『S-Fマガジン』2019年6月号No.733【追悼・横田順彌|栗本薫/中島梓 没後10年記念小特集】

「乱視読者の小説千一夜(62) 花粉症の季節に」若島正

「SFのある文学誌(64) 都会恐怖とドッペルゲンガー――豊島與志雄の知性と憂鬱」長山靖生
 

「書評など」
◆アニメどろろ』『ULTRAMANは、どちらも原典をもとにしたオリジナル作品。紹介文を読むかぎりではどちらも原作へのリスペクトがあるいい作品のようです。
 

◆今月は面白そうな作品が少ない。上橋菜穂子『鹿の王 水底の橋』、澤村伊智『ひとんち』『予言の島』、今村昌弘『魔眼の匣の殺人』、『20世紀ラテンアメリカ短篇選』など、敢えて紹介されなくてもチェック済みの作品ばかりでした。
 

「ムジカ・ムンダーナ」小川哲(2019)★★★★☆
 ――父親からピアノのスパルタ教育を受けた僕は、演奏会の後ピアノを壊して父とピアノから逃げた。父の遺品のカセットテープには「ダイガのために」と書かれてあった。ダイガとは僕の名前だ。その曲に用いられていた楽器を手がかりに、僕はデルカバオに向かった。島民は音楽を貨幣と財産として用いており、最高の価値を持つ音楽を聞ける者は滅多にいないという。遺品の曲はもしやデルカバオの音楽なのではないだろうか……。

 タイトルはラテン語で「宇宙の音楽」とのこと。音楽とは科学であり、惑星の運行を音楽だと捉えたケプラーに感銘を受けた語り手も、音楽は宇宙だと考えていました。謎の名曲を追い求める旅と、父との確執の行方は、梯子をはずされたような結末を迎えます。けれどそれは父親に裏切られたというよりは、父親の絶望を知って、父親を乗り越えてゆけるチャンスなのでしょう。
 

「ピュア」小野美由紀(2019)★★☆☆☆
 ――どんな環境にも耐えうる人類を作り出そうとする遺伝子操作の結果、衛星ユングの女は体を鱗で覆われ、鋭い爪を持ち、岩をも砕く牙を持つようになった。人口の九割を占める男に代わって「テキ」と戦い、男を捕まえては食べ続けた。セックスしたら男を食べないと受精しない仕組みになったからだ。ほかの子たちほど“狩り”に興味を持てなかった私は、あるとき美しい男と鱗のない女児と出会った。

 本誌初登場。エッセイ『傷口から人生。メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』などの著作があるそうです。フェミニズム性愛SF。ある種の虫の生態をSF的に人間に置き換え、「女を食う」という言葉を文字通りに描いています。
 

「鬚を生やした物体X」サム・J・ミラー/茂木健訳(Things With Beards,Sam J. Miller,2016)★★☆☆☆
 ――南極の基地から、マクレディはニューヨークに帰還する。南極での最後の日々を、彼は思い出せずにいた。彼の体をのっとったあの物体のせいで、記憶が欠落しているのだ……。(解説あらすじより)

 映画『遊星からの物体X』の後日譚。ホラーではなく、ゲイと社会問題が描かれてました。
 

大森望の新SF観光局(67) はるこん2019とラヴィ・ティドハー」
 

「讃州八百八狸天狗講考《さんしゅうはっぴゃくやたぬきてんぐこうこう》」琴柱遥(2019)★★★★☆
 ――昔、京極氏屋形で、便所の中から手が出て女の尻を撫でるという怪異があった。それを輪弥という若侍が切りつけたところ狸の前脚であった。その狸が枕元に現れ、天狗講のため前脚を返してほしいという。空に天狗星のある六日間、天狗に化けて合戦を行うものだという。翌日、ばりばりと木が倒れる音がしたので輪弥が表へ飛び出すと、巨大な四足の妖怪変化の姿。狸が化けてプラテオサウルスとなった威容であった。

 「ゲンロン 大森望 SF創作講座」出身者デビュー作。寺社に安置されている天狗の骨とされるものは実際には恐竜の化石である――という〈事実〉から、そのまんま天狗とは恐竜だったと捉えたアイデアが楽しい。進化の歴史とは恐竜が天狗になる過程だと明らかにされる狸による化け合戦では、科学と伝承と妄想が乱れ飛ぶ、おもちゃ箱のようです。
 

「幻視百景」(20)酉島伝法

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