『ナイトランド・クォータリー』vol.11 2017.11【憑霊の館】

「Night Land Gallery 堀江ケニー 少女を永遠の中に封じ込める場所」

「魔の図像学(11)廃墟画家たち」樋口ヒロユキ

野村芳夫インタビュー わが青春の〈リトル・ウィアード〉」

「角川文庫・横溝正史の装画で知られる杉本一文の画集が、2冊同時発売!」

「藤原ヨウコウ・ブンガク幻視録(3)田中貢太郎「黄燈」より」

「海辺の家にて」スティーヴ・ラスニック・テム/小椋姿子訳(A House by the Ocean,Steve Rasnic Tem,2014)★★★★☆
 ――九六年に台風「フラン」が上陸した時、妹のカレンはとげとげしかった。九九年「フロイド」の時は電話がつながらなかった。「姉さん……来てほしいの」「子供がいるの?」「ジュリー。七つなの」カレンは記憶より痩せていたが、そのせいか若く見えた。着替えもせずに眠り込んだローレンは、海に沈んでいる夢を見ていた。カレンは結婚していた。フランの時に夫が死んだが、結婚のことも夫が死んだことも言い出せなかったという。

 海鳥に見えた流木。埃をかぶって黴くさく見えた、きれいに整えられインテリアの飾られた部屋。久しぶりに再会した妹との、取り留めのない会話。そのどれもが怪異の兆しのようでいて、ただの疲れや見間違いだったり久々の再会ゆえのぎこちなさだったりで説明できるようでもありました。それだけに、最後の二ページでささくれた壁紙などの描写が連ねられる場面は、目をそらしたい現実を嫌でも目の当たりにさせられているようで、つらくなりました。
 

「彼女が遺したもの」ピート・ローリック/甲斐呈二訳(The Things She Left Behind,Pete Rawlik,2015)★★★★☆
 ――妻が行方不明になって十年が経つ。ガレージに積み上げられた段ボール箱を整理することにした。請求書の入っている箱はすぐに片づいた。焼却できないものはごみ回収に出した。書籍の詰まった箱には怒りを覚えた。人生の歴史を感じさせない、それらしく集められただけのもの。最後の箱は空っぽだった。他の箱の重さを支えられるはずがないのに。箱の下には鉄格子の嵌った穴が空いていて、汚水の臭いがした。

 本邦初紹介の作家。妻の残した膨大な段ボール箱から妻の人となりが浮かび上がってくることはなく、夫はひたすら目の前の作業を機械的に続けてゆくだけです。読んでいる方にも疲労感と達成感が混じり合った頃、突如として襲いかかる存在。仮にそれが「彼女」だったとするなら、人間として生きた証を残しておくための膨大な箱の中身だったのでしょうか。そんな「もしかすると」でしかないものを深く考える余裕は夫にはありません。それが彼女だったと信じて、「遺していったもの」と向き合おうとしてしまいます……。
 

「拡大する《ドラキュラ紀元》の世界」植草昌実
 ドラキュラ紀元シリーズが本篇+短篇+αで復刊されます。新訳ではなく復刊のようです。未訳だった第四部以降も翻訳予定、なのでしょうか。
 

「《ドラキュラ紀元》シリーズ、日本へ」キム・ニューマン/編集部訳(Anno Dracula and Japan,Kim Newman,2017)
 本誌のための特別寄稿。ドラキュラ紀元シリーズ発想のきっかけが語られています。
 

キム・ニューマンドラキュラ紀元』と新歴史主義」岡和田晃
 

「世界の上で」ラムジー・キャンベル/田村美佐子訳(Above the World,Ramsey Campbell,1979)★★★☆☆
 ――ノックスが宿泊客名簿をめくると、目に入ったのは自分の名前ではなく妻の名とあの男の名だった。では、当時ふたりは既に結婚していたのだ。いま宿泊している部屋がウェンディと過ごした部屋そのものであることにも気づいた。女主人がわざわざするはずもない。ただの偶然だ。ノックスはホテルを出て山道を登っていた。羊たちの顔が骨のように光っている。まるで髑髏がむしゃむしゃとなにかを噛んでいるようだった。

 別れた妻とかつて宿泊していたホテルに、別れた妻と別の男もかつて宿泊していて、そのホテルにいま自分が宿泊していて、二人が死んだ山を登っているという事情からは、どう考えても外からの怪異ではなく本人の心に問題があるようにしか思えません。思えませんが――頂上に登れば、何かが起こる……と思わせられてしまうのも確かです。
 

「STRANGE STORIES――奇妙な味の古典を求めて(8)さあ、ブラウンになりなさい」安田均
 SFでも奇妙な味でもなくミステリ作家としてのフレドリック・ブラウンにはまだまだ未訳の傑作短篇がある、という話。
 

「煙のお化け」フリッツ・ライバー中村融(Smoke Ghost,Fritz Leiber,1941)★★★★☆
 ――「幽霊を見たことがあるかい、ミス・ミリック?」ミスター・ランは言った。「今日の世界から生まれた幽霊、工場の煤を顔にこびりつかせ、機械の音を魂のなかで響かせている幽霊だ」すべては高架鉄道ではじまった。ある日鉄道の窓から、黒い袋のようなものが三番目の屋上に横たわっているのに気づいた。ところが次の日、その物体は一つ前の屋上にあった。その形はいびつな頭を連想させる。そして次の日……。

 古典新訳。幽霊が人の恨みから生まれるものならば、日々の暮らしに押し潰された労働者の町に生まれるのはなるほど理に適っているとも言えそうです。今日の感覚で言えば幽霊というより、人から人へと乗り移ってゆく悪霊や悪魔の類ですね。この作品の怖さは、ランが子どものころに透視能力があったことを認めるかどうかにあります。実際にあるものしか見えなかったランに煙のお化けが見えたということは……。
 

「ブックガイド 踏み込んではならない」牧原勝志
 『ねじの回転』『丘の屋敷』『地獄の家』『シャイニング』「真夜中の檻」といった古典のほか、『しりしばの家』のような最近の作品も紹介されています。
 

「笛吹くなかれ」マイクル・チスレット/牧原勝志訳(The Whistle Thing,Michael Chislett,2017)★★★★☆
 ――ジェイゴはカーラと公園の運動器具で体を動かしたあと、何の変哲もない笛が落ちているのに気づいた。「およしなさいよ。どこの誰が吹いたか吸ったかもわからないのに」とカーラに言われたが、ジェイゴは何となくポケットに入れておいた。パブからの帰り道、ジェイゴは笛を試してみようと思った。「その笛でバスを呼ぶんですか」と声をかけられて気づくとバス停留所に並んでいた。ジェイゴは笛を吹いた。口を離してもまだ調べが続いていた。

 M・R・ジェイムズ研究誌のために書いたものが長すぎたので本誌に送ってみたという、「笛吹かば現れん」へのオマージュ作品。一度目に笛を吹いてからの状況や後を尾けられているという感覚は朦朧と描きながらも、いざ怪物が現れると妙に生々しく描写するのが心憎い。幸いなことにジェイゴには、「魔物と契りを結んで魔女となる」東ゴート族の女がついていました。
 

「アンカーダイン家の礼拝堂」ウィリアム・F・ハーヴェイ/植草昌実訳(The Ankardyne Pew,William F. Harvey,1928)★★★★☆
 ――アンカーダイン館に滞在していた司祭によれば、七十五歳になるミス・アンカーダインは館に怖ろしいものが潜んでいることにうすうす気づいているようだった。それは苦痛と火と鳥にかかわり、人とも関連があるらしい。老嬢のことを心配した司祭が、友人である私を招くことにした。館から聞こえてくるのは、時にはフクロウのようで、時には雄鶏のようで、鳥の声をまねた人の声のようだという。

 ハーヴェイにしては古式ゆかしい正統的な幽霊屋敷ものです。賭け事に取り憑かれた人間の常習性と残虐性と涜神――ひとことで言えばクズっぷりが恐ろしく、幽霊の出没よりもむしろそのきっかけになる過去の事件のほうにおぞましさを覚えます。
 

「怖いもの作ろう」パトリック・タンブルティ/小椋姿子訳(Make Me Somthing Scary,Patrick Tumblety,2014)★★★★☆
 ――幽霊は白い。だから色を塗らずにおいたのに、ビークマン先生は真っ赤になって怒った。次の授業では「ハロウィーンに体育館に飾るので、先生に怖いものを作ってください」と言われた。今度は間違えないようにしないと。「怖いものを描いて」とは言わなかった。だからアニーはジャック・オ・ランタンのお面を作った。

 言葉を文字通りに解釈する子どもらしい言葉遊びから生まれた恐怖です。リアルに目撃すれば吐き気を催すような現象も、子どもの目を通した文章で読めばそれこそお人形遊びのような他愛のないものに思えてしまいます。ただし、起こった現象を見たアニーのその後の行動は完全にホラーでした。ビークマン先生のような、心のなかの自分の王国で暮らしている教師は少なくありませんね。
 

「未訳書セレクション 海外幽霊屋敷物件案内」植草昌実
 アンナ・リヴァーズ・シドンズ『The House Next Door』は、キングが『丘の屋敷』と並べて詳述している傑作だそうですが、いまだに訳されないところを見ると、『丘の屋敷』ほどではないのかなあ……。ほかにスーザン・ヒル『The Mist in the Mirror』やキム・ニューマン『An English Ghost Story』などが紹介されてます。
 

「ある幽霊屋敷に関する手記」J・シェリダン・レ・ファニュ/牧原勝志訳(An Authentic Narrative of a Haunted House,J. Sheridan Le Fanu,1862)★★★☆☆
 ――八年ほど前に転地療養を勧められ、海水浴場のそばに屋敷を借りたことがあった。妻の部屋から悲鳴が聞こえたので、聞くとありえないほど背の高い姿がベッドの脇に立ったのだという。執事のスミスは、自分の部屋に気味の悪い女がいた、と話した。他の使用人たちも裏の通路を不審な女が逃げていくのを見たと言っていた。使用人たちはそれをこの世ならぬ存在ではなく、泥棒が通路を使っているのではないかと不安にかられている。

 盛り上がるべきところで盛り上がらずに放り出されて、真相は読者に委ねられてしまったかのような印象を残ります。解題による「怪談実話のパロディ」という評に納得です。
 

「誰のものでもない家」A・M・バレイジ(Nobody's House,A. M. Burrage,1927)★★☆☆☆
 ――二十年も空き家だった家にロイドという男が斡旋されてきた。かつてこの家にはハーボーイズ夫妻が住んでいた。主人が骨折している間、幼なじみのピーター・マーシュは夫人と以前より頻繁に会っているようだったが、主人が二人を疑っている様子はなかった。一月のある日、銃声が響き、事切れたマーシュを、拳銃を持った主人が見下ろしていた。主人は何も覚えてないと言い張ったが、心神喪失は認められず刑に服した。

 タイトルは何のことはない、家はあるけれど土地の権利がないというだけの話です。失った記憶を確かめるために、既に死んでしまった当事者の幽霊に聞きに来るという発想は奇想天外で面白いのに、それが活かされることはなく良心の呵責なのか幽霊の祟りなのかといった普通の怪談で幕が下ります。小説がわりと下手くそで、ところどころでぎこちない。
 

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