『ドラキュラ戦記』キム・ニューマン/梶元靖子訳(創元推理文庫)★★★★☆

 『The Bloody Red Baron: Anno Dracula 1918』Kim Newman,1996年。

 第一作『ドラキュラ紀元』の最後でイギリスを追われたドラキュラが、ドイツに渡って反撃を開始した、というのが本書のおおまかな内容です。時は第一次世界大戦。ドイツ軍基地の偵察を命じられたディオゲネス・クラブの若き諜報員ウィンスロップは、フランスに駐留しているコンドル飛行隊を訪れる……。

 原題にもなっている「レッド・バロン」とは、本書冒頭で悪夢のような登場を果たす、実在したリヒトホーフェン男爵のことで、本書ではホラーの敵役にふさわしくおぞましい姿で描かれています。

 一口に吸血鬼といってもさまざまな「血統」がいることが早い段階で明らかにされていて、レッド・バロン以上におぞましいのが第9章に登場する女優イゾルドです。

 一方でジュヌヴィエーヴに代表されるような、美しい吸血鬼もいて、本書ではマタ・ハリが血の濃い吸血鬼として登場し、前作主人公ボウルガードに重要な一言を残したりもしていました。

 人体実験者モロー博士がゲスト出演することからもわかるとおり、本書ではそんな「血統」が重要な地位を占めています。SF的なアイデアとしては陳腐な部類に入るような人体改造が、史実と虚実を取り混ぜた緻密な書き込みと構成によって、ドラキュラの続編である戦記物というキワモノめいた設定から、読むに耐える作品に押し上げられているのです。読んでいるわたしはレッド・バロンに恐怖するのではありません。手に汗握る空中戦に心を奪われていました。

 要するに戦記物として抜群に面白いんです。なのに気づけば裏ではドラキュラの陰謀も進行中という贅沢さ。

 前作の主人公ボウルガードは歳を取り、本書ではウィンスロップ中尉が主人公を務めています。ウィンスロップも参加した最初の空中戦は抜群の面白さでしたが、その結果、ウィンスロップは多くのものを失い、新しい一歩を踏み出すことになってしまいます。これにより、人間的な魅力はウィンスロップからは消え、人間味のある描写は記者のケイト・リードのパートとエドガー・ポオのパートが担うことになります。

 落ちぶれたポオがドイツ空軍に招かれた理由といい、ポオに嫉妬するエーヴェルスといい、世界情勢は深刻なはずなのにニヤニヤしてしまうような、ネタの数々もこのシリーズの魅力ですが、うるさくないのがいいですね。

 マイクロフト・ホームズは本書では名前が言及されるだけで実際には登場しません。それにも関わらず、あのタイミングでああした事実が明かされるのは衝撃でした。恐るべき存在感です。

 p.496あたりに出てくる、ケイトを助けた「霧のように白く」なる、「古くから存在しているヴァンパイア」って何者なんでしょう。

 最後まで読んでみても、よくわからなかったのがドラキュラの狙いです。これではドラキュラが単純に時代や戦局を読み切れなかった無能みたいなのですが……。

 印象に残った一言。「彼らの名前を記憶しなければいい」(p.307)

 ドラキュラ紀元1918年、ドイツ戦闘航空団の蝙蝠の翼が夜空を切り裂く。イギリスを追放された『吸血鬼の王』が、ついに報復をはじめたのだ。敵の拠点たる古城を探索する英国諜報部員は何を見たか? 祖国を捨てた詩人エドガー・ポオが受けた独皇帝の密命とは? 虚実ないまぜて物語られる、もうひとつの第一次世界大戦。恐怖と鮮血の年代記がここに再び開幕する。(カバーあらすじ)
 

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