『ミステリマガジン』2022年11月号No.755【CWA賞最前線】
「2022年度CWA賞短篇賞ノミネート作品紹介」「2022年度CWA賞短篇賞受賞作レビュー」「2022年度CWA賞受賞作レビュー」
「死者の指」M・W・クレイヴン/東野さやか訳(Dead Man's Fingers,M. W. Craven,2020)
『キュレーターの殺人(冒頭掲載)』M・W・クレイヴン/東野さやか訳(The Curator,M. W. Craven,2020)
「ジェイムズ・ラヴグローヴ『シャーロック・ホームズとシャドウェルの影』刊行記念スペース採録」日暮雅通×北原尚彦
クトゥルーネタのホームズ・パスティーシュ。
「旅の偶然――イヴリン・ベアリング夫人の話」G・M・ロビンズ/小林晋訳(A Chance of Travel,G. M. Robins,1902)★★★☆☆
――画家のレオ・ダンビは休みを取ることに決め、友人のベンスン一家に会に行くことにした。帰宅途中の列車内でまどろんでしまい、目が覚めると一人の女性が向かいの隅に腰かけていた。たちまち女性に惹きつけられたが、貴族的で近寄りがたいその女性がモデルになってくれるとは思えなかった。そのまま眠りに落ちて、アトリエで肖像画を描かせてくれないかと約束した夢を見た。下宿に戻ると記憶が薄れないうちに夢の女性を描いた。だが細部が思い出せなかった。モデルの一人がその絵に目を留めた。「見事な作品ね。そっくりな娘さんを知っていました。父親の反対する男と駆け落ちしてアメリカに渡る途中、船が沈んだのです」「昨日たまたま見かけた女性なんです」。レオはベンスン家を訪問したが、行き違いでベンスン一家は不在であり、アンスティー大佐が家を借りていた。大佐の娘は美しく魅力的で、どこか肖像画の女性と似ていた。
親不孝を償うために画家の力を借りて似姿を届け、妹の縁も取り持つ一石二鳥の幽霊譚。クラシックの魅力があります。
「伊兼源太郎メールインタビュー 『祈りも涙も忘れていた』刊行記念」
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「六万ドルの行方」ロバート・アーサー/西谷かおり訳(Sixty Grand Missing,Robert Arthur,1955)★★★☆☆
――ジョニー・ドレッサーは、目を引くど派手な格好で文署に入ってきた。警官たちは目をそらした。相棒のピーターズが巡査部長に確認した。「なにか事件はありますか?」「メモはドレッサーに渡した」「了解。出かけてきます。行方不明の現金を追ってるんで」ピーターズが戸口に向かいかけたところを、ドレッサーが引き止めた。「おい、おれの新しい服の感想は?」「金がかかってそうだな」そっけなく言って出ていった。ドレッサーは怒りに顔をこわばらせたが、肩をすくめてぶらりと出ていった。ドレッサーとピーターズはこのあいだ現金輸送車強盗犯をつかまえたが、盗まれた六万ドルは見つかっていない。
ドレッサーがさすがにやり過ぎなので狙いはバレバレですが、逆さまのバスタブに隠れていて排水口から反撃したりもするのでそれも含めて派手派手すぎる格好もギャグのつもりなのかもしれません。
「おやじの細腕新訳まくり(27)」
「水の上のパン」ジョン・ル・カレ/田口俊樹訳(Bread on the Waters,John le Carré,1965)★★☆☆☆
――生真面目なタイラーがゴースを連れて訪ねてきた。当時のぼくはなんだか女性のエキスパートみたいに思われていた。「ゴースが恋をしちまってね。あのパン屋の娘に」とタイラーは言った。「まず毎日同じ時間に店に行ってパンを一斤買うんだ。それを一週間続けたらまた来てくれ」と、ぼくは自信満々の忠告をゴースに授けた。一週間後、「今度はパンを半斤に減らすんだ。どこか決まり悪そうにするんだ」。その三日後、パン屋の娘はパンを半斤用意してゴースを待っていた。「ひげを剃るのをやめるんだ。もっと落ちぶれた印象を与えないと」。その二日後、ゴースはわざと眼をそらして、古くなって安くなったパンを取ってくれないかと娘に頼んだ。
語り手の一人称が「ぼく」と「私」で不統一なのはただのミスなのでしょうか。当時と回想とで区別されているのかと思ったらそうでもないようです。
「これからミステリ好きになる予定のみんなに読破してほしい100選(9)時代ミステリ・変格ミステリ」斜線堂有紀
「変格ミステリ」とはありますが、非殺人事件のなかでもゲーム性の強い作品を選んでいるようです。犯人当て試験問題という「二〇二一年度入試という題の推理小説」阿津川辰海、コーヒーをこぼして読めなくなった推理小説の原稿を穴埋めするという「フーダニット・リセプション」森川智喜、麻雀のルールを忘れた男が対局中にルールを推理するという「たのしい学習麻雀」榊林銘、ルールに従って生きている人々の話「この世界には間違いが七つある」芦沢央、クイズトーナメントで0秒解答した謎「君のクイズ」小川哲。
「迷宮解体新書(130)道尾秀介」村上貴史
「書評など」◆「未だに一部残る本格の敵対者という清張像を一新する革新的な評論集」『松本清張推理評論集1957-1988』。
「第12回アガサ・クリスティー賞 受賞の言葉/選評」
「ミステリ・ヴォイスUK(133)寂しい男たち」松下祥子
「ハナへの道」R・T・ロートン/高橋知子訳(The Road to Hana,R. T. Lawton,2021)★★★☆☆
――刑事の職務中に負傷してハワイで休暇中のわたしは、交通事故の渋滞を抜けると、レストランに入った。料理はおいしかった。でもあまり忙しそうには見えなかった。「いまの時期はあまり客がこないの?」わたしは思いきってたずねた。「時期は関係ありません。有力な料理雑誌の人が来ては、いいレビューを書いてほしければ金を払うよう求める。賄賂には応じないと言ってやると、相手は料理をさんざんけなし、その後はここを訪れる観光客はほとんどいなくなってしまう」。わたしはバンガローに戻ってから、見返りに金銭を要求したという評論家の記事を探した。
エドガー賞最優秀短篇賞受賞作。事前に自動車事故の描写があって、舞台がレストランと来れば、ミステリの読者としてはそこに関係を見出してしまいます。名刑事の存在自体が犯人を動かしてしまいますが、コロンボのようなあからさまな刑事ではなく飽くまで観光客ということもあり、(未遂とはいえ)すべてが終わってから気づくくらいくつろいでいます。
「昏い忘却」コーネル・ウールリッチ/黒原敏行訳(The Dark Oblivion,Cornell Woolrich,2021)★★★☆☆
――女はひとりでホテルにやってきた。若くて美しく身なりもよかった。長期のご滞在ですかとの問いには、「それはどうかしらね」と答えた。部屋で夕食をとりたいと言った。「お料理は二人分お願いします」「男性でいらっしゃいますか」「婚約者です」。それでもフロント係はしぶった。ここは間違いなく一流ホテルだ。しかしこの客が二流ホテル向きの女性ではないことも間違いなかった。部屋に入った女は、小さなバッグから中身を出した。まずは下着で、ついで男の肖像写真。男の目は優しげに見えた。人を傷つけるような男には見えなかった。……それより以前のこと、女が会いにいった医者は家族のかかりつけの医者だった。三度目の診察日には、大事な話があると言われた。「前回採取した血液の分析結果が出ました」医者は手さぐりのような口調で話をつづけた。「あなたは――大勢の人と会いますか」「ひとりの人としか会いません」「婚約しておられるのでしたね。どのくらい親しいのですか」女は質問の意味をほどなく理解して、顔を真っ赤にした。
発掘されたウールリッチの未発表短篇。しかしエドガー賞最優秀短篇賞ノミネートというのはやり過ぎでしょう。明らかに訳ありな女の目的は果たして何なのか――復讐と最期すらロマンチックで美しいのは、矜恃と愛と一流のたしなみでしょうか。とあるホテルの923号室が舞台です。
「華文ミステリ招待席(7)」
「観覧車と全力疾走男」里卡多/阿井幸作訳(摩天轮与在摩天轮底下狂奔的男人,里卡多,2015)☆☆☆☆☆
――半開きだったドアから中をのぞいてみたが、そこはレストランではなく裏口だった。表に回ると、店は想像以上に小さく、店員は二人しかいない。注文をして待っているうちに、飲み物が運ばれた。僕がホット。初因がアイス。そのとき、ドアが突然押し開かれた。黒いセーターを着た男が入ってきて、生クリーム多めのピザを注文した。「用事があるんだ。五分したら取りに来るから、ほかの客より先に作ってくれないか」そう言うと男はさっさと出て行った。女性店員が僕たちに頭を下げて詫びる。もうひとりの友人に、遅れそうなのを伝えた方がいい。僕は張良に電話をかけた。「いまどこ? 一時間ぐらい遅れると思う」「観覧車の中だ。さっきバカバカしい光景を見たよ。男が必死に走って来て、ためらうことなく観覧車のゴンドラに飛び乗ったんだ」。レストランを出たのは五時を過ぎていた。完全に失敗だった。ステーキは焼き過ぎだし、ピザを注文した客が姿を見せなかったためサービスしてくれた生クリームピザは犯罪級だ。
さすがにこれはひどい。推理合戦の楽しさや、妙に細かい伏線とその回収などには、謎解きミステリの醍醐味が見られるものの、肝心の動機や行動原理が無茶苦茶すぎて、洒落やギャグにすらなっていません。いっそ行動原理すら一から創造して、異世界ミステリを書いてみたら傑作が出来上がるかもしれません。そして相変わらず華文ミステリ特有の、Sっ気のある女性が主要人物の一人を務めています。著者名はRiccardoの音訳とのこと。
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