『ザ・ロード』コーマック・マッカーシー/黒原敏行訳(ハヤカワepi文庫)★★★★★

ザ・ロードコーマック・マッカーシー/黒原敏行訳(ハヤカワepi文庫)

 『The Road』Cormac McCarthy,2006年。

 荒廃した世界で旅を続けながら生きてゆく父と息子の物語です。

 いわゆる終末ものの多くで描かれるのが、変容してしまった世界であったりサバイバルアクションであったりするのに対し、本書の終末はSF的要素などほとんどない、生々しいまでの現実でした。

 宇宙人が攻めてきたわけでも放射能に汚染されたわけでもなく、スラムが拡大したような、被災地が復興せず荒廃し続けるような、無残な現実が広がっています。

 盗み、殺し、レイプ、奴隷、人肉食が当たり前となってしまった世界で、父子も生きるために火事場泥棒をしたり他人を見捨てたりしながらも、最低限の矜恃は失わず、父親は息子に教育を施してゆきます。

 台詞のカギかっこがなく、一行空きのブロックが連ねられる形でエピソードが綴られてゆくこともあり、物語自体はとても静かです。静かだからこそ、残酷さが際立つのでしょう。

 ほとんど武器も持たない無力な父子にとって、他人との接触は暴力を受けることや殺されることを意味します。だからそもそもなるべく人に見つからないように用心しているのですが、それでもときには衝突は避けられません。

 カートを盗んだ追放者に対する父親の容赦ない仕打ちにはショックを受けました。そしてすべてを奪われた追放者の選択にも。

 母親がみずから死を選んだように、捕まった場合には自殺するよう息子が命じられているように、弱い者にとってはそれが一つの、ではなく唯一の選択なのでしょう。

 父と息子はことあるごとに「お礼をいったほうがいい?」「そうだな」のような簡単な会話のやり取りをするのですが、最後になって活かされるのが「善い者」「ぼくたちは火を運んでいるから」という二つのフレーズでした。善い者とは父親が生き抜くなかでも守ろうとしたものであり、火とは恐らく希望の火なのだと思われます。父親の教えはきちんと息子に受け継がれていたことがわかり、この暗くつらい物語のなかで一筋の光明でした。

 空には暗雲がたれこめ、気温は下がりつづける。目前には、植物も死に絶え、降り積もる灰に覆われて廃墟と化した世界。そのなかを父と子は、南への道をたどる。掠奪や殺人をためらわない人間たちの手から逃れ、わずかに残った食物を探し、お互いのみを生きるよすがとして――。世界は本当に終わってしまったのか? 現代文学の巨匠が、荒れ果てた大陸を漂流する父子の旅路を描きあげた渾身の長篇。ピュリッツァー賞受賞作(カバーあらすじ)

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