『危険なヴィジョン〔完全版〕2』ハーラン・エリスン編/浅倉久志他訳(ハヤカワ文庫SF)★★☆☆☆

『危険なヴィジョン〔完全版〕2』ハーラン・エリスン編/浅倉久志他訳(ハヤカワ文庫SF)

 解説で若島正が、本書を比類のないものにしているのはエリスンの序文だと話していますが、エリスンにもSFにも過度な思い入れのない身からすると、そんな楽屋ネタみたいなエリスンのノリがただただ薄ら寒いだけなのですが……。
 

「月へ二度行った男」ハワード・ロドマン/中村融(The Man Who Went to the Moon --Twice,Howard Rodman)★★★★☆
 ――はじめて月へ行ったとき、マーシャル・キッスは九歳だった。繫留気球の索がはずれ、マーシャルを乗せたまま飛び去ったのである。降りてきたのは十二時間後だった。「どこにいたんだ?」パパが尋ねた。「月まで行ったよ」とマーシャルは答えた。「そりゃあすごい」ママは地に足のついた心の持ち主だったので、「そんな旅をしたあとなら、さぞお腹が空いたでしょうね」と山盛りのボウルを置いた。さて、時は流れるものである。

 編者の意向で寄稿したSFプロパーではない作家の一人です。寓話や諷刺をそのまんまストレートに書いた第一巻の諸氏とは違い、きちんと小説として昇華されています。気球で月に行くという場面でなぜか「トム・ソーヤーの探検」を思い浮かべてしまいましたが、ああいったtall taleの衣を纏いながら、失われてしまった古き時代を描いています。
 

「父祖の信仰」フィリップ・K・ディック浅倉久志(Faith of Our Fathers,Philip K. Dick)★★★☆☆
 ――薬売りが灰色の紙包みをえらんだ。「一種の鎮静剤です――」菫は代金を払い、せかせか歩き出した。家に帰ると、葉巻を吸おうとライターをさがして、紙包みをさぐりあてた。かぎタバコ。スクリーンにひとつのイメージが形作られ、そこに落ちついた。だがそれは主席の姿ではなかった。なんだ、これは? 幻覚だ。あの薬売りめ、ドラッグを売りつけやがった。

 中国をモデルとした全体主義独裁国家で、現実だと思っていたものが虚構だったというまんまディック印な作品です。
 

「ジグソー・マン」ラリイ・ニーヴン/小隈黎訳(The Jigsaw Man,Larry Niven)★★★☆☆
 ――ワレン・ルイス・ノウルズは、もうすぐ死ぬ運命にあった。審理はきのう終わった。ルーは有罪なのだ。監房の左側には老人、右側には低能みたいな若者がいた。「わしは医者だ。臓器故買犯が運んできた獲物を解体しておった」老人が話しかけてきた。「わしをバラすことはできん」「なぜです?」「右の大腿骨に爆弾がはいってるんじゃ。これから自爆する」湧きかけた望みは消えうせた。

 予め移植する臓器を確保して多くの人を助けるために死刑が簡単に執行されるディストピアな未来が描かれていますが、血液銀行云々という著者あとがきからすると、諷刺とかネタとかではなく、もしや本気でこうした未来を憂えているのでしょうか。さすがにそれはナイーヴすぎると思うのですが。
 

「骨のダイスを転がそう」フリッツ・ライバー中村融(Gonna Roll the Bones,Fritz Leiber)★★★☆☆
 ――ジョー・スラッターミルが飲みに出かけて博打を打ちに行くのはお袋にも女房にもお見通しだった。それでもジョーは出かけた。空っぽのテーブルに乏しいチップの山を置いた。「賭け金は一セント」周囲から憤りの声があがった。ジョーはものを正確に投げることに関して信じられない器用さを発揮してきた。

 さいころを転がすという行為なので当然ながら動きが少なく、心理的なスリルも感じることができませんでした。真相からは『妻という名の魔女たち』を連想しました。それにしても男はバカです。
 

「わが子、主ランディ」ジョー・L・ヘンズリー/山田和子(Loar Randy, My Son,Joe L. Hensley)★★☆☆☆
 ――昨晩、サム・ムーアは息子のランドールが遅くまで庭で遊んでいるのを放置していた。以前は誰かが少年に向かって嘲りの声を投げていたものだが、今では子供たちが近づくことはなくなっていた。アンはずっと輝いていて、妊娠も正常だった。だが生まれてきた子供は大きな問題を抱えていた。

 また神か……という感じです。
 

「理想郷」ポール・アンダースン酒井昭伸(Eutopia,Paul Anderson)★☆☆☆☆
 

「モデランでのできごと」「逃亡」デイヴィッド・R・バンチ/山形浩生(Incident in Moderan,The Escaping,David R. Bunch)★☆☆☆☆
 

ドールハウス」ジェイムズ・クロス/酒井昭伸(The Doll-House,James Cross)★★★☆☆
 ――このままでは破滅だ。ジムが妻ジュリアの伯父に金策に行くと、クーマイの巫女《シビュラ》の住むドールハウスを譲られた。アポローンの呪いで永遠の命と老醜を与えられ、小さくされて箱の中に閉じ込められているのだが、ラテン語の曖昧な予言を解釈しなくてはならない。寿命を予言された伯父にはもはや不要なのだという。

 出来は悪くないものの、ありきたりの三つの願い(三つではないけれど)ものでしかなく、『危険なヴィジョン』に収録されているのは違和感があります。著者あとがきによると、上昇志向で浪費家なのが〈危険なヴィジョン〉なのだそうですが、それはたぶん危険なヴィジョンの意味が違います。
 

「性器《セックス》および/またはミスター・モリスン」キャロル・エムシュウィラー酒井昭伸(Sex and/or Mr. Morrison,Carol Emshwiller)★★★★★
 ――ミスター・モリスンが階段を降りてくる足音は、時計合わせに使えるの。太ってて、動きが鈍いけど、ほんとうは、彼、最高にすてきな人なんだ。問題は、彼が何者なのかってこと。ただの人間なのかしら。クローゼットに隠れてみようかな。じつはロイヤル・バレエ団の『春の祭典』を見にいったの。はだかに見える衣装を着ておおぜいが踊っていた。人間にはふたつの性しかないけれど、どちらの性でもない者がいるにちがいないの。

 国書刊行会〈短篇小説の快楽〉で畔柳和代訳「セックスおよび/またはモリソン氏」を既読。あちらはもっとお上品な訳だったような記憶があります。あとがきによると、著者が子どものころに性器はひとりひとり違うと思い込んでいたことことに由来するそうで、確かにそのまんまの小説とも言えるのですが、どうしてこんな怪作になってしまうのか、インプットとアウトプットのあいだの回路が普通ではないとしか思えません。
 

最後の審判」デーモン・ナイト/中村融(Shall the Dust Praise Thee?,Demon Knight)★☆☆☆☆
 ――最後の審判の日が訪れた。空にはラッパの音が喨々と鳴りひびいた。玉座から声が聞こえてきた――「さあ行って神の激しい怒りの七つの鉢を地にかたむけよ」やがて神がいった。「死者よ、墓場より、海の深みより起きあがれ」だが死者は現れなかった。

 人類から神への訴えである最後の一文「われわれはここにいた。あなたはどこにいたのですか?」に尽きる作品ですが、神や信仰を扱っているだけで〈危険〉な作品が多すぎます。それもただのオチに使っているだけの作品が多く、果たして当時ですら危険だったのかどうか怪しいところです。

  


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