『ミステリマガジン』2023年5月号No.758【モリアーティ教授 ホームズ永遠の宿敵《ライバル》】
「大佐でも伯爵でもない――「教授」だからこそ」日暮雅通
「『憂国のモリアーティ』著者・三好輝氏メールインタビュー」
「モリアーティ教授の不愉快な一日」黒谷知也
意外とマニアックなところまで小ネタで満たした漫画でした。
「恐怖の谷異聞」カタリーナ・I・フーカー/母置孝則訳(The Variant of Fear,Katharina I. Hooka,1981)★★★★☆
――男はチョークで壁に数字を書き始めた。頭を爬虫類のようにゆらゆらとさせながら。男がふと横を見ると、いつの間にか浮浪児が立っていた。「おい、若造。お前、これが読めるのか」モリアーティ教授は、暗号を扱う生まれついての才能があるその浮浪児を連れ帰った。フレッドという名しか覚えていなかった浮浪児に、教授はポーロックという姓を与えた。フレッドはそれから様々なことを仕込まれ、二十歳過ぎには組織全体の情報管理を担うまでに到った。だがフレッドには、犯罪組織の一員として、人殺しを忌避するという重大な欠点があった。浮浪児時代の知り合いウィギンズを通してホームズと知り合ったフレッドは、殺人の絡む犯罪計画に限ってホームズに情報を伝えることにした。
モリアーティ側から見た『恐怖の谷』です。教授がポーロックの動きに気づくのは当然としても、そのうえでホームズの動きまでコントロールしていたというのはさすが犯罪王の風格があります。だからこその「いやはや、ホームズ君、いやはや」だというのは、依頼人がしくじったから自分から出張ったというだけの原典よりはよほどそれらしいモリアーティ像でした。
「ミステリ・ディスク道を往く(29)アニメ「名探偵ホームズ」の時代」糸田屯
「イアン・フレミングをめざして」ケヴィン・イーガン/高橋知子訳(Becoming Ian Fleming,Kevin Egan,2022)★★★☆☆
――おじが町長選に立候補した夏の終わり、三人の囚人が脱走して町はずれの森に逃げ込んだ。ぼくはおじの選挙運動を手伝って近隣の家を訪れ、庭先におじの看板を立てさせてもらえないか尋ねてまわっていた。最後はナルドッツィ家だった。その夏の初め、私立探偵のジョン・ロッコがミスター・ナルドッツィのことを〝無愛想な野郎〟と言っているのを聞いた。妻はずっと前に出て行ったらしい。息子のビリー・ナルドッツィのことを従兄弟は恐れていたが、ぼくは違った。むしろかっこいいと思っていた。「二日まえに何があったか知ってるか?」とビリーは言った。「逃げた囚人のこと?」「そうじゃない。おとつい、イアン・フレミングが死んだ。この本を読むといい」
読み切り。クライム・ノヴェル風の青春小説です。ビリーがなりたいのがヒーローであるジェイムズ・ボンドではなく小説家であるイアン・フレミングだというところが、陽キャなガキ大将ではなく陰キャな変人という感じがして面白いところでした。
「五人の最期」ジョルジュ・シム/瀬名秀明訳(La Fin des cinq,Georges Sim,1927)★★★☆☆
――それはアラスカの氷雪地帯という北の果てであった。三人の男が小屋のなかで目を醒ました。三人は外見上、金脈を探す者たちと変わりはなかった。しかし黙々と食事をする片目と赤毛のディックとジムの三人は、アラスカでもっとも恐るべき山賊だった。金塊を持つあらゆる者を、冷笑的に殺していた。当時彼らが〝五人組〟と呼ばれて恐れられていたことは確かだ。夜の帳が降りても三人はずっと待ち伏せしていた。身を隠すため火も焚かず凍えていた。ついに旅人が現れ、火を熾した。旅人は襲って来た狼を追い払い、火が消えると木に登った。三人が木に辿り着くと、名前を呼ばれて啞然となった。「おまえは誰だ?」「まずハンスのことを教えろ」「インディアンに殺された」「マック・トゥイードルは? やはり死んだのか?」死んだ。ユーコン川で溺死したのだ。
前号のジョルジュ・シムノン特集に続いての掌篇掲載。五人組と書かれているのに三人しかいない以上は何かが起こったわけで、お決まりの仲間割れの挙句に、さり気なく登場していたインディアンで締めるところは落とし話のうまさがありました。「お決まりの」とは書きましたが、シムノンの書き方はただただ目の前の事実を描写してゆくだけなので、読んでいるあいだはお決まりかどうかもわかりません。
「おやじの細腕新訳まくり(30)」
「四月一日」クラーク・ハワード/田口俊樹訳(The First of April,Clark Howard,1965)★★★☆☆
――三月末日、男がひとりラスヴェガスにやってきた。毎年一回、同じモーテルに泊まった。鞄からビニール製の仮面と四五口径を取り出して箪笥の引き出しに入れてから眠った。/モーテルから二マイル離れた市警の刑事部屋では、特捜班もまた四月一日のために準備をしていた。警部が言った。「作戦の目的は、われわれには今もまだ何もわかっていない男を捕まえることだ。わかっているのはこの四年のあいだ、四月一日にラスヴェガスを襲っているってことだ。犯行の手口から、よそから来たアマチュアだと考えている」/若い男は獲物を求めさまよい、カジノの従業員が空の現金保管箱を持ってオフィスから出てきたのを見つけた。現金を回収して戻ってきたところを、オフィスにはいって銃を突きつけた。
これが人情話だとは思いませんが、刑事が身分証を見ただけであっさり引き下がったのももっともだという説得力がありました。
「BOOK REVIEW」
◆英国幻想文学大賞受賞作『ニードレス通りの果ての家』カトリオナ・ウォードは、三橋暁氏と風間賢二氏の二人が取り上げていて編集部もそれを掲載しているわけですから、よほどのものなのだろうと期待は高くなります。
◆連城三紀彦『黒真珠 恋愛推理レアコレクション』は単行本未収録作をまとめたもの。ただの再編集版だと思って見逃していました。
◆新訳からはチェスタトン『マンアライヴ』、シムノン『メグレと若い女の死』。悪訳で知られた旧訳『マンアライヴ』に関しては、結局原作の時点でイマイチといった評価のようです。新訳ではロニョンが警部となっているそうですが、inspecteurの訳語なら誤訳なのでは?とも思います。
「迷宮解体新書(133)時武里帆」村上貴史
きっかけは早川書房の人間からの質問に対し、「(平田)篤胤を探偵役にして、ブラウン神父のように謎を解かせたら面白いのではないか」と考えたことだそうですが、そうして完成した『大角先生よろず覚え書き』が果たしてブラウン神父のような作品なのかどうかが問題です。
「華文ミステリ招待席(10)」
「完璧な復讐」暗布焼(完美的复仇,暗布烧,?)★★★☆☆
――ショートメッセージの通知音が響いた。夫の高鵬が携帯電話を忘れて出勤したようだ。簡青はメッセージを見て号泣した。夫は浮気していたのだ。夫を煩わせないよう一歩引いていたというのに、それが夫には物足りなかったとは。「恥知らずども」泥棒女と薄情男に復讐を練り始めた……。/私はジムで苗立に近づき、親しくなった。ペットボトルにキョウチクトウの煎じ薬を入れ、運動したばかりの彼女の心臓に重い負担をかけることに決めた。でもまさか彼女が体調の異変を感じて医者にかかり、ペットボトルを飲まなくなるとは予想できなかった。しかも彼女の瞳に疑惑の色がよぎった気がした。/復讐の計画と行動を匿名ブログに掲載してから、制裁を加えるのに手伝いたいと言ってくれる人も出てきた。そうした一人からの書き込みで、転落事故の多い橋のあることを知り、どうにかして苗立を連れ出せないかと考えた……。/刑事が取調室のドアを開けると、高鵬という容疑者がにらんでいた。「私は苗麗の死とは無関係です」
簡青の考える復讐があまりにも杜撰な犯行計画であるため、これは作中作であってどんでん返しがあるのだろうな、そうでなければ出来がお粗末すぎる――と勘が働いてしまうという欠点があります。しかし計画が杜撰でなければ【夫をコントロール】できないわけですから、作中作を万全にして面白くするわけにもいきません。けれどそれも結果が分かってから感じた飽き足りなさであり、どんでん返しの具体的な内容まではわからなかった身からするとそれなりに楽しめました。とは言え夫が間抜けじゃなければ成立しませんよね。せっかくの間接殺人なのにわざわざノコノコと現場に行ってどうする。相変わらず著者名の読み方も作品の初出も解説に書いてくれません。アンブーシャオと区切らず読むのでしょうか。
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