『探偵は教室にいない』川澄浩平(東京創元社)★★★★☆

 第28回鮎川哲也賞受賞作。久しぶりに日常の謎らしい日常の謎です。あまりに日常的な疑問すぎて一見すると推理のとっかかりもなさそうなのに、些細な手がかりから明快な真相が導き出されるのは、見事としか言いようがありません。

 登場人物は随分と大人びていて、中学生でなくてもいいような気もしますが、最終話で子どもでは行けない場所という可能性を強化するためには高校生では駄目だったのかもしれません。

 探偵役が不登校という設定にもさして必然性があるようにも感じませんが、それは探偵のエキセントリックなキャラ付けというよりは、不登校が特別なことでないということの表れでしょうか。

 四つの短篇が収められていますが、一時期の東京創元社の短篇集にあったような、最後に強引に一つの長篇仕立てにするような仕掛けはありません。それが相応しくないというよりは、必要がないのでしょう。友人とのつきあい方や友人や父親との和解の場面を書かずとも、どうなったかはわかりますし、その後も同じように接しているということを考えれば人間的に成長しているのもわかります。大がかりな仕掛けによって世界が変わる必要はないのだと思います。
 

「第一話 Love letter from...」★★★★☆
 ――「ウミ、目標シート書けた?」催促するのは親友のエナだ。バスケ部の顧問がテレビに影響されたのだ。男子バスケ部の総士くんもまだ書いていない。アホのくせに背が高く顔が整っていて教室では紳士なものだから女子にやたらモテる。京介くんは小柄だが、バスケへの情熱は人一倍だ。体育の授業から戻った私が机に手を入れると、「好きです」と書かれた手紙が入っていた。困ったわたしが思い出したのは、小学校が一緒だった鳥飼歩のことだった。四年生のとき、自由研究の工作を壊した犯人を推理のみで見つけ出したと聞いた。

 机の中に入っていた印刷されたラブレター。差出人も意図も不明です。手書きではないのが意図的なものだという推論や、盗難防止のための巡回強化中にラブレターを机に入れる機会を持つ者の絞り込みなど、多少強引とは思いつつも「九マイルは遠すぎる」のようでいて楽しくもありました。けれど決定的なのはその後の推理でした。手紙に書かれた何気ない一言から、それまでの“容疑者”絞りが再構築され、その瞬間に機会の面からあっと言う間に一人の人物が浮かび上がってくるのです。しかもこれ、学園ものでなければ意外と使うのが難しい仕掛けかもしれません。(※男女でバスケという機会を考えると部活や球技大会の合同練習というのが一番ありそう)。ちょっとからかわれただけでもどぎまぎしてしまう主人公です。真相を知ってなお同じような学校生活を続けるのは荷が重いはずです。しかも中学生。その意味で探偵という存在の意味がすごく大きいと思いました。突然真相を知ったならパニックになっていたかもしれません。探偵の推理でワンクッション置いていればこその、この結末でしょう。
 

「第二話 ピアニストは蚊帳の外」★★★★☆
 ――京介くんのクラスの伴奏者が怪我をしたため、ピアノを習っていた京介くんが代わりに伴奏をすることになったという。京介くんは自分に才能がないというけれど、音楽室で聞いた練習は圧巻だった。京介くんのクラスは合唱コンクールに対するモチベーションがすごく、合唱練習のために京介くんが部活に間に合わないこともあった。それなのに伴奏をやめることにしたという。朝練に寝坊したと言ったり、連絡に既読がつかなかったり、普段とは違う様子が心配だった。

 第一話にはラブレターという物証がありました。第二話の謎は、友人が合唱コンクールの伴奏を突然拒否するようになったのはなぜか――こんなの現実であれば何かあったんだろうねで済ませてしまってもおかしくはないし、気になったとしても推理のしようもないのではないかと思ってしまいます。几帳面な人物がメッセージをすぐに既読にしなかった――探偵の推理が唯一絶対の真実かどうかは問題ではありません。心理的な要因以外に既読にできないもっともな理由があったというところに推理の面白さがありました。「十七時」と書いて「ごじ」と読ませるルビはありそうでなかったのではないでしょうか。
 

「第三話 バースデイ」★★★★☆
 ――わたしとエナと京介くんは三人とも五月生だ。十一月生まれの聡士くんが誕生日祝いに海に行きたいと言って、わたしたちは余市に行くことになった。生憎の天気だったが海に着くころには雨も上がり、荒れる波を見て大喜びする総士くんを見て、彼がモテる理由が少しだけわかった気がした。翌週の金曜日、練習が終わって外に出ると、髪の長いきれいな女の子がいた。総士の彼女だった。今週会う約束をキャンセルされたため、心配になって会いに来たという。

 彼女思いの友人が突然デートをキャンセルし出した理由という、これまた雲をつかむような謎なのですが、そうせざるを得なかった必然性がやはり印象的です。第二話で既読にできなかった理由は暗い情熱でしたが、本話でデートできない理由は彼女に対する思いでした。しつこいくらいのエナの愚痴が伏線の一つになっていますが、第三話になりエナのキャラにすっかり馴染んでいる読者には伏線だとは気づけません。
 

「第四話 家出少女」★★★★☆
 ――居間でお父さんが新聞から顔も上げずに、歩が先月遅い時間に訪ねて来たことに文句を言ってきたので、思わず言い返して、翌日そのまま家を飛び出してしまった。……わたしは暗がりのなか引き返し、エナに連絡を取る。「わたし家出したんだけどね」「どうしたの? 行くとこないなら家に来なよ」「もう帰るつもりだったんだけど、トラブルが起きて……」「大丈夫なの?」「わたしは今――」スマホの充電が切れた。

 行方不明者(?)の居場所を推理するという意味では、一番ミステリらしい作品です。もっとも、本人が居場所を教えたがらないだけなのですが。ウミが帰れなくなった理由と居場所を推理する材料となるのが、単なるトリビア知識ではなく、知らなければ実際にありそうなところが良いです。これまでの友人相手の三話に対し、この作品では家族および新たな友人という広がりを見せていました。もし続編が書かれることがあれば、五人のさらなる成長を見るのが楽しみです。

 わたし、海砂真史《うみすなまふみ》には、ちょっと変わった幼馴染みがいる。幼稚園の頃から妙に大人びていて頭の切れる子供だった彼とは、別々の小学校にはいって以来、長いこと会っていなかった。変わった子だと思っていたけど、中学生になってからは、どういう理由からか学校にもあまり行っていないらしい。しかし、ある日わたしの許に届いた差出人不明のラブレターをめぐって、わたしと彼――鳥飼歩《とりかいあゆむ》は、九年ぶりに再会を果たす。

 日々のなかで出会うささやかな謎を通して、少年少女が新たな扉を開く瞬間を切り取った四つの物語。

 青春ミステリの新たな書き手の登場に、選考委員が満場一致で推した第二十八回鮎川哲也賞受賞作。(カバー袖あらすじ)

 [amazon で見る]
 探偵は教室にいない 


防犯カメラ