『危険なヴィジョン〔完全版〕1』ハーラン・エリスン編/伊藤典夫他訳(ハヤカワ文庫SF)★★☆☆☆

『危険なヴィジョン〔完全版〕1』ハーラン・エリスン編/伊藤典夫他訳(ハヤカワ文庫SF)

 『Dangerous Visions』Edited by Harlan Ellison,1967年。

 (かつての)伝説の書き下ろしアンソロジーが(今さら)完訳刊行された、というのが正直なところなのでしょう。エリスン短篇集がハヤカワ文庫でなぜか2016年2017年になって突然立て続けに刊行された流れなのか、2018年に編者が死去した追悼なのか。期待はしていませんでしたが、それをすら下回る内容でした。
 

「まえがき その1――第二革命」アイザック・アシモフ
 

「まえがき その2――ハーランとわたし」アイザック・アシモフ
 

「序――三十二人の予言者」ハーラン・エリスン
 

「夕べの祈り」レスター・デル・レイ山田和子(Evensong,Lester del Rey)★☆☆☆☆
 ――その小さな惑星の地表に到達した時に、男は力を使い果たしていた。ここが簒奪者たちから逃れられる安息の地ならよいのだが。

 二十一世紀の日本人が今これを読む意味はないでしょう。星新一のようなショートショートならまた違っていたのでしょうけれど。この「神」が本当の神なのか神的な何かなのかもよくわかりません。
 

「蠅」ロバート・シルヴァーバーグ浅倉久志(Flies,Robert Silverberg)★★☆☆☆
 ――キャシディの体はほとんど残されていなかった。金色の生きものは彼を修理することにした。人間の感情のデータが欲しかった金色の生きものは、キャシディが他人の気持を前よりも敏感に感じ取れるようにした。キャシディは地球に戻ると前妻の一人を麻薬漬にし、別の一人のペットを殺し、また一人を流産させた。データを得るために邪魔だったキャシディ自身の感情を取り除いた結果だった。金色の生きものは方針を変えた。

 タイトルの「蠅」とは作中にあるとおり『リア王』のグロスター伯の台詞で、「蠅と気ままないたずらっ子、それがわれわれと神との関係だ。神々はなぐさみに人を殺す」から来ています。キャシディ本人は「キャシディ-前妻」のことだと考えていた「神-人」の関係が、実は「金色の生きもの-キャシディ」だったというだけの話です。
 

「火星人が来た日の翌日」フレデリック・ポール/中村融(The Day After the Day the Martians Came,Frederik Pohl)★★☆☆☆
 ――「火星人のジョークを思いついたぞ! 火星人が大西洋で泳がないのはどうしてだ?」「おまえさんの賭ける番だ」とポーカーの親。「大西洋にはめる輪っかを置いてきたからだよ」と記者がいい、手札を伏せてゲームを降りた。だれも笑わなかった。

 作中の人物による「多少は新しいジョークがあると思うだろう。わたしが聞いたのは古いのばかりだ。ユダヤ人やカトリックや――だれそれをからかう代わりに、火星人の話にしているだけだった」という言葉に尽きます。ということはつまり、内容が陳腐でつまらなくなければ成立しない作品でもあるわけです。
 

「紫綬褒金の騎手たち、または大いなる強制飼養」フィリップ・ホセ・ファーマー山形浩生(Riders of the Purple Wage,Philip José Farmer)★☆☆☆☆
 ――夢と無の巨人どもがパンを求めて彼をグラインド中。ちぎれたかけらが眠りの美酒の中から浮かびあがる。巨大な歩幅がどん底ブドウを夢魔的正餐向けに押し潰す。だるまさんたる彼は洗面器たる魂の中をレヴァイアサン求めて探る。彼はうなり、目を覚ましかけ、寝返りを打ち、暗い海の汗を流して再びうめく。

 著者あとがきによれば「三重革命」文書に影響を受けたらしい。タブーとは言い換えるならルールや制限のことで、それを無視して作家が好き勝手に書いてもこういう作品しか生まれないのでしょう。
 

「マレイ・システム」ミリアム・アレン・ディフォード/山田和子(The Malley System,Miriam Allen deFord)★★☆☆☆
 ――シェップ:おれは素早くあたりを見まわした。誰もいない。子供を暗い入口に押しこんだ。「こんなことしたら――」「黙れ!」怒り狂ったおれは、その細い首を両手でつかみ、何度もセメントの床に叩きつけた。

 犯罪者に脳がダメージを喰らうまで犯罪行為を追体験させるという懲罰の末路。どうもその作品も書き方が素直すぎるのでは。
 

「ジュリエットのおもちゃ」ロバート・ブロック/浅倉久志(A Toy for Juliette,Robert Bloch)★★★☆☆
 ――ジュリエットはほほえみながら寝室へはいっていった。お祖父さんが帰ってきたから、おみやげをくれるだろう。ジュリエットは十一歳のときに、最初のおもちゃを殺した。小さな男の子だった。お祖父さんが〈過去〉のどこかから、初歩的なセックス遊びをさせようと連れて帰ってきたのだ。

 未来の切り裂きジャックというのがオチの作品なのに、編者に序文でネタをバラされるというひどい扱いを受けています。それでも楽しめるのがさすがですが。ベンジャミン・バサーストやアメリア・イアハートやマリー・セレスト号などの失踪事件がすべて時間旅行者による誘拐だったという小ネタが楽しい。
 

「世界の縁にたつ都市をさまよう者」ハーラン・エリスン伊藤典夫(The Prowler in the City at the Edge of the World,Harlan Ellison)★★☆☆☆
 ――かわいらしい、健康そうな娘。だが、それも彼女がローブをひらき、はすっぱな本性をあらわすまでだった。だから彼女を殺したのだ。だがここはどこだ。神に召されたのだろうか? ではこの娘は何者なのか? 「わたしの孫娘だよ」「お許しください、神さま」「わたしは神じゃない。卓抜な発想だがちがう」

 ブロック「ジュリエットのおもちゃ」の続編。
 

「すべての時間が噴きでた夜」ブライアン・W・オールディス/中村融(The Night That All Times Broke Out,Brian W. Aldiss)★★☆☆☆
 ――ふたりは制御装置をオンにした。フィフィが一日のうちいちばん好きなキッチン仕事の時間に着いた。とりわけおだやかで機嫌のいい時期の雰囲気が、いまふたりを呑みこんだ。ふたりは口づけを交わし、「科学ってすばらしい!」と叫びながら廊下へ駆けこんだ。トレーシーは妻の髪をそっと撫でた。「きみが十二歳だったときにダイヤルをあわせ、そのときにもどってみたい」

 もし時間旅行が実用化されていたなら、こんなふうにスマート家電ぽくなっていても不思議ではありません。

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