『ハートブレイク・レストランふたたび』松尾由美(光文社文庫)★★★☆☆

 松尾由美版〈隅の老人〉の続編です。終わり方からすると、第3弾以降も期待できそうです。
 

「大げさなペンケースの問題」★★★☆☆
 ――勝手に書斎がわりに使っているそのファミリーレストランには、幸田ハルさんというお婆ちゃんがいる。実はこの世の人ではない。刑事である恋人の南野さんが転勤することになり、わたしたちは後任の刑事と三人で待ち合わせしていた。その席でわたしがモニターをしている音声認識で鍵が開くペンケースの話になった。そして家に帰ってみると、そのなかから修正テープが消えていた。

 ドラマなどではなく「小説」という形態でこの作品を読めば、本気で読み返してしまえば合い言葉はわかってしまうでしょう。本文のなかから三度繰り返されている言葉を探せばいいのですから。そこは読み返さないことにするとして、物書きらしい発想の意外性でした。同じ言葉でも状況によって用い方が変わるという事実も、現実味を感じさせる細やかなところです。
 

「無防備なヘラクレスの問題」★★★☆☆
 ――店長の山田さんとひさしぶりに会った。失恋したばかりの山田さんは、刑事の小椋さんのことを知っていた。三年前、大学で同じクラスだった柿沢の父親のもとに、価値のないヘラクレス像の盗難予告が届き、山田さんは柿沢から念のためパトロールを頼まれたのだ。だが山田さんは後ろから頭を殴られ……。

 探偵役は三年前の(痩せていた頃の)小椋さんです。なぜヘラクレス像が選ばれたのか、山田さんの事件における役割は何なのか――いくつかのポイントをてきぱきとつなげてゆく小椋さんの推理が鮮やかでした。
 

「レインコートと笑窪の問題」★★★☆☆
 ――ホテルのエレベーター前でハンカチを拾ってくれた青いレインコートの女性は、売店の店員だった。さっきのお礼を言ったところ、けげんな表情をされ、同僚の店員も彼女はずっと売り場にいたと断言するのだった。

 佐伯先生ふたたび登場。謎に見えた現象が、目的ではなく結果(それもメインの目的のおまけみたいな)だという意外性は、推理合戦という感じで面白かったです。そもそもの動機と目的が多少(かなり)強引ですが(※夫に引き取られた娘に会うため、娘が買いに来る売店の売子と一時的に変わってもらった。娘は芸能人なので、行動の予定は予め知らされていた)。
 

「編み棒とコーヒーカップの問題」★★★★☆
 ――レストランに入ろうとした男は、入口でためらってから戻ろうとしたが、あとから入ってきた小椋さんに押し戻されるような形で入店し、席に着き、セーターを編み始めた。コーヒーカップに編み棒を引っかけてこぼしたあと、慌てたように立ち去った男を見て、小椋さんは「あやしい」とにらみ、推理勝負を持ちかけた。

 今まさに事件が起ころうとしているところから真実を見抜く、小椋さんの観察眼と推理力が光ります。ハルさんにとっては真以さんから話を聞いて推理するわけですからいつも通りではありますが。
 

「不透明なロックグラスの問題」★★★☆☆
 ――小椋さんが店長に聞きたいことがあるという。行きつけのバーのマスターが半値でグラスを購入した。詐欺ではないかと考えた小椋さんは、グラスの相場を確認したかったのだ。店長の山田さんは三年前の事件関係者だとついに小椋さんに伝えた。

 鮮やか、とは言いかねる、ちんまい詐欺(のようなもの?)です。どちらかといえば、否定された真以さんの推理がミステリ的には面白かったです。しかしながら否定された事柄がそのまま否定された根拠の裏表というのが優れていました。真以さんと南野さんの恋路よりも、ハルさんと佐伯先生や小椋さんと店長の山田さんの組み合わせに筆が割かれてます。
 

「宅配便と猫の問題」★★★★☆
 ――佐伯先生の家に宅配便を装って仔猫が送りつけられて来た。「親の代のいきさつを思えば、罪滅ぼしをしてもよいような気もします。けれどもお元気そうなあなたを見て、わたしもまた嫌がらせをすることにしました」

 ハルさんによる謎解きそのものが、もうひとつの謎を解決するいわば証拠固めになっていて、宅配便の謎が解けたあとにもう一つの「なるほど」が待っている贅沢な作品でした。短篇集のはじめから伏線も張られており、佐伯先生の退場の仕方がカッコイイです。真以さんと南野さんは結局会えずじまい。「三週間後」が描かれることはあるのでしょうか。

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