『完全犯罪の死角 刑事花房京子』香納諒一(光文社文庫)★★★☆☆

『完全犯罪の死角 刑事花房京子』香納諒一光文社文庫

 ハードボイルド作家による倒叙ものです。

 沢渡留理は父親から受け継いだ家具会社を守るために、腹違いの兄・要次と秘書である愛人・福田麻衣子を殺し、別れ話のもつれから要次が麻衣子を殺したあと階段から転落死したように見せかけます。そ知らぬふりをして仕事に戻り、二人が発見されるのを待っていた留理は、翌朝、家政婦から思いも寄らない電話を受けます。「お兄様が強盗に殺されたんです……」。

 留理は戸惑いながらも現場に向かい、殺人後に入った空き巣が手切れ金に見せかけていた三百万円を盗んでいったことを知ります。これ幸いと強盗の仕業だと思われることを期待した留理でしたが、ひとりの刑事が疑問を口にします。要次に引きずられたような痕跡があることや、麻衣子に殴られた跡があることから、強盗ではない可能性がある。長身で子どものような印象を受けるその花房京子という刑事は、人を不安にさせるようなところもあれば人懐っこいところもある、奇妙な人物でした。

 麻衣子好みのDVDが用意されていたことに疑問を感じ、沢渡家に忠実な運転手・中嶋から『私とだけは別れられないのよ』という麻衣子の言葉を聞き出した京子は、別れ話があった可能性を疑問視し、要次と麻衣子の予定を知り得た留理に疑いの目を向けてゆきます……。

 父の代の高級路線から娘の代に変わって低価格路線に舵を切ろうとして、旧陣営と対立する――そんな沢渡家具の内情は、あからさまに大塚家具を連想させます。対立する腹違いの兄はどら息子として描かれる一方で、留理自身も感情的な人物として描かれており、どちらに転んでも会社の未来は現在のままではいられなかったでしょう。

 留理自身は敬愛する父の遺した会社と思い出を守ろうとしたのかもしれませんが、殺人計画が上手くいったとしても、思い出はともかく、留理の経営方針のままでは会社は守れなかっただろうと思うと皮肉です。

 のっけから思い切り痕跡を残してしまったりと、全然完全犯罪ではありません。物証がないという意味ではそうなのかもしれませんが。麻衣子殺しの動機がないから自分は犯人ではないという留理の主張も到底通用するとは思えませんが、犯人と刑事の対決という倒叙もののゲーム性を重視した結果なのでしょう。最後の決め手も説得力に欠け【ネタバレ*1】、ここも犯人のミスによって刑事が詰めにするという倒叙の約束事を大事にしているのだと思います。

 それにしても、身内の証言によって疑いを強められ、予期せぬ目撃者が出現したりと、犯罪なんてそうそううまくいくものではないのだとつくづく思います。留理が最後まで隠そうとした麻衣子殺しの動機【※ネタバレ*2】にしたところで、警察にこそ言わないものの意外とみんな知っていて笑ってしまうというか哀れでした。

 花房京子がコロンボをはじめとした先輩諸氏と違うのは、犯人に本気で同情していると思われる点でしょうか。コロンボタイプの刑事の常として、犯人からは嫌われて当然なのですが、京子は留理から「こんな間柄として会ったのでなければ、打ち解けた友人になれそうな気がした」(p.82)、「違う状況で会あったならば、友人になれたにちがいない」(p.258)と二度までも思われます。友だちになりたいと思われる刑事とは異色中の異色だと思います。

 沢渡留理は亡き父親から引き継いだ会社を守るため、痴情のもつれを装って兄とその愛人を殺した。偽装工作は完璧だったはずだが、その後、現場に強盗が入ったらしい。警察は二人が強盗に殺されたと考えているようだが、ただ一人、花房京子だけは、私を疑っている……? 「刑事コロンボ」に連なる倒叙ミステリーの新たな傑作誕生‼(カバーあらすじ)

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*1 留理が要次のものだと認めること自体が不自然というか、別居している兄の持ち物なんて「本人のものかどうかわからない」と答えるのが当然だし、真実を指摘されてからも見間違いで済むレベルだと思うのですが

*2 要次と麻衣子の不正の証拠を見つけたが、尊敬する父親も同じ事をしていたと知り、不正をつつかれないように痴話喧嘩というスキャンダルをでっちあげた

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