『紙魚の手帖』vol.13 2023 OCTOBER【第33回鮎川哲也賞&第1回創元ミステ短編賞】

紙魚の手帖』vol.13 2023 OCTOBER【第33回鮎川哲也賞&第1回創元ミステ短編賞】

「第33回鮎川哲也賞 選評」辻真先東川篤哉麻耶雄嵩
 麻耶氏の選評、「状況の深刻さよりも謎解きを優先するスタイルは個人的に好みです」だったり、「キャラクターのリアリティにはさほど拘わらない性分ですが」といったいかにも「らしい」ことを書きつつも、「(特殊設定ミステリに関して)作中での大義名分があったり、普遍的な設定の盲点をついたり」「キャラクターがトリック成立のために形成されているようで」という線引きはきちんとしているところは、個性を出しつつフェアな選評でした。
 受賞作は五回連続で最終候補に残った岡本好貴『北海は死に満ちて』(『帆船軍艦の殺人』に改題のうえ刊行)。英国軍艦を舞台にした不可能犯罪もの。優秀賞は小松立人『そして誰もいなくなるのか』。死神が登場する特殊設定ミステリ。あらすじから判断する限りでは後者の方を読んで見たいです。
 

「第1回創元ミステリ短編賞 選評」大倉崇裕・辻堂ゆめ・米澤穂信
 どうして第1回なのかと思ったら、『ミステリーズ!』が無くなってしまったので、「ミステリーズ!新人賞」じゃなくなったんですね。辻堂氏は若手というイメージだったので意外な抜擢です。受賞作二作は本書に掲載。
 

「噓つきたちへ」小倉千秋★★★☆☆
 ――「――が死んだよ」涙声で伝えられたのは、案の定面白くない話だった。……/……紬木大地は居酒屋で小学校時代の幼馴染みと待ち合わせしていた。「ああ、変わっとらんのが来たわ」田舎訛りの第一声が、大地の緊張を解いてくれる。「一郎、だよな?」面影を探す。次に隣の女性に目を向けた。「ええっと、瑞、み……?」「昔みたいに、みっちゃんでいいわよ」二人とも記憶とは随分印象が違っていた。「つむつむだけは変わっとらんな」過疎の町、早良町。逃げるように東京に出て来た。ひとしきり昔話をしたあとで、大地は用件を切り出した。「翔貴が死んだことを聞いてどう思った?」四人だけのクラスメイト。町長の息子の翔貴はいつも威張り散らしていて、三人はいつも顔色を窺っていた。「翔貴のこと大嫌いだった」五年生のとき、東京からきた転校生の菅が翔貴の誘いを断った。それが今までの関係は当たり前のことではないと気づくきっかけだった。だが菅は三ヶ月でまた転校してしまった。一服から戻ってくると、一郎が大地を問い詰めた。「翔貴の話ばかりして、何を聞き出そうとしとる」

 第1回創元ミステリ短編賞受賞作。幼き日の犯罪という題材自体はよくあるものの、タイトルにするだけあって「噓つきたち」が誰を指しどんな噓をついているのかは凝りに凝っていました。事情がいろいろとわかるにつれ、ノスタルジックな話、息の詰まる話、辛気くさい話、サイコパスな話と、事態が表向き見せている顔を変えるのも工夫が凝らされていますが、そのせいで散漫な印象にもなっていました。
 

「朝からブルマンの男」水見はがね★★★☆☆
 ――店に奇妙な客がくる。週に三度、開店と同時に来店して「ブルマンひとつ」と頼むのだ。問題は、このブルマンが二千円もするということだ。そんなブルマンを毎回注文するくせに、嫌そうな顔をしながら飲んで、残すことも多かった。志亜がバイトをしている喫茶店の話をしたが、緑里は一笑に付した。桜戸大学のミステリ研究会の二人きりの部員だ。志亜がスパイ映画やハードボイルド小説を好むのに対し、緑里はコナン・ドイルの信奉者だった。いつものように「推理試合」をしていると、当のブルマンさんが部室にやってきた。本名・青井さんは桜戸大学の大学院生だったのだ。喫茶店の店員が学生だと気づいて相談に来たという。バイトができずに困っていたとき、アパートに奇妙な手紙が届いたのだ。それはバイトの誘いだった。決められた曜日と時間に〈焙煎喫茶まほろば〉に行き、ブルーマウンテンを注文すれば、一回五千円を支払うという。だが続けているうちに、毎回違う男がボックス席で乱数表のようなものを書き写しているのに気づき、喫茶店でやばいことがおこなわれているのではないかと不安になったのだ。

 第1回創元ミステリ短編賞受賞作。選評では褒められていた謎がさほど魅力的ではありません。そういう人もいるでしょう、としか……。ネットでネタにされている名探偵コナン「妙だな」のパロディのようにも思えますが、どうなのでしょう。探偵役はごく普通の大学ミス研の二人。暗号を解くのではなく暗号の鍵を探すという趣向がユニークですし、その暗号の鍵も意外性充分なうえ、謎の真相としての説得力に耐えるものでした。ただ、やっぱり、全体的にコナン君ぽいよね、と思ってしまいました。
 

「第3回 レーザービーム・ステッチ」熊倉献
 ――手芸好きのサキは、バイト仲間のアオイから、彼氏の服をリメイクして欲しいと頼まれた。「パーカーの袖を、4本にして欲しいの」

 4本腕の彼氏もさることながら、そこから空想を広げるサキの妄想力こそ著者の真骨頂でした。
 

「みすてりあーな・のーと(その1 フィルポッツとクリスティ)」戸川安宣

「ホームズ書録 パリの実録であるかのようなホームズ翻訳」北原尚彦」

「泥酔肌着切り裂き事件」今村昌弘★★★☆☆
 ――明智さんから電話が来た。『説明するより見てもらった方が早い。今から来てくれ』。昨夜、大学の打ち上げで泥酔した明智さんをマンションまで送り届けたのだった。明智さんには昨夜の記憶がないらしい。マンションを訪れると、玄関には細く引き裂かれたパンツが落ちていた。「朝起きた時、俺は何故かパンツを穿いておらず、そのパンツはこんな状態で玄関に落ちていたんだ」「酔った勢いでパンツを脱ぎ捨て、破いたってだけじゃ」「違う。ズボンは穿いていたんだ」

 明智恭介シリーズ?。いやもう最低の事件です。とは言え現場の状況から推理を重ね、パンツを引き裂いた合理的な理由を導き出そうとする姿勢は本格ミステリなのでしょう。
 

「私の小さな地図帖 その三 子供たちの旅」山崎佳代子

日本推理作家協会賞2023年 翻訳小説部門賞 受賞記念翻訳者インタビュー」ヘレンハルメ美穂/聞き手・三角和代

「装幀の森(第8回)」柳川貴代

「INTERVIEW 期待の新人 岡本好貴『帆船軍艦の殺人』」
 今回の鮎川賞受賞者へのさっそくのインタビュー。
 

「INTERVIEW 注目の新刊 市川憂人『ヴァンプドッグは叫ばない』」
 マリア&漣シリーズ最新作。吸血鬼がモチーフの、「ひとつの街を丸ごと犯行現場にした「広いクローズドサークル」」もの。
 

「INTERVIEW 注目の新刊 今村昌弘『でぃすぺる』」
 非シリーズもの長篇。特殊設定ミステリや残虐性の強い事件を描いたミステリが増えた反発のような形で、もっと無邪気な存在である子供が活躍する話を読みたくなったそうです。
 

「BOOK REVIEW」瀧井朝世・村上貴史・他
 木内昇の新刊は『かたばみ』。森バジル『ノウイットオール あなただけが知っている』はデビュー作。「同じ町の同じ時期を舞台に、各章ごとに推理小説、青春小説、科学小説、幻想小説、恋愛小説が展開される」という魅力的な内容です。
 王元『君のために鐘は鳴る』は、第七回金車・島田荘司推理小説賞受賞作。21世紀の『十角館』なるキャッチコピーが付されている模様。第2回の受賞作が陳浩基『世界を売った男』なので、この作品も期待できるか。
 

フランシス・ハーディング「神の目」は、電子書籍版には未収録。
 

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