。えらいことになったぞ。小町が雨乞いの歌を捧げることになった」雨が降らなければ藤原一門は大喜びだろう。そこへ文屋康秀がひとりの男をつれてやってきた。星右京といって未来からきたといっている。
星右京という名前よりもむしろ「やたら不必要な大声で話す、よく肥った男」という無駄に詳しい説明の方に笑ってしまった(^_^)。六歌仙がぴょんぴょん跳ねてる絵を想像するだけでも楽しい。
「夜の政治と経済」★★★★☆
――蜜子は勤め先のバーのドアを押した。若手作家下地がいた。大作家の木滑が目当てらしい。実業家の信原が入ってくると、下地は露骨な笑いを見せた。信原は蜜子の愛人だった。木滑はママのパトロンであり、ママは下地をマンションに引っ張り込んだこともあった。一方蜜子も……
“出世”を夢見るホステスが、密度の濃い人間関係を渡って歩くのですが、その手がかりは予知夢判断。上ばかり見て足許を見ないとすくわれます。
「ジャップ鳥」★★★★☆
――イタリア人のジーナはおれ好みの美人だった。スカートが短く目のやり場に困って中庭を見ると、小柄な黄色い鳥がいた。「また来たぞ」「ああ。ジャップ鳥か」なるほど、黄色くて、眼鏡をかけたような黒い模様がある。
思わずGoogleで検索しちゃいました(^_^)。鳥を見たとき知識に惑わされずにこういうことを思いつけちゃう素直な感受性というようなものが、ひとつの才能の源なのでしょうね。
「となり組文芸」★★★★☆
――『寿町文芸』というのは町内の同人雑誌である。最近じゃ竜吉はすっかり流行作家、町内報からも原稿依頼がきたってぇ話。発起人の専五郎はそいつが面白くねぇ。
筒井氏にとって、落語みたいなサゲというのは“逃げ”なのかなぁという気もします。どんな無茶な話も「お後がよろしいようで」の結びでまとまってしまうのだもの。自らのゴシップな事実を記したものが私小説――とすれば、自他のゴシップな虚構を記した本篇などはさしずめ小説そのもの?
「桃太郎輪廻」★★★★☆
――その日、婆さんが川で洗濯をしていると、川上から、大きな尻が流れてきた。しかもその腹の部分は異様にふくらんでいる。「おやおや。妊娠八カ月ぐらいだよ、これは」婆さんは、その尻が、尻として独立した生命を持っていることを知り、ぶったまげた。
ただの昔話パロディかと思いきや、あの昔話であることにちゃんと必然性がありました。筒井ってすげェ。昔話ってすげェ。
「馬は土曜に蒼ざめる」★★★★★
――眼が醒めたら、とにかく馬になっていた。冗談半分とはいえ、事故にあったら馬に脳移植するのを望んだのはおれだったのだ。次のダービーでは、是が非でも優勝しなければならない。
タイトルが何かのもじりっぽい雰囲気なのだが、元ネタは何なのだろう? 軽い気持の一言、だとか、マッド・サイエンティスト、だとか、思っていたのと勝手が違う、だとかの、絵に描いたようなアンハッピー・ガジェットを裏切り続けるサクセス・ストーリー。
「傍観者」★★★☆☆
――私は足をのばした。からだがだるい。だがわけもなくはしゃぎまわるのは性にあわない。
「廃塾令」★★★★★
――最近ストレスによる子供の急死というケースがたいへん多くて、もちろん元兇は塾です。そして母親です。政府は臨時国会を開き、廃塾令の公布を決定いたしました。
普通の発想であれば、塾を諷刺するのなら塾を戯画化しそうなものだけれど、廃塾令という形でアンチ塾を戯画化したうえで、なおかつ塾の諷刺にもなっているのだから秀逸です。どちらかに与せずに、どちらの立場も笑いのめすところに、著者の非凡さがあります。
「団欒の危機」★★★★☆
――勤め先から帰ると、茶の間のテレビがなくなっていた。カラーテレビを買うことにしたので弟に古いテレビをやってしまったのだが、電機屋の配達の都合が悪いそうだ。テレビのない空虚さを思い知らされた。「そうじゃ。おじいちゃんがお話をしてやろう」
そう言えばちょっと前までは、「テレビを見ながらものを食べてはいけません」というのが割と主流だったような気がするなあ。でもこれはそれよりもさらに前に書かれてるんですね。ということは、現在これと同じ状況が起こったら、恐ろしいことになりそうな……。
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