『紙魚の手帖』vol.03【特集 祝・完結!『短編ミステリの二百年』振り返り】
「対談 小森収×杉江松恋」
ハメットはS・S・ヴァン・ダインの同時代人で、仮想敵にしていたのは謎解きミステリではないとか、ウィリアムズ「バードウォッチング」←ロイ・ヴィガーズ→「ジェミニー・クリケット事件」という倒叙(とフーダニット)の流れとか、「ジェミニー・クリケット事件」のアメリカ版とイギリス版の「『どうして』そっちが好きか説明しない」という指摘など、興味深い話がいろいろありました。
「ここだけの編集後記」小森収
連載に沿ったアンソロジーを打診されたときには、ミステリマガジン傑作選にしかならなそうだから一旦は断っていたそうですが、もしもそれで『短編ミステリの二百年』を編纂できるのであればそれはそれで『ミステリマガジン』の凄さです。
「『短編ミステリの二百年』全6巻 編者解題」小森収
「バナナフィッシュ」は収録許可が下りなかったために収録できなかったそうです。
「誰が配ったっけ?」リング・ラードナー/直良和美訳(Who Dealt?,Ring Lardner,1926)★★★☆☆
――本当に友達だと思える人と一緒にいるのは、トムと結婚してから初めて。トムはいつもあなたたちのことを話していたから、ずっと前から知っていたような気がするの。アーサーとヘレン、アーサーとヘレン。耳にタコができそう。とくにヘレン、あなた小さいころトムと本当に仲がよかったのね。あら、あたしがカードを引くのを待っているの? それで、レートは? あら、トムが昇給したことを知らなかったの? トムは――ええ、わかった。黙る。自分のことを話題にされるのが嫌いなのはわかるけど。あら、あたしの番? ええと――そうそう、トムに文才があるって知っていた?
著者は第1巻に「笑顔がいっぱい」が収録されています。鈍感な語り手とは裏腹に、当事者たちには緊張感が走っているのが対照的です。話している内容がどういう意味を持っているのか気づかないのも鈍感ですが、それを聞いた同席者たちの反応を見ても何にも気づかないくらい二重に鈍感なのは困ったものです。それでいて気づかないのはブリッジに集中しているからというわけでもないのがもうどうしようもありません。トムがもともと自分の話を嫌がるタイプだから、嫌がっているのも数ある話のひとつとしか思っていないんですよね。おしゃべり好きな語り手だからこそ、おしゃべりのなかに埋もれてしまっていました。
『特撮なんて見ない(第1回)』澤村伊智
「私の性自認は攻撃ヘリ」イザベル・フォール/中原尚哉訳(I Sexually Identify as an Attack Helicopter,Isabel Fall,2020)★★☆☆☆
――私の性自認は攻撃ヘリだ。陸軍に入隊したとき、戦術職務ジェンダー再配置同意書にサインした。射撃手のアクシスとは階級とジェンダーと泌尿器系を共有する。女が美しく、男が強くあろうとするように、私たちは戦争をする。攻撃命令を送る。弾頭は攻撃目標の外壁を貫通し、建物は爆風で一掃される。そのときの感覚? ほっとする。性的な快感ではないし、食事や排泄の快感ともちがう。
ヒューゴー賞中篇部門候補作。ジェンダー多様性を揶揄する「私の性自認は攻撃ヘリ」という言葉を文字通りに解釈してみせたカウンター小説。とは言えデータ転送や洗脳兵士や神経接続や人体改造と何が違うのかがよくわからないまま読み進めていくと、「プライベートでも攻撃ヘリというわけじゃない」と書かれてあって、ずっこけました。どうも言葉が先にあって、内容が追いついていない模様。「攻撃ヘリという性自認」とジェンダー論が別々の印象でした。普通にミリタリーSFとして迫力がありました。
「聖樹」森谷明子 ★★★☆☆
――平野進がクラスメートの光彦を秋葉図書館で見たのは、クリスマスも間近の放課後のことだった。入り口ドアを入ったホールのベンチにぽつんと一人ですわっていた。膝の上には開いた絵本。『つるにょうぼう』。ただ、様子がおかしかった。進が『名犬ラッシー』を借りて帰るときも、同じページが開いていた。本を読んでいたわけじゃないのに、図書館で何をしていたんだ? 光彦が顔を上げて図書館の外を見ているその先には、警察の立て看板が設けられていた。『十二月○日、この場所で歩行者が自転車にはねられ重傷を負う事故が発生しました。情報をお持ちの方はご連絡ください』。――あいつ、あの事故に関係があるんじゃないか? そういえば事故の翌日、光彦は顔に怪我をして登校してきたのだ。クラスのみんなも同じ疑いを持っているらしく、『ぼくはうそといっしょにいきていく』という谷川俊太郎の詩をプリントした紙が光彦の机の上に置かれていた。
秋葉図書館シリーズ新作2本立てのうちの1本目。聖樹とはクリスマスツリーのことで、舞台がクリスマスであることと、モミの木の森の話から国や時代が違えばわからないこともあるという話になり秘密を守るということに繫がっていました。記念すべき第一話に登場する平野進くん再登場。事故の犯人捜しは警察の仕事であり、いじめの解決は大人の仕事であって、子どもが解決すべきことはちゃんと書物に書かれていました。『トクサツガガガ』第1話にあった「立派な大人になろうとするんじゃなくて、子供の頃に習ったことを思い出すの。大人になった時大事なことは、全部小さなうちに習うでしょ。ズルしちゃいけないとか、噓つかないとか、諦めないとか…」という言葉を思い出します。大事なことはみんな本に書かれていたのです。最初に事の本質を明らかにしたのは能勢さんですが、進もあとから詩や童話で能勢さんの言動を再確認しているところに、成長を感じます。
「星合」森谷明子 ★★★★☆
――天文クラブで仲のいい優を誘って、佐由留は秋庭のじいちゃんばあちゃんの家に泊まりにきた。離婚した父さんの妹、和子叔母さんが駅前まで迎えにきてくれた。生憎の雨で天体観測はお流れになってしまったが、ひいおばあちゃん(大刀自)の行李から興味深いものが見つかった。手習いの半紙や短歌の同人誌などのほか、錠の掛かった本革の文箱がある。ダイヤルの数字を探そうと、大刀自が『杓文字を握った』あとの家計簿を調べるがヒントは見つからない。「大刀自さんが錠をつけようと思うきっかけは何だったんだろう?」と優が疑問を口にした。ばあちゃんの話では、大刀自は嫁に隠しごとをするようなタイプの人ではないという。大旦那さんが亡くなったあとも大刀自が杓文字を譲ることなく実権を握り続けたのも気になる。大旦那さんが病気になって入院した日、大刀自さんが行方不明になっていたこともわかった。誰に会っていたのだろう、手紙の宛先の人なのだろうか……。
『花野に眠る』等の佐由留たちが再登場する中篇です。真相に迫るには戦後の家族や日常や社会に関する知識が必要なため、中学生の佐由留や優らだけでは難しい謎でした。「今となっては、どうでもいいようなものだけど」という大刀自の言葉も、すでに時効だとかもう当時の人がいないとかいうだけでなく、当時の風潮も背景にあったうえでのことでしょう。それがわかっていれば下種の勘ぐりをする必要もなく、答えは初めから目の前にあったとも言えました。また別の大刀自の言葉から外出先や朝帰りの事情を推測する過程は、「九マイルは遠すぎる」のようでわくわくしました。旧暦と新暦に関する指摘は、すでに社会に根づいてしまっているだけに、意外な盲点でした。さまざまな謎が散りばめられていますが、図書館自体にはさほど関わりのない謎なので、能勢さんや文子は完全に謎解きのための探偵役というポジションでした。
「ぼくたちが選んだ」(第1回)北村薫・有栖川有栖・宮部みゆき
三人がそれぞれとっておきの短篇を選んで、その作品に勝手に昔の創元ジャンルマークをつけて紹介する新コーナー。それぞれ短篇一篇だけで紹介文も短いので物足りなさが残ります。
「おうち」倉田タカシ ★☆☆☆☆
――わたしがかつて暮らし、自ら出て行った家は、〝人間の言葉を理解する〟という猫たちの家になっていた(扉あらすじ)
人には理解できない人語を話す猫に囲まれるシーンには恐怖を覚えましたが、そこから先はわけのわからないファンタジーになってしまいました。
「翻訳のはなし(第1回) エンタメ翻訳党宣言」田口俊樹
「自殺相談」榊林銘 ★★★★☆
――「幡森 転落」で検索してみる。「幡森駅のビルから転落した女の子、生きてたらしい。やっぱ自殺未遂だよね、あれ」。もう後戻りはできない。いつもの癖でクラスメイトの投稿画面も開いてしまう。見なければよかった。今の私の状況とあまりにも対照的だ。良はどんな顔をするだろう。明日の朝、クラスメイトが電車に轢かれて死んだと聞かされたら。それも、自ら線路に立ち入って自殺したとしったら。次の列車が通過するまで、まだ時間があるようだ。自殺相談の人間は、赤の他人の人生をどんな言葉で受け止めるのだろう。『こんばんは。初めまして。相談員の左といいます』「あの……私、犬島ラオといいます」『ラオさんは学生かな?』「はい。高二です。実は、これから自殺しようと思っているんですが」『何か、つらいことがあったの?』「いじめられていたんです、私。でもそのうちに通信制高校に通うようになって、学校に行くのが楽しいと思えるようになったんです。それなのに……」
『あと十五秒で死ぬ』のような時間制限はありませんが、読者としては自殺の理由と自殺を止められるのかというところに興味とサスペンスを感じることができます。モノローグと会話の端々が伏線になっているのにはやられました。左による『恐ろしく冷静で、よく頭が回る子だ』という評価の通り、普通ならせいぜい見殺しにするくらいで、ここまで周到な計画を立ててまで自分を守ろうとはしないでしょう。恐ろしい子です。単発ものなのか、『あと十五秒で死ぬ』のような何らかの共通項のある連作ものの一作目なのか、次作が楽しみです。
「影たちのいたところ」松樹凛
――八月、夕暮れの浜辺で少女が出会ったのは、“影”を連れた少年だった。(扉惹句)
普通のファンタジーでした。
「銀が舞う」砂村かいり ★★★★☆
――パートとして勤めている百円ショップに、新しく学生バイトが入った。守山鷹人の第一印象は、活気のない若者だな、だった。「基本的には住谷さんに教わって」店長の指示で仕事を教えながら、少しずつ雑談を交わした。家に帰れば現実が待っている。義母と少し打ち解けたと思った頃、突然「赤ちゃんってできないものなのねえ」と無邪気な瞳でのぞきこまれて硬直した。就寝前、夫に今日の仕事のことを話した。「あたし教育係になったの」「へえ、よかったじゃん」それだけ言って頭からすっぽり布団をかぶっている。翌朝、いつもより時間をかけてメイクをしてみた。あくまでさりげなく。守山鷹人とも少しずつ打ち解けていった。少なくともわたしにはそう感じられた。「なんかおまえ、最近いきいきしてない?」仕事帰りの夫が言った。「やっぱ若い子と働くと、自分まで若返ってくる感じ?」「……そう?」内心ぎくりとしつつ、苦笑いでやりすごした。
これは人によって解釈の変わって来そうな話、ではないと思うのですが自信がありません。少なくともわたしには最後はホラーに感じられましたが、ハッピーエンドだと感じる人もいるのかもしれません。一回り違う若者に一方的に好意を寄せてお洒落し出す時点で「うわぁ……」となって痛々しくて見てられないのですが、こんな主人公はまだいい方で、絵に描いたような姑も嫌な奴といえば嫌な奴ではあるものの、人としての何かがずれている夫には恐怖と気持ち悪さしか感じませんでした。「銀が舞う」のはプレッシャーから解放されて日常を取り戻すきっかけとして描かれているようですが。
「乱視読者の読んだり見たり(2) ジーン・ウルフの「取り替え子」を読む」若島正
漫画と小説の違いというのは、言われてみれば納得の興味深い指摘でした。
「INTERVIEW 期待の新人 明神しじま『あれは子どものための歌』」
「INTERVIEW 注目の新刊 小田雅久仁『残月記』」
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