『虚構推理短編集 岩永琴子の出現』城平京(講談社タイガ)★★★★☆

『虚構推理短編集 岩永琴子の出現』城平京講談社タイガ

 小説家としては超寡作家の著者が『虚構推理 鋼人七瀬』を刊行したのが2011年。それが2018年になって突然続編が刊行されました。文庫版にはあとがきの類がいっさいないのですが、そのあたりの事情は漫画版7巻のあとがきに書かれていました。2015年に『虚構推理』が漫画化され、「鋼人七瀬」篇は6巻分で完結したため、漫画の続きのために原作が必要となったとき、もとが『スパイラル』『テンペスト』のように当初から漫画を前提にしたのではなく小説を漫画化したという経緯があったことから、『鋼人七瀬』と続編の一貫性を保つために、シナリオの形ではなくまずは小説の形で続編を執筆したとのこと。

 著者の小説のファンとしては嬉しいかぎりです。するともしかしたら『名探偵に薔薇を』も漫画化されたら続編が書かれるのでは……などと思ってしまいますが、あれは作品の性質上おそらく続編はありえないのでしょう。名探偵への愛の告白であると同時に名探偵の死へのとむらいを意味するタイトルなのでしょうから。

 漫画版には、小説版にはない「よく行く店」等が収録されていますが、城平原作ではなく漫画家のオリジナルでしょうか。
 

「第一話 ヌシの大蛇は聞いていた」(2017)★★★★☆
 ――岩永は築奈山のヌシに会いに行った。「なぜあの女はこの沼にわざわざ死体を捨てに来たのか」それがヌシの相談だった。「うまく見つけてくれるといいのだけれど」ヌシが聞いた呟きからは、死体が発見されて欲しがっているように思える。犯人は逮捕されている。谷尾葵。元恋人に罪をかぶせて殺した犯人に復讐したのだ。警察には「死体を捨てれば大蛇が食べてくれると思った」と話しているという。

 虚構推理というシリーズの概念に則って、それらしい真相が提示されます。飽くまでもっともらしいだけなので、証拠はありませんが、証拠が残されていない合理的な理由があれば、証拠がないことで説得力が減じるということもありません。そこまで考えられているうえでのもっともらしい真相だというのが、よくある多重解決ものとはひと味違うところでしょう。解決の一つに大蛇である必然性を組み込んであるのも抜かりがありません。死体を捨てた理由にアクロバティックな逆説が用いられたからこそ、そこで一気に価値観の転換が図られて、もっともらしさに納得してしまいます。
 

「第二話 うなぎ屋の幸運日」(2018)★★★★☆
 ――一級建築士の梶尾は同じく時間に自由の利く十条寺を誘ってうなぎ専門店を訪れた。およそ店には不釣り合いなお嬢様がひとりでうなぎを食べている。謎をそのままにしておけない性分の梶尾は、お嬢様がうなぎ屋に来た理由を考え始める。梶尾に付き合って十条寺はお嬢様は虚空蔵菩薩の天啓だとし、梶尾を妻殺しで告発する。

 虚構の推理をするのは岩永ではなくうなぎ屋の客となっています。「九マイルは遠すぎる」というかシャーロック・ホームズというか、場違いな岩永の存在から推論を引き出そうとするところにはニヤニヤとワクワクが止まりませんが、それは妻殺しの枕でしかありませんでした。そしてもちろんあやかしと話ができる岩永は、推理なんかしません。無実の証拠だと思われたものが、心理状態によって反対の意味になったり、そもそもその心理自体が勘違いの産物だったりと、解釈の仕方によって幾通りもの理由づけが出来てしまえるのが、虚構推理の虚構推理たる所以でしょう。本書中のベストです。
 

「第三話 電撃のピノッキオ、あるいは星に願いを」(2017)★★★☆☆
 ――渡々水町では魚が大量死するという事態が続いていた。町長は善太の祟りではないかと怯えていた。観光客に孫を轢き殺された善太は失意のうちに命を落とし、木彫りの人形が家から消えていた。果たして人形は夜な夜な海辺を歩いて近づくものに電撃を浴びせていた。老婆・多恵のところに居着いた化け猫はおひいさまに解決を依頼した。

 虚構推理なのに虚構の推理がありませんでした。責任を取りたくない者による復讐というのがひねってあります。岩永も指摘しているとおり、電撃のピノッキオという派手でB級臭ただよう現象が、呪いの人形というものの本質をうまく覆い隠していました。
 

「第四話 ギロチン三四郎(2018)★★★★☆
 ――宮井川甲次郎が殺人容疑で逮捕されたと知った時、森野小夜子は(きちんと死体を処理したのに)と考えた。だが警察が来たりはしなかった。甲次郎は死体の首をギロチンで落とし、「一度試してみたかった」と答えたという。小夜子はイラストの取材旅行中、人形のように眠る少女と二人連れの青年から声をかけられた。付喪神となっていたギロチンは、甲次郎の「これで大丈夫なはずだ」という呟きの真意を知りたがっていた。

 虚構なのは推理ではなく、現実の方を虚構にしてしまう妖サイドの事情と、また嘘であるべきという犯人の思いの方でした。これまた古典的な動機とトリック【※ネタバレ*1】ですが、「電撃のピノッキオ」と同様にギロチンという派手な道具立てと、虚構推理という作風がうまく目くらましになっていました。
 

「第五話 幻の自販機」(2018)★★★☆☆
 ――深夜、山間部でうどんの自動販売機を見つけ、美味しさから再訪しようとするが、どうしても見つけられない……そんな都市伝説がネットで広まっていた。実のところは化け狸のうどん屋で、異界に迷い込んだ人間の実体験だった。異界はしばし時間や場所を飛び越える。殺人犯がその自動販売機を利用したことから、アリバイが成立してしまい、自白しているにもかかわらずアリバイがあるというおかしな状況が出来てしまった。

 久しぶりの虚構推理です。警察が捜査しても異界など見つかるわけもなく、自白しているのに嘘のアリバイを主張しているように見えてしまうことに納得できない刑事が独自に捜査を続けることで、異界の入口が見つかってしまう――そのことを恐れた妖たちのため、刑事を納得させる虚構を作りあげます。発想はさすがこのシリーズに相応しい奇想に満ちていますが、肝心の虚構推理がちょっと複雑で切れ味に乏しいところがありました。

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*1 過去の事件の真犯人をかばうために新たに犯行の痕跡を残した

 


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