『ドラキュラ紀元一九一八 鮮血の撃墜王』キム・ニューマン/鍛冶靖子訳(新紀元社)

ドラキュラ紀元一九一八 鮮血の撃墜王キム・ニューマン鍛冶靖子訳(新紀元社

 『Anno Dracula: The Bloody Red Baron』Kim Newman,1995/2012年。

 増補完全版第二弾。『ドラキュラ戦記』からは割愛されていた一章が追加されたほか、書き下ろし中篇や著者による付記が収録されています。
 

ドラキュラ紀元一九一八 鮮血の撃墜王(Anno Dracula: The Bloody Red Baron,1995/2012)

「間奏曲――マイクロフト・ホームズのプライヴェート・ファイル」(Interlude: The Private Files of Mycroft Holmes)
 ――葬儀に参列した閣僚はチャーチルひとりだった。ルスヴン卿も墓地を訪れはしなかった。ボウルガードはスミス=カミングとならんで墓の脇に立った。マイクロフトはあらゆる意味において“巨人”だった。ディオゲネス・クラブはもはやメンバーにすらその扉を閉ざしている。「ルスヴンは書類室にはいっているだろう。マイクロフトがクラブの秘密を墓場までもっていってくれているといいのだが」

 前版『ドラキュラ戦記』には未収録の幕間小品。『ドラキュラ紀元』には登場しなかった“弟”がついに顔を見せます。『一八八八』の「著者による付記」でニューマンが書いていたように、弟にとっては切り裂きジャック事件など簡単な問題だったようです。諜報組織の重鎮マイクロフトの遺した秘密が、ルスヴン首相に狙われますが、死してなおマイクロフトの方がうわてだったようです。
 

『ヴァンパイア・ロマンス――ドラキュラ紀元一九二三』(Anno Dracula 1923: Vampire Romance,2012)★★★★☆
 ――今夜、彼女はモダンになるのだ。髪を切ったジュヌヴィエーヴがサロンを出ると、ディオゲネス・クラブの若者が待っていた。若者はウィンスロップと名のり、ドレイヴォット軍曹の運転する車のなかで事情を説明した。曲がり男《クルック》と名のる殺人者の組織に潜入させていた諜報員からの連絡が途絶えた。だが諜報員はその前に一つの情報をもたらしていた。ドラキュラがイギリスとドイツから追放されたあと、新たな〈猫の王〉の地位を狙う者たちが集まって白黴館でパーティがひかられる。そこに曲がり男もあらわれるという。参加できるのは長生者《エルダー》だけであるため、ジュヌヴィエーヴに白羽の矢が立ったのだ。参加者はマインスター男爵、ザレスカ伯爵夫人、カルンシュタイン将軍――カーミラの父だ。それにホッジ、クレオパトラ、カー・パイ・メイ。話し合いのさなか、明かりが消え、事件は起こった……。

 ドラキュラと並ぶ吸血鬼の代名詞カーミラは原作である「吸血鬼カーミラ」で完全に死んでいるため『ドラキュラ紀元』シリーズには登場していません。ジュヌヴィエーヴの思い出のなかでわずかに触れられるのみです。本作にはそんなカーミラの両親と弟が登場し、弟リアムはカーミラに劣らぬ人たらしの魅力を放ってジュヌヴィエーヴにすら影響を与えたかに見えたほどです。“ちゃんとした”吸血鬼に憧れるリディアという少女もリアムの魅力にぞっこんで、カー・パイ・メイの用心棒である日本の少女ねずみとともに、事件の真相を明らかにしようとというミステリ仕立ての作品でした。そしてなんと、舞台となっている白黴館は、ジーヴス・シリーズのアガサ伯母さんが所有している館であり、本作にはフィンクや黒ショーツ党党首ロデリック・スポードも登場します。ミステリ仕立てなので要所要所に盛り上がりがあり、第一の殺人、リアムへの疑惑など、見るべきポイントがたくさんありました。でこぼこトリオによる少女探偵団の趣向もいい味を出しています。それにしても曲がり男の正体には驚きました。
 

「著者による付記」(2012)

 スペンサーのスペルを脚本家に確認するあたりが凝り性の著者っぽいと感じました。「ヴァニラがほしいわ(I'll take vanilla)」という台詞の意味が付記を読んでもわからなかったのですが、どうやら元の映画でも意味などなく、文脈に関係なく突拍子もないことを言うジョークであるようです。
 

「著者おぼえがき、および謝辞」(1995)
 

「レッド・スカイ」(Red Skies)

 これはドラキュラ紀元シリーズとは無関係ですが、『鮮血の撃墜王』の映画化打診をきっかけに持ち上がったモンスター戦記ものの企画アイデアです。
 

「登場人物事典」

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