『皇帝と拳銃と』倉知淳(創元推理文庫)★☆☆☆☆

『皇帝と拳銃と』倉知淳創元推理文庫

 『Emperor and Gun』2017年。

「運命の銀輪」(2009)★☆☆☆☆
 ――伊庭は凶器の金槌を振り降ろした。友人であり仕事のパートナーでもあった和喜多。四季杜忍がこんな形で解消とはな……。自転車の隠し場所を目指すと、ホームレスが自転車を盗もうとしていたが、一喝すると逃げていった。自転車は敢えて駐輪スペースではなく外に停めた。天気予報通り夜半には雨になった。現場の痕跡はすべて洗い流される。折よく宅配便も届いた。思わぬアリバイになる。新刊の方針で言い争い、才能なしと罵られなければ、殺すこともなかった……。

 倉知淳初の倒叙ミステリ集。コロンボも古畑も福家警部補も好きな身としては楽しみにしていたのですが、あまりの出来にがっかりでした。倒叙の魅力はいつばれるのかというサスペンスや、犯人と探偵の知恵の絞り合いや、探偵がどんなほころびを突いてくるかだったりと、いろいろあると思うのですが、この作品にはそのどれもありません。確かに犯人側の視点という意味では倒叙なのですが、その後はひたすら捜査と聞き込みの繰り返しという古くさい謎解きミステリそのものでした。

 そして犯人特定の決め手……結局のところ倉知淳はギャグ作家にしかなれないのでしょう。偶然も巧く使われれば効果的ですが、目撃者側の偶然、それも【自転車の登録番号と自分の誕生日+年齢が同じだった】という噴飯ものの偶然では犯人も浮かばれません。【やけにサインが丁寧だったから、アリバイを印象づけるためにわざと時間をかけていたという】宅配便のサインに至っては、いちゃもんにしか思えません。

 探偵役は乙姫警部と鈴木刑事。乙姫は死神のような風貌で、鈴木刑事はモデルのようなイケメンとは裏腹の熱血漢。乙姫は見た目が死神みたいなだけのキャラクターで、熱血漢の鈴木の方が面白味のあるキャラクターでした。
 

「皇帝と拳銃と」(2014)☆☆☆☆☆
 ――屋上での細工を終えて十二階の執務室へ戻った。稲見主任教授はそこでやっと息をついた。書棚には十階の資料室から運んできた『日本文学概論大全』が並んでいる。防音加工を施された扉の向こうから事務員の津我山がインターホンを鳴らした。稲見は脅迫者に向かって拳銃を撃った。背後の『日本文学概論大全』の第四巻に銃弾がめり込んだ。「データのコピーはどこだ」「俺のデスクの上から二番目の引き出しに――」「よし、回収しに行く。お前も一緒にだ」

 欠点については「運命の銀輪」と同じですが、犯人特定の決め手が偶然ですらありませんでした。【ほっとして手袋を脱いじゃった!?】 ご都合主義にもほどがあります。ギャグですらないでしょう。この作品では犯行現場と犯行方法が途中までは隠されていて、どうやって他人を屋上から落とすか(自分から落ちてもらうか)を巡るハウダニットにもなっていましたが、【研究棟から教室棟まで渡した板橋に見せかけた紙の橋を渡らせた】という犯行方法はわざわざ隠すほどのものでもありませんでした。
 

「恋人たちの汀」(2016)★☆☆☆☆
 ――間宮が部屋に入ると、叔父の黒瀬がまた消臭スプレーを撒いていた。潔癖症というわけでもないのに、一風変わった癖だった。「おお、来たか」「話というのは?」。叔父はテーブルに劇団のパンフレットを置いた。「美凪ちゃんな、この女優を俺の囲い者にする。お前は説得しろ。命令だ」。間宮は制作費の不足分を叔父から借りていた。「嫌だというなら、二百五十万、耳を揃えて返却しろ」。間宮は叔父のコレクションの脇差を取り、突き刺した。血が飛び散ったパンフレットを回収し、間宮は美凪に電話してアリバイ工作を頼んだ。

 これまた欠点については同様ですが、犯人特定の決め手が「被害者に消臭スプレーをかけまくる癖があった」という無理くりな設定に拠るという、相変わらずの冷え冷えのギャグでした。【別のテーブルに重ねて置かれていた劇団パンフレットの一番上にスプレーがかかっていなかったことから、スプレー撒布後に一番上のパンフレットだけが別の場所に移された=現場から持ち去られた血の付いたA4版の紙切れはそのパンフレットだ】というロジックは良いだけに、スプレー撒布癖なんていうおかしな設定ではなく、もっと自然な事情を用意できなかったのでしょうか。
 

「吊られた男と語らぬ女」(2017)★☆☆☆☆
 ――男がぶら下がっていた。女はそれを見上げていた。女は足元の木箱の位置を調整する。木箱を足場に男が首を吊ったと、誰の目にも明らかなように。『伽也、結婚しよう』。こうするしかなかった。女自身の手で。……一階の仕事場で見つかった彫刻家の堀部の死体は、索状痕からも自殺だと思われた。だが索状痕から推測できるロープの径は二センチ以上だが、吊られたロープの直径は一センチだった。何者かがロープを取り替えたのだ。二階を仕事場にしているフォトグラファー相内伽也にも警察が聞き込みに来た。

 犯人視点で犯行現場の様子が描かれているという点こそ倒叙ですが、犯行の動機も、非力な犯人が男を吊るした方法も、ロープが取り替えられていた理由も、何もかも不明であり、倒叙のようなふりをした正統派の謎解きミステリでした。アリバイも崩れず犯行方法も不明なのは【犯人のいない自殺だった】からだという逆説まではいいとして、【醜形恐怖症の伽也が自己評価の低さからプロポーズを断ったところ、そのショックで自殺した堀部を見て、罪悪感から犯人になって罰を受けようとした】という事件成立の事情は何とかならなかったのでしょうか。堀部は何なんでしょう。芸術家だから繊細? 「恋人たちの汀」のスプレー撒布癖もそうでしたが、ギャグであれシリアスであれもっと説得力のある理由を用意してもらいたいものです。

  


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