『賢者はベンチで思索する』近藤史恵(文春文庫)★★★☆☆

「第一章 ファミレスの老人は公園で賢者になる」★★★☆☆
 ――久里子は専門学校を卒業したもののデザイナーの就職先が見つからず、ファミレスでアルバイトをしている。国枝という常連の老人は、いつも何日か前の新聞を読んでいる。成り行きから犬を飼うことになった久里子は、近所で頻発している犬殺しの事件を知る。受験に失敗しひきこもりの弟が明け方こっそり家を抜け出しているが、まさか……。

 頼りない外見とは裏腹に優れた推理力を持った探偵といえば、ブラウン神父や亜愛一郎がいますが、本書の探偵役は頼りないどころか本当にボケ老人(を装っている?)だというのだから衝撃です。老人という特性を活かした変装術についても一家言持っているとなれば、ただ者ではありません。さて奇妙な論理を愛する先輩方のひそみに倣ってか、本篇の動機も狂人の論理に属するものでした。伏線があるとはいえ、ちょっと無理矢理めいているのは否めませんが。
 

「第二章 ありがたくない神様」★★★☆☆
 ――やばい。やばすぎる。弓田くんという新しいバイトの子が、めちゃくちゃかっこよかったのだ。それはやけに忙しい日だった。「ちょっと、このカレー妙な味がするんだけど!」念のために本部で調べてもらったが、異常はなかった。だが同じようなことが続くと……。調理を担当していた弓田くんは落ち込んでいた。

 千春という少女が、飲食店で働いているのに髪をまとめないタイプの子である――という点が伏線となって明らかになる〈犯罪〉と〈悪戯〉の中間くらいの事実は、一種の不可能犯罪ものですが、日常の謎の範疇で違和感のないものとなっており、何より実現の可能性も否定できないだけに、スマートです。ある意味お互い様とも取れる攻防ですが。
 

「第三章 その人の背負ったもの」★★★☆☆
 ――国枝老人が食い入るように窓の外を見つめていた。翌日、警察がファミレス「ロンド」に聞き込みに来た。隣の家の子供が行方不明なのだという。さらにはその子が国枝老人と歩いている姿も目撃されていた。誘拐をするような人には思えなかったが……。

 最終話にて国枝老人の正体が明らかになります。ファミレスと公園では雰囲気が違うことも、年齢不詳なことも、すべての理由が明らかになりました。しかし胸を突かれたのは国枝老人の正体よりも、人に対する眼差しでしょう。知り合った老人に掛けた「肩代わりしよう」という言葉、誘拐をおこなった理由と配慮には、歳月を積み重ねてきた人生の智者だけが持ち得る、まぎれもない優しさがありました。それも職業柄の人心掌握術の一つ――と言ってしまえば、そうなのかもしれませんが。
 

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