『見破り同心 天霧三之助』誉田龍一(徳間時代小説文庫)
ミステリマガジン2019年11月号の時代ミステリ特集で刑事コロンボに挑んだ作品として紹介されていたので読んでみました。
犯人の犯行場面から始まり、予期せぬ事態に余計なことをしてしまうところは、確かにコロンボです。探偵役が初めからネチネチと犯人に絡むのもコロンボを意識したものでしょう。
ところがこのネチネチが本当にただ絡んでいるだけで、おまけに天然ボケで話も進まないのでイライラします。大事なところで邪魔が入って――というのはミステリに限らずよくあることですが、別の事件が起こったりするなどそこにはきちんと必然性があるものです。しかしながら本書の場合は完全にただの引き延ばしに過ぎないのです。例えば――
「(前略)怪しい奴に見当がついたとか……」「あっ、それなら……うっ」三之助は炒り豆を喉につかえさせたのか、何度も咳をした。「うっ、うっ……」「大丈夫ですか」「うん……いや……大丈夫だ……」三之助は苦しそうにしながらも、ちろりごと酒をあおって、豆を流し込んだ。「ああーあ」栄二郎は呆れるしかない。しばらくしてようやく三之助は一息ついた。そこへお春がちろりに入れた酒を持ってきた。「ああ、気が利くな」三之助が言うが、お春は栄二郎の方へちろりを置いた。「ちょっと呑み過ぎじゃないの」お春は三之助を訝しそうに見る。「大丈夫だ」「何か、大丈夫じゃなさそう」「他人の調子が分かるのか」「いいえ」お春はむっとして振り向くと、栄二郎には笑みを振りまいて行ってしまった。三之助はお春の置いていったちろりをもうつかんでいる。「天霧さん、大丈夫ですか」「だから、お前に俺の調子は分からんだろ……で、何の話だった」
三ページにわたってこんな無意味な描写が続きます。小学生のかさ増し作文じゃないんですから……。
質屋の娘と結婚すれば二千両の借金はちゃらになるうえに三千両の持参金付き。結婚すれば何の問題もないのに、なぜ質屋を殺したのか。この動機の謎は魅力的でした。真相は、結婚話が反故にされる事情が発生したから――。そしてこれが自動的に共犯者をあぶり出すという構図は見事です。【※ネタバレ*1】
要するに動機が判明した時点で共犯者の正体は明らかなのですが、なぜかそこから延々とまた共犯者捜しが始まります。ここでもまたかさ増しです。
しかも質屋殺しの犯人も共犯者も、どちらも証拠に基づくものではなく、失言を引き出すという安易なものでした。それだけなら本家コロンボもよくやる手口ではるのですが、追い詰めるための決め手がどちらも探偵役によるでっちあげというのに至っては、お粗末とか安易とかを通り越して噴飯ものでした。
短篇ネタを無理に引き延ばしたようです。
質屋の三浦屋六兵衛が、離れで出刃包丁により惨殺された。三浦屋にとっては、娘の佐代が旗本の惣領との婚礼を間近に控えた折の惨事だった。南町奉行所臨時廻り同心、天霧三之助は探索に乗り出す。六兵衛の遺体の不自然さに気づいた三之助は、下手人像を絞り込み、追い込んでいく。だがそんなさなかに、六兵衛が死んだ同じ離れで第二の刺殺事件が起きた。書下し長篇時代ミステリー。(カバーあらすじ)
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*1 犯人が浮気していた。しかも相手は質屋の身内。とくれば相手は質屋の妻でしか有り得ない。