『ナイトランド・クォータリー』vol.08【ノスタルジア】

「Night Land Gallery 中野緑 郷愁が喚起する物語」
 ナイトランド叢書の表紙イラストを手がけているかたです。とてつもなく作風が幅広い。

「魔の図像学(8)横尾忠則樋口ヒロユキ

荒俣宏インタビュー 一九七〇年代幻想文学奮闘記」
 ビアスが知られてなく泉鏡花内田百間も人気のない時代があったんですね。
 

「使者」レイ・ブラッドベリ中村融訳/藤原ヨウコウ画(Emissary,Ray Bradbury,1947)★★★★★
 ――また秋が来たのだ。犬は春にはライラックの匂い、夏には花火の匂いを運んでくる。そして秋には! 病弱なマーティンの見舞いに通っていた学校の先生ミス・ヘイトが死んだ。十月も末のころ、犬のふるまいが変わった。

 『十月はたそがれの国』に収録されている名作の新訳です。犬がつれてきたものは死の匂い即ち死神にほかならないのですが、犬がどこもかしこも掘り返しているという描写からは死体という即物的な匂いをも想像させ、幻想的な雰囲気をたたえながらどす黒い部分も感じさせる作品になっています。
 

「STRANGE STORIES――奇妙な味の古典を求めて(5) ストックトンって「女か虎か」だけ?」安田均
 

「ぼくの大怪獣」ジョン・ランガン/植草昌実(Homemade Monsters,John Langan,2015)★★★★☆
 ――ゴジラのフィギュアが欲しくてたまらなかったぼくは、四年生のときに自分であの怪獣王を作ってしまった。同い年だったエディは、ぼくのおもちゃをうらやんだり絵をやっかんだりした。ゴジラの首を折って放り投げたときには、激情が一瞬で頂点を超えた。弟にしがみつかれなければエディに飛びかかっていただろう。

 子どものころはただ単に家が近いというだけで友だちだったりしたものです。子どもの想像力と、小さな世界ならではの大事なものに対する譲れない強い思いが結びつくと、信じられないことが起こることもある……というのも想像の力です。人形アンソロジー『The Doll Collection』初出。
 

「秘境と怪獣への見果てぬ夢 『失われた世界』から『キング・コング』へ」植草昌実
 

「グレート・ウェスタン鉄道で風光明媚なコーンウォールへ」ジェネヴィーヴ・ヴァレンタイン/小椋姿子訳(Visit Lovely Cornwall on the Western Railway Line,Genevieve Valentine,2015)★★★★☆
 ――列車に一人で乗っている女の子の持ち物は、人形だけだった。向かいに座っていた教授夫人は、「昔わたしもそっくりなお人形を持っていたわ」と夫に話しかけた。もっとも、こんなきれいな人形などではなかった。「そっくりなドレスを持っていたわ」知らない子供にそんな愚にもつかない嘘をつくなんて。夫の身内(実家では「家族」のことをこう言う)にどう見られるか。

 エクセター、トーントン、トルロ、そして終着駅ペンザンスまで、人形を持った少女と乗り合わせた人々の人生模様。列車に揺られる旅というのは、何もすることがないだけに、何か考えてしまうものなのでしょう。そして一歩を踏み出してしまう人も、そうでない人も。人形アンソロジー『The Doll Collection』初出。
 

オーガスト・ダーレスアメリカン・ノスタルジア――心地よく秘密めいた「淋しい場所」」岡和田晃
 〈奇妙な味〉作家としてのダーレス。
 

回転木馬オーガスト・ダーレス/小椋姿子訳(Carousel,August Derleth,1945)★★★★☆
 ――町外れに廃業した遊園地があった。むかし貧しい黒人というだけで群衆に八つ裂きにされた男がいたという。今はマーシャの遊び場だ。夕食に遅れて来たマーシャは父と継母に誰と遊んでいたのか聞かれて答えた。「くろいひと」……。

 雰囲気だけならまさにブラッドベリのような郷愁と幻想と怪奇に溢れているのですが、そこに黒人の呪いらしき因果を盛り込んでしまうところに、ダーレスのB級たる所以があるような気がします。
 

「月夜の迷宮」ニール・ゲイマン/牧原勝志訳(Lunar Labyrinth,Neil Gaiman,2013)★★★★☆
 ――〈月夜の迷宮〉はもう閉めてしまったという。だが終わってはいない。「焼きはらっちまったんだ」と老人は言った。「満月の次の日に中央まで入る。中央まで行ったら、来た道を戻る。できるのは満月から何夜かの月の明るい夜だけだ。月のない夜に入るのは子供たちだけだ。〈拷問者〉を見たなんて言い出す子もいた。

 肝試しの民間伝承とミノタウロスの神話を組み合わせたような、都市伝説めいた謎の先に待っていたものは……代償と引き替えの願掛け装置は今もまだ生きていました。ジーン・ウルフ・トリビュート『Shadows of the New Sun』初出。
 

「失われた思い出の本棚」植草昌実
 ノスタルジー傑作選。『何かが道をやってくる』『マリオンの壁』『歩道橋の魔術師』他。
 

「ファンタスマゴリーの彼方」井上雅彦

「「カリガリ博士」のフィルム」ベイジル・コッパー/植草昌実訳(Amber Print,Basil Copper,1969)★★★☆☆
 ――ブレンキンソップ氏が手に入れたという珍品フィルムは、『カリガリ博士』の別版だった。それを見せられたカーター氏は火事を恐れ、気分が悪くなった。ブレンキンソップ氏によると、フィルムは見るたびに内容が変わるという。

 解説によればM・R・ジェイムズの本歌取りが潜んでいるとのこと。ノスタルジーといっても個人の少年時代のことばかりとはかぎりません。カリガリ博士アンソロジー『The Black Book of Dr. Caligari』初出。
 

「影たちとともに」スティーヴ・ラスニック・テム/牧原勝志訳(Here with the Shadows,Steve Rasnic Tem,2013)★★★☆☆
 ――住み慣れた家を出て娘夫婦との新しい生活が始まる。夜、寝ていると、じいちゃんの声が聞こえた。「あの石積みには上るんじゃないぞ。蛇が巣を作っていた。開拓時代の墓だろう」。ふと振り返ると何かが立っていた。影だ。空間の裂け目からこちらをうかがっている。彼は必死に足を進めた。「失礼」と声をかけながら。

 少年時代の記憶をきっかけに忍び寄る怪異……かと思いきや、徘徊老人のニューロティック・ホラーに反転する構図がシブいです。
 

「未訳書紹介 ノスタルジックなアンソロジーと長篇」牧原勝志
 

「ジミー」レスター・デル・レイ/田村美佐子訳(Little Jimmy,Lester Del Rey,1957)★★★☆☆
 ――幽霊とほんとうに出会えたならわたしはほっとするのではないか。幼いジミーのことを、うまく言葉にすることさえできたなら……。わたしたちはジミーのたてる音を聞いた。母の臨終のさいに、家族じゅうが耳にした。だが、幽霊というのは戻ってきた魂――死者の魂のはずだ。

 これも子どもの幽霊が出没するだけの話に見えて、幽霊という存在自体に疑義が呈されていました。「帰ってきたソフィ・メイスン」のような、価値観や先入観が壊される感じが好きです。
 

  


防犯カメラ