『ミステリマガジン』2022年3月号No.751【観て読んで楽しむクリスティー】

『ミステリマガジン』2022年3月号No.751【観て読んで楽しむクリスティー

「三人のペテン師」アガサ・クリスティー/加賀山卓朗訳(Fiddlers Three,Agatha Christie,1971/1972, 2017)★★★☆☆
 ――〈フレッチャー開発〉のサム・フレッチャーは今すぐにでも資金が必要だった。同じビルの最上階を所有しているヘンリー・パンハッカーが頼みの綱だ。ところがヘンリーがよくない報せをもたらしてきた。父親のジョナサン・パンハッカーが飛行機の中で発作を起こして救急車で運ばれたというのだ。ジョナサンは友人と長生きするかどうかで賭けをしていたため、賭けの期限より前に死んでしまえば目当ての金は入らない。それなのにジョナサンは客室乗務員からもらった薬を飲もうともせず、とうとうフレッチャーの執務室で死んでしまった。秘書のサリーのアイデアにより、期限である一週間後まではジョナサンが生きているように装うことになったが……。

 長らく未訳どころか未刊行だったクリスティー最後のオリジナル戯曲。発表当時評判が悪かったことから埋もれていたようです。クリスティーらしさはあまり感じませんが、遺産のために死を偽装するドタバタコメディはいま読んでも充分に面白いものでした。ことあるごとに第三者が顔を出して邪魔をするというコメディの定跡に、客室乗務員にしても弁護士にしても電話にしてもどれも笑いだけでなくミステリとして意味を持たせているところは、さすがに巧いなあと思いました。おバカキャラジーナのミスすらも災い転じて福と成すサリーの機知にしても、ちゃんと二人のキャラを活かしたうえで物語を転がるべき方向に転がしていました。
 

「八十歳の女王が「ふふふ」と微笑むコミック・クライム」小山正
 「三人のペテン師」上演や刊行の事情が説明されています。
 

「『ミステリと言う勿れ』著者 田村由美 メール・インタビュー」

「特集 松坂健 追悼」
 

「Le biscuit à la Reyne Marie-Antoinette―王妃マリー=アントワネットのビスキュイ―」宮園ありあ ★★☆☆☆
 ――地下の独房に収監されたかつての王妃を「奥様」と呼んでロザリーは献身的に仕えた。「戴冠式の晩餐会で不思議な出来事がありましたの」ある日、マリー=アントワネットは言った。「先端が濃い赤紫色に染まったランスの銘菓ビスキュイ・ローズ・ド・ランスをシャンパンに付けると、シャンパンも見事な薔薇色に変わって、なんて粋な演出かしらと感激しました。あとでランスの老舗から取り寄せてみたけれど、色は変わりませんでした。亡き夫には叱られましたけれど、私にはどうしても毒には思えなかったのです」。王妃の死刑が確定したとき、ロザリーはこの謎を解こうと決めた。そうして、王妃の死を望んでいる人ばかりではないと伝えたかった。

 アガサ・クリスティー賞優秀賞受賞者。牢獄の門番の女中がマリー=アントワネットの人柄に打たれて、死にゆく王妃にせめてもの喜びを与えようとしたり、探偵役となる近代化学の父ラヴォワジェの生を通して革命政府の愚かしさが描かれたりと、ドラマ性は充分なのですが、肝心のミステリ部分がただの理科の実験なので感銘も薄れてしまいます。
 

「華文ミステリ招待席 第3回」

「騎士と過ごしたあの夜」呉非《ウー・フェイ》/阿井幸作訳(和骑士度过的那一夜,吴非,2019)★★☆☆☆
 ――中国最高峰の大学に合格し、大学三年生の時アメリカのジョンズ・ホプキンス大学の学部生にまでなった隋波が、露店の串焼き店で肉の刺さった串を次々に引っ繰り返していた。ラジオではタクシー運転手がおかしな乗客の話をし始めた。スーツケースをトランクに積もうとせず、当初の行き先とは違う場所をあちこち指示しているという。やがて郊外の寺を指示されたとき、運転手は強盗の線を疑った。だが乗せたのが一流ビルだったこともあり、強盗ではないと考えて乗客の指示に従った。ラジオの話を聞いた随波は、私に車を出すよう告げた。

 解説にもあるように島田荘司「糸ノコとジグザグ」を思わせる話です。ただしあちらにあったような、誰もが一丸となって答えを見つけようとするスリルはありません。第三者の命が懸かっている分、こちらの方が緊迫感が強くてもおかしくないはずなのに、ラジオと推理と追跡がそれぞれバラバラに順番に起こっているだけなので緊張感に欠けていました。真相が傍迷惑なプロバビリティの犯罪だというのにもげんなりします。他人を巻き込むめちゃくちゃ迷惑な犯人なのに、ちょっといい話っぽく終わっているのがさらに興醒めでした。
 

「これからミステリ好きになる予定のみんなに読破してほしい100選(6)密室殺人」斜線堂有紀

「迷宮解体新書(126)矢樹純」村上貴史
 

「BOOK REVIEW」
セイヤーズ『ピーター卿の遺体検分記』は、第一短篇集の新訳。創元の短篇集が2冊で止まってしまったため、雑誌に訳載されたきりだった作品が読めるのはありがたい。「アリババの呪文」は『モンタギュー・エッグ氏の事件簿』に収録されているので本書には未収録だそうです。

松岡圭祐『アルセーヌ・ルパン対明智小五郎 黄金仮面の真実』は、タイトル通りのパスティーシュ。千街氏の書評を読むかぎりでは、この手の作品にしてはB級っぽくはなさそうです。

青山文平『底惚れ』『江戸染まぬ』。「時代小説の世界にミステリ読者をも当然とさせる意外性を仕込む青山文平」とあります。

シルビナ・オカンポ『復讐の女/招かれた女たち』『蛇口 オカンポ短篇選』の欄で、サマンタ・シュウェブリン『口のなかの小鳥たち』が、マリアーナ・エンリケス『わたしたちが火の中で失くしたもの』と並べて紹介されているので期待大です。

◆ほかに『二人がかりで死体をどうぞ 瀬戸川・松坂ミステリ時評集』、佳多山大地新本格ミステリを識るための100冊 令和のためのミステリブックガイド』
 

ルパン三世 PART6』の前半のシリーズ構成は大倉崇裕なのだそうです。観ておけばよかった、と後悔してます。
 

「ミステリ・ヴォイスUK(129)ピクニック」松下祥子

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