新本格30周年を記念した〈名探偵〉がテーマの書き下ろしアンソロジー。シリーズ探偵を登場させたのは7人中4人。そのうえ真剣に取り組んだ作品というよりもお祭り用のやっつけ仕事が多く期待はずれでした。
「水曜日と金曜日が嫌い――大鏡家殺人事件――」麻耶雄嵩 ★★★★☆
――スマホを落とし山道で迷った美袋三条は、偶然たどり着いた大鏡邸に宿を請う。子どものいない故・大鏡博士が引き取った四人の養子は“門外不出の四重奏団”として知られていた。露天風呂から上がり窓の外を眺めていた美袋は、黒ずくめの長身の男が小屋に入ってから出てくるのを目撃した。メイドに聞くと、亡き大鏡博士がよくそんな恰好をしていたというが――不審を感じた美袋が小屋に入ると、血溜まりと凶器と四大呪文のメッセージがあったが、肝心の被害者がいなかった。
過剰なまでに『黒死館』ネタがまぶされ、その結果“今鏡家殺人事件”『翼ある闇』も意識せざるを得ない、セルフ・パロディのような作品。メルカトルと美袋が登場するのが嬉しいところですが、メルカトルがいつも以上に投げっぱなしなので、真相の周辺がわからずもやもやします。種なしの博士が何かとのハーフの誕生を目論んでいたと想像することもできますが、何の根拠もない妄想にすぎません。タイトル「水曜日と金曜日が嫌い」の意味もわかりません。クラシックやバレエでもないようです。
「毒饅頭怖い 推理の一問題」山口雅也 ★☆☆☆☆
――嘘のうまい鶯吉は、やがて大店の主人となったが、五人の息子が揃いも揃ってボンクラばかりだった。大番頭を養子に迎え息子たちには勘当を言い渡そうとしている最中、大皿から大好物の饅頭を頬張っていた鶯吉が苦しそうに胸を押さえて昏倒した。息子たちの誰かが毒を盛ったと考えられるが……。
近著『落語魅捨理全集』の無門道絡が探偵役。山口氏のメタと小ネタは本当にくだらなくてイライラします。「饅頭怖い」はほぼ無関係だし、有名な論理パズルをそのまま謎にする見識を疑いますし、その挙句に真相は取ってつけたようでした。
「プロジェクト:シャーロック」我孫子武丸 ★★★★☆
――最初はそれは、日本の警視庁の木崎という職員の暇を持て余した趣味のようなものだった。名探偵といえる条件は何だろうか。「誰がなぜどのようにそれを犯したか」について答える者である。木崎は「定石」――古今東西の推理小説のロジック、トリックを抽象化して取り込んだ。ソースを公開したことでさまざまなプログラムや定石が増えていった。
シリーズ名探偵ではなく、シャーロックと名づけられた「帰納推理エンジン」の話です。プログラムやデータベースにあること以上のことはできないという限界とその抜け穴はそれとして、もう一つの抜け穴(=そもそも犯罪に見えなければいい)はごく古典的だったりしました。シャーロックが途中からギリシア文字でSを表すΣと呼ばれるようになるのは、Σを横にすればMになることを考えると象徴的です。
「船長が死んだ夜」有栖川有栖 ★☆☆☆☆
――仕事中に殺人事件を聞きつけた火村と私は現場に向かった。船長と呼ばれている隠居した船乗りが刺殺され、なぜかポスターが壁から剥がされ燃やされていた。二人の女性と三角関係にあったようだが、防犯カメラに映った犯人は周到にもビニールシートをかぶって身体を隠していた。
あまりにもゆるい犯人特定のロジックと、何の必然性もない犯人への罠。ロジックは二段構えですらまだ弱いですし、罠に掛かったところで決定的な証拠になるわけでもないのに罠を掛ける意味がわかりません。犯罪現場に野次馬に行く火村と有栖にドン引き。
「あべこべの遺書」法月綸太郎 ★★★☆☆
――二人の人間が相次いで不審な死を遂げた。互いの遺書が入れ違っていて、しかも死んだのは相手の自宅だった。法月警視が綸太郎に話したのは、そんな不可解な事件だった。しかも最初に死んだ転落死体は転落前に死んでいて、他殺もしくは死体遺棄の可能性が高い。二人は憎み合うほどの恋敵であり、無理心中が妙な形を取ったという線はない。
綸太郎が「厳密さより、ひらめきが求められる」と述懐しているとおり、可能性を転がしてゆく論理の遊びが楽しい一篇です。しかも警視が情報を後出しにして来るせいで二転三転してしまいます。あべこべの遺書という謎や転がり続ける推理など、これぞミステリの醍醐味とも言える内容ですが、さすがにやや複雑すぎるきらいがありました。
「天才少年の見た夢は」歌野晶午 ★★★☆☆
――彼の国が弾道誘導弾を発射し、何らかの能力を持つアカデミーの少年少女がシェルターに閉じ込められた。激しい揺れ。真凜が横になって倒れ、名探偵鷺宮藍が目を閉じていた。翌日、真凜が首を吊っていた。絶望から自殺したと思われる。だがその翌日、今度は最年長の月夜さんが首を吊っていた。喉には手で締めた跡が残されていた。
鷺宮藍という名前は、あとから思えばいかにもな名前ですが、近未来という設定と似たような名前の少年少女とにうまく隠されていました。驚きはあまりありませんでしたが、とはいえそこらへんの描写はやはりうまく書かれています。
「仮題・ぬえの密室」綾辻行人 ★☆☆☆☆
――京大ミステリ研出身の我孫子武丸が、幻の犯人当て小説があった気がすると話し始めた。すると法月綸太郎も「ぬえ」がどうこうという話だった気がすると言い始めた。だが私、綾辻行人はそんなものまったく覚えていない。
ただの思い出話です。それが綾辻氏特有の「……」を多用したいらいらする文体で綴られます。
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