『両シチリア連隊』アレクサンダー・レルネット=ホレーニア/垂野創一郎訳(東京創元社)★★★☆☆

 『Beide Sizilien』Alexander Lernet-Holenia,1942年。

 買ってしばらく経ってから読んだので、著者が誰かなどすっかり忘れて確かめもせず、レオ・ペルッツの作品だと思い込んだまま読んでいました。著者はペルッツの後輩で友人でもある作家だそうです。

 パーティ会場で見知らぬ男ガスパリネッティがロションヴィル大佐に語る、別人へのなりすましと、大公による人違い。人違いされたコンスタンティンイリイチとは何者なのか。ガスパリネッティが語る、兵士にとって最大の栄誉は死だという持論。その後に見つかる、首が180°曲がった大佐の元部下の死体――。

 甘美な悪夢のような冒頭だけで眩暈されます。思わせぶり、と言わば言え。非現実的ななりすましと人違いにしろ、悪魔的な殺人事件にしろ、真相のある部分はミステリ的な解決を見るもののそのほかの部分は嘘だったり偶然だったりと、物語が終わったあとでも何が現実で何が現実でないのか判然としません。入り組んだなりすましやあり得ないほどの偶然が、すべて現実である、と捉えたところで、それが真実だとは荒唐無稽でおよそ信じられません。では語られた真相は現実ではないのだ、と仮定してしまうと、そもそもの足場が崩れてしまいます。足のない足で地のない地面を闊歩しているような、ある種ひとを食ったようなところが本書の持ち味でした。

 作中でさまざまな人によって語られるいくつもの挿話が、冒頭の奇怪な挿話に勝てていない、というのが、ちょっともったいなかったです。

 1925年、二重帝国崩壊後のウィーン。大戦時に両シチリア連隊を率いたロションヴィル大佐は、娘のガブリエーレとともに元トリエステ総督の催す夜会に招かれた。その席で彼は、見知らぬ男から、ロシアで捕虜となって脱走した末、ニコライ大公に別人と取り違えられたという奇妙な体験談を聞く。そして宴もお開きになるころ、元両シチリア連隊の将校エンゲルスハウゼンが、邸宅の一室で首を捻られて殺害される。六日後には、事件を調べていた元連隊の少尉が行方不明となり……。第一次世界大戦を生き延びた兵士たちが、なぜ今“死”に見舞われるのか。謎に次ぐ謎の果て、明らかとなる衝撃の真相とは。二重身、白昼夢、幻視、運命の謎。夢想と論理が織りなす、世の終わりのための探偵小説。反ミステリの金字塔。(カバー袖あらすじより)

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