『雪 新訳版』(上・下)オルハン・パムク/宮下遼訳(ハヤカワepi文庫)★★★★★

 『Kar』Orhan Pamk,2002年。

 スカーフをはずすことを拒んだことから教室に入ることを許されなかった少女が、そのスカーフで首を吊った。トルコ出身の詩人Kaは、殺された市長の後継者を選ぶ市長選挙と、少女の自殺事件を取材するために、カルスの街を訪れた。

 市長は違法建築上のごたごたから殺されたにもかかわらず、それには納得せず飛び交う憶測、「この街は安全なところですからね」と言いながらKaに護衛をつける副署長、政教分離政策と信仰の自由、自殺を禁じた教義と信者の自殺。

 冒頭からトルコの深刻な問題がさまざまに取り沙汰されます。Kaといういかにもカフカ的な名を名乗りながら、ここに描かれているのは象徴でも形而上でもなく、生のまま(に見える)現実でした。貧困層に取り入り票を集める過激派のやり方などは、信長や家康といった歴史小説を読む面白さといっていいでしょう。

 少女の自殺は失恋のせい。政治的なシンボルにされることを憂えながらも、スカーフと自殺の問題は最後まで失せることなく、劇場でのクライマックス、女優によるスカーフはずしと自殺(の劇)にまで引きずられます。

 この、好むと好まざるとにかかわらず、ある事柄が政治的なシンボルにされてしまう、というのは、本書のなかでもなかんずく普遍性を持っている部分で、こういうところがあるからこそ、遠い異国の出来事とは言ってられなくなります。そのことは校長を襲う狂信者の手前勝手な理屈にも言えて、まるで現在の日本のことを読んでいるようでした。

 みずからの名を嫌ってKaと自称する男。それは現実のしがらみから抜けた自由な視線なのか、はたまた逃避でしかないのでしょうか。

 十二年ぶりに故郷トルコに戻った詩人Kaは、少女の連続自殺について記事を書くために地方都市カルスへ旅することになる。憧れの美女イペキ、近く実施される市長選挙に立候補しているその元夫、カリスマ的な魅力を持つイスラム主義者〈群青〉、彼を崇拝する若い学生たち……雪降る街で出会うさまざまな人たちは、取材を進めるKaの心に波紋を広げていく。ノーベル文学賞受賞作家が、現代トルコにおける政治と信仰を描く傑作。(上巻カバー裏表紙あらすじより)

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