『怪盗レトン』ジョルジュ・シムノン/稲葉明雄訳(グーテンベルク21)★★★☆☆

 『Pietr-le-Letton』Georges Simenon,1931年。

 メグレもの第一作。後のメグレと比べるともっとハードボイルドな印象です。すでにメグレ夫人も登場しているものの、この本のメグレに奥さんがいるのはすごく違和感がありました。

 後のシリーズの特徴である、人々に対するメグレの眼差しがそれほど感じられませんでした。それよりも本書にあるのは、メグレの怒りです。もちろんほかの作品でもメグレは怒りを露わにすることはあるのですが、本書のメグレからは怒りのあまり人を殺しそう(だし殺せそう)な印象を受けました。

 国際指名手配されている詐欺団の首領ピートル・ル・レトンが乗った列車がフランスに入国するという電報を受け取ったメグレが駅に先回りしたところ、レトンの人相書に一致する男がホテルに入るのを目撃した。だが列車内の騒ぎを聞きつけ駆けつけてみると、そこにもレトンと思しき男の死体があった。メグレはひとまずホテルに入ったレトンを追うと、レトンはアメリカの名士と会食をしている最中であった。やがてメグレは、レトンと思しき男が変名で結婚し航海士として旅をしている事実を突き止めたが、そのとき一発の銃声が……。傷つく胸を押さえながらホテルに乗り込んだメグレの目の前にあったものは――。

 タイトルのレトン(letton)とは「ラトヴィア人・ラトヴィア語・ラトヴィアの」という意味であるらしく、そうであるからこそ犯人の最後の演説がいっそうの重みを持って胸を打つことになります。

 この本にもトランス刑事が登場しますが、どうやら後のトランス刑事とは別人のようです。

 


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