『ミステリマガジン』2022年9月号No.754【マイクル・Z・リューイン生誕80周年記念特集】
「リューインの思い出」阿津川辰海
「ラッキーな気分の日」リザ・コディ/矢島真理訳(When I'm Feeling Lucky,Liza Cody,2021)★☆☆☆☆
――ラッキーな気分になるときがたまにある。そんなとき、わたしは宝くじを買う。その夜も、ハフニさんの店で数字を選んでいた。次の数字に迷っていると、ドアが開く音が聞こえ、ドンという音とガラスが砕ける音が聞こえた。ハフニさんの頭の中身が酒瓶の上に流れ落ちていた。何者かが叫んだ。「殺しやがって。ロバ糞野郎が」。これは現実じゃない。わたしは自分に言い聞かせる。わたしは詩人で作詞家――になるつもりでいる。こんなところにいるべき人間ではない。突然、松尾芭蕉の句が頭に浮かんだ。こんなときに五・七・五を思い浮かべてしまうなんて。「くそ、鍵がかかっている」ロバ糞野郎が叫んだ。「ポケットを探せ」怒れる男が叫んだ。ハフニさんの甥っ子の泣き声が聞こえる。「鍵を持ってこい」別人の声だ。きっと靴には血がついていない、となぜか思った。甥っ子の声が聞こえなくなった。誰かが床に突っ伏しているわたしの脇腹を蹴った。「おきな」怒れる男が言った。わたしはあえぎながら体を起こした。「あなた、バディ・ホリーに似ている」「おまえも五〇年代のポップスに詳しいのか?」「ええ、まあ」わたしは『アメリカン・パイ』の歌詞を引用して答えた。「おれが一番好きだった歌だ」うっとりした表情で言うと、次の瞬間、ロバ糞野郎の頭を殴った。「こんなバカに銃を持たせやがって」
著者はマイクル・Z・リューインとの共編書のあるミステリ作家。事件に巻き込まれた主人公が、(おそらくはパニックになってか?)やたらと饒舌にふざけ倒していたら、犯人の一人に気に入られたのか命は助かったうえに、奇妙な感情を抱いたという、よくわからない話。アメリカ人にしかわからない、と言われそうな類の話に思えます。
「ジャック・ヒギンズ追悼」
「飛び立った鷲への祈り」月村了衛
「迷宮解体新書(129)辻真先」村上貴史
「書評」
◆『新編怪奇幻想の文学1 怪物』、麻耶雄嵩他『円居挽のミステリ塾』、『「ハコヅメ」仕事論』、『藤田新策作品集 STORIES』、新訳『オペラ座の怪人』、漫画版『十角館の殺人』完結など。「麻耶の(中略)貴重な創作論に触れることが出来る」『円居挽のミステリ塾』や、「衝撃度は、漫画版の方に軍配を上げたい」『十角館の殺人』といったコメントは参考になります。
「時代劇だよ!ミステリー(31)どこに消えた⁉ 八王子巨大隕石の謎」ペリー荻野
『暴れん坊将軍』に彗星の出てくるエピソードがあったとは知りませんでした。
「これからミステリ好きになる予定のみんなに読破してほしい100選(8)ダイイングメッセージ・暗号」斜線堂有紀
クイーン「角砂糖」は「シンプルイズベスト」かなあ? クリスティーは『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』に限らずだいたい上手い。都筑道夫はあらすじだけ聞くと面白そうなのに読むと物足りない。「乾いた死体」は『退職刑事3』に収録。ほかに麻耶雄嵩「氷山の一角」など。
「華文ミステリ招待席 第6回」
「みにくい白鳥の子」水天一色/阿井幸作訳(丑小鹅,水天一色,2005)★☆☆☆☆
――江庭刑事は穆青煙の家を訪れ、公安局の顧問を打診した。そうして些細なことで通報してくる神経質な爺さんがいる、という話をしていた矢先、当の爺さんである陸徳が危篤という報せが届いた。数年前、娘を救うために腎臓をくれたら百万元払うと訴えて物議を醸した人物だ。その娘――陸文彩は高飛車な美人で、妹の陸雲素は姉の前では霞んでしまう。青煙が陸雲素と話していると、電話が鳴った。陸徳の弁護士である楊一明が二十階の自宅から落ちて死んでいるのが発見されたという報せだった。状況は自殺だが遺書がない。腰には古い手術痕があった。それを聞いた江庭の脳裏をある考えがよぎった。腎臓? 楊は陸文彩と以前結婚していた人物でもあった。一方、陸雲素は自分が陸徳の娘であることを証明するDNA鑑定書を楊に依頼していた。
水天一色はアジア本格リーグ『蝶の夢 乱神館記』が面白かったのですが、短篇「おれみたいな奴が」や本篇はイマイチです。長篇型の作家なのか、一発屋なのか。陸秋槎もそうなのですが、キャラクターがわざとらしすぎるうえに説明的すぎて頭に入ってこないというか、どうでもよく感じてしまうんですよね。いろいろ詰め込みすぎて事件のピントがぼやけているので、謎も犯人もどっちらけです。
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