『まほり』高田大介(角川書店)★★★★☆

 異世界が舞台の『図書館の魔女』とは違い、現代日本が舞台の民俗学ホラーミステリでした。

 淳は妹の喘息のため田舎の祖母宅に引っ越していた。山奥で着物姿の少女を見かけ、強い印象を受ける。祖母に言わせると、その少女は「馬鹿」だという。障害のある少女が非道い目に遭っているのではないか――淳はそれからも山奥に何度か出かけるようになる。

 社会学専攻の大学生・裕は二重丸の都市伝説を耳にし、体験者に話を聞く。道沿いに二重丸の札が貼られており、それをたどってゆくとこんぴらさまにたどり着き、そこで少年たちは何かを見たという。舞台がはからずも裕の地元だったころから、裕は地元に戻って調査することにした。同窓生の飯山が図書館に勤めていたことから一緒に調査を開始する。

 裕の戸籍には亡くなった母親の名はなく、旧姓は琴平とも毛利とも言われていた。果たして琴平《こんぴら》様と母にはつながりがあるのか――。

 都市伝説が扱われていることから、必然的に怪談めいた内容も描かれていますが、これがじわじわくる怖さでした。はっきりと何が怖いのかはわからないけれどとにかく不気味であり、それは都市伝説だけではなく作品全体を覆っている要素です。

 調査に対する態度が著者らしいというべきか、学術的な手続きをおろそかにしていないので、読みごたえがあります。

 直観や論理の飛躍(アクロバット)などは名探偵の推理では当たり前――どころかむしろそれがミステリの醍醐味だと思うのですが、作中の学者からだたの推測についてしょっちゅう釘を刺されるように、中盤はただただ地道に資料をたどってゆくというしんどい作業の繰り返しでした。

 それでも結局最後には、人命には替えられないため、推論をもとに実力行使に出るのですが、それも中盤のデータの積み重ねあっての説得力、なのでしょう。

 タイトルになっている「まほり」の意味は、意外な形で明らかになります。名探偵ならぬ一人の人間には限られた材料だけでは正解を見抜くことなどできず、超人ならぬ一人の人間には知識量やデータベースへのアクセスにも限界があります。

 扱われているネタは民俗学的にはよくあるものなのですが、それを“よくあるもの”で終わらせない厖大な裏打ちが圧巻です。

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