「鯨歌」劉慈欣/泊功訳(1999)★★★☆☆
――麻薬組織のボス・ワーナーおじさんは考え込んでいました。ニュートリノ探知機が発明されてからというもの、アメリカに密輸しようとした麻薬がことごとく見つかってしまうのです。アメリカで勉強していた息子が天才を見つけてきました。海洋生物学者のホプキンズ博士は、鯨にボートをくわえさせるアイデアを提案しました。
『三体』の著者のデビュー作。ですます調の文章によって童話っぽくなってしまったせいで、奇想天外なはずのアイデアにもあまり驚けません。道徳なしの皮肉なオチはよかった。
【英語圏SF受賞作特集】
「ジョージ・ワシントンの義歯となった、九本の黒人の歯の知られざる来歴」P・ジェリ・クラーク/佐田千織訳(The Secret Lives of the Nine Negro Teeth of George Washington,P. Djèlí Clark,2017)★★☆☆☆
――ジョージ・ワシントンのために購入された一本目の黒人の歯は、死んだ鍛冶屋のものだった。聞いたところによると年長の奴隷たちがアフリシーと呼ぶ土地では、大地から鉄を取り出して火と魔法で加工する鍛冶屋は崇拝の対象だったという。ここ、バージニア殖民地では、首に留める首輪、手足にはめる枷、口輪をつくらされていた。
小さな物語。ベタな着地。ポーカーフェイスのホラ話は読むのがいたたまれなくなります。
「ガラスと鉄の季節」アマル・エル=モータル/原島文世訳(Seasons of Glass and Iron,Amal El-Mohtar,2016)★★☆☆☆
――タビサは四足目の鉄の靴を履いて山を登った。アミラは誰も登れないガラスの山の頂にいた。山を登った男だけが娶ることができる。二人の女は山の頂で出会った。「熊と恋に落ち、裏切ったために、あたしは靴を七足履きつぶさなくちゃならないの。この山は靴底が早くすれそうだったから」
2018年6月号の「NOVEL & SHORT STORY REVIEW」で紹介されていたのを読んだときは面白そうだったのですが、お姫様文体のせいで過剰に百合々々しくなっている――というか、それありきの予定調和でした。
「初めはうまくいかなくても、何度でも挑戦すればいい」ゼン・チョー/大谷真弓訳(If at First You Don't Succeed, Try, Try Again,Zen Cho,2018)★☆☆☆☆
――バイアムは胸を高鳴らせ、宙へ飛んだ。もう龍になれるはずだ。前回失敗したのは、人間たちがバイアムをその正体――龍ではなくイムギという地を這う存在――で呼んだことが、龍になる妨げになった。だがもし、見た者が龍を見たと思ってくれたら……天もバイアムを龍と認めざるをえなくなる。それなのに、一人の人間のせいで龍になりそこねた。バイアムは天女の姿になってその僧侶に復讐しようとした。
ある人間の龍になりそこねた龍予備軍が天女の姿になってその人間に近づき、復讐として喰らおうとするものの心を通わせ始めるファンタジー。自己啓発モノみたいなタイトルが今のSF読者には求められているのでしょうか。
「ようこそ、惑星間中継ステーションの診療所へ――患者が死亡したのは0時間前」(Welcome to the Medical Clinic at the Interplanetary Relay Station | Hours Since the Last Patient Death: 0,Caroline M. Yoachim,2016)★☆☆☆☆
――A あなたは水耕区を通り、トマトにたかっている虫に手を噛まれる。あなたは走って診療所に向かう。診療所のドアには「再診の患者の死亡:0時間前」という表示がある。受診するならCへ。べつの医療機関に行くならBへ。
ゲームブック形式で、とにかく気持ち悪い目に遭って死ぬ運命にあります。ブラック・コメディというほどブラックでもコメディでもありません。
「特集解説」橋本輝幸
未訳紹介にも書かれているように女性作家のノミネートも増えたことの現れか、特集の四人中三人が女性作家です。わたしには気持ち悪いと感じられる作品が多かったのですが、アレステア・レナルズや劉慈欣の言うSFの変化と関係があるのでしょうか。
「この未訳作家・未訳作品が読みたい!」松崎健司(らっぱ亭)
ユージイ・フォスターの遺作「それが終わるとき、彼は彼女をとらえる(When It Ends, He Cathes Her)」が気になります。「圧倒的な筆致で描写されるダンスのシーンにアイシャの揺れ動くメンタルの流れが巧緻に絡まされ、やがて驚愕の結末が」。ダンスのシーンは読んでみたい。
「ティプトリーは三度死ぬ――ヒューゴー賞、キャンベル賞、ティプトリー賞の変容」巽孝之
日本初のヒューゴー賞受賞作『モンストレス』の著者の相方が、『オスカー・ワオの短く凄まじい生涯』のパートナーだったという話。ティプトリー賞名称変更騒動のおさらい。ほんとアメリカは頭がおかしい。
「青山ブックセンター本店・日本SFトークイベント採録」大森望×小川一水×日下三蔵×飛浩隆
「乱視読者の小説千一夜(65) ダイヤルMUを廻せ」若島正
ジョン・ウインダム。
「SFのある文学誌(70) 『美しい星』の三島由紀夫」長山靖生
空飛ぶ円盤研究会に所属し、UFOを信じてもいた三島由紀夫による『美しい星』。当時の空飛ぶ円盤研究会の雰囲気と、『宇宙塵』。
「書評など」
◆『月の光 現代中国SFアンソロジー』は、ケン・リュウ編のアンソロジー第二弾。
「サイバーカルチャートレンド(89) 意味や意思を伝える音声。それは言葉」大野典宏
「大森望の新SF観光局(72) 災厄小説と政治風刺劇のあいだで」
「緊急企画 コロナ禍のいま」円城塔・他
さまざまなことが、「だが、それはまだ、今ではない」
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