『天使と宇宙船』フレドリック・ブラウン/小西宏訳(創元SF文庫)★★★☆☆

『天使と宇宙船』フレドリック・ブラウン/小西宏訳(創元SF文庫)

 『Angels and Spaceships』Fredric Brown,1954年。第二短篇集。どこにも書かれていませんが、「Tukasa」とある扉絵は司修によるものなのでしょう。
 

「序」(Preface)

「悪魔と坊や」(Armageddon,1941)★★★☆☆
 ――ハービー坊やは客席に座って奇術師を見あげている時、ポケットの中の水鉄砲のことなどすっかり忘れていた。「舞台にあがってくださるお坊ちゃんはいらっしゃいませんかな?」。ちょうどその頃チベットでは、雪解けの急流に流されて祈り車がとまってしまった。

 誰にも知られぬまま世界を救っていたパターンですが、問題はなぜそんなものを持っていたのかということで、偶然でも何でもなく悪童は悪童でした。罪は罪として罰を受け、世界は何も変わらないままでした。『さあ、気ちがいになりなさい』にも収録。
 

「死刑宣告」(Sentence,1954)★★★★☆
 ――かつて地球の宇宙飛行士であったドルトンは、アンタレスの第二惑星に着陸するやけんかしてアンタレス人を殺してしまった。翌朝、死刑が執行されることになった。「この星の習慣で、死刑囚は最後の夜に接待を受けるのです」

 短篇と短篇の合間の単行本書き下ろしショートショート。死刑囚最後の夜というよくある題材が、どことも知れない遠い星を舞台にするだけでショートショートになるのだからすごい。
 

「気違い星プラセット」(Placet is a Crazy Place,1946)★★☆☆☆
 ――二つの太陽の周りを8の字上に公転しているプラセットでは、物理的-心理的効果によって定期的に幻覚が見える。地中を飛ぶ鳥が壁を通り抜けたせいで地震が起きる。チーフは我慢できずに辞表(I quit)の通信をリーガンに命じた。教師時代の教え子マイク・ウィットが星を訪れたのはその直後だった。当時も可愛かったが、今では美人になっていた。チーフは辞職の意思を伝えたのを悔やんだ。

 おかしな惑星の特徴はおかしなエピソードとして語られるだけで、オチは英語の駄洒落にしか過ぎませんでした。邦訳だとそこだけ英語表記になってしまうためオチが読めてしまいますね。
 

「非常識」(Preposterous,1954)★☆☆☆☆
 ――「息子の部屋に今後あんなくだらん読み物は絶対におかないでもらいたいね」「これからは気をつけますわ」「愚劣きわまる。超光速飛行だのタイム・マシンだのテレポーテーションだの」

 シンプルな視点の転換。シンプルすぎて古びてしまっているのは仕方がない。
 

諸行無常の物語」(Etaoin Shrdlu,1942)★★☆☆☆
 ――額ににきびのある男が人に知られないように自分でライノタイプを打ちたいという。わたしは新聞屋のジョージ・ロンソンを紹介してやった。男が店を借り切って文字を打ち込んだあとの週末、ジョージがわたしのところにやって来た。ライノタイプが意思を持つようになってしまったという。

 日本語タイトルでネタバレしているせいで面白さが半減です。
 

「フランス菊」(Daisies,1954)★★★☆☆
 ――マイクルスン博士は妻を実験室と温室に案内した。「草花は知性を持っていて、人間のようにはしゃべらんが通信するんだよ」「草花同士ならそうかもしれませんわ。でも――」「人間=草花間も可能なんだよ。実際にやってみたほうがはやいだろうな」

 知性があることも通信が可能なことも、身を以て見事に証明できたことになります。この手の実験だと「寒い」とか「お腹が空いた」といった単純な内容だという先入観があったので、よりいっそうオチの意外性が楽しめました。
 

「ミミズ天使」(The Angelic Angleworm,1943)★★★☆☆
 ――ジェーンとの結婚まであと十日だ。チャーリーはすがすがしい気分で目覚め、ピートと釣りに行くため庭でミミズを集めようとした。後光のあるミミズが白い羽をはばたかせて上昇していった。それからも雨の日に往来で気絶して全身日焼けしたかと思えば、博物館の陳列ケースのなかに野ガモを目撃し、チャーリーは自分の正気を疑いはじめた。

 本書のなかでは最長の作品です。「諸行無常の物語」にも似たアイデアをもっと大きなスケールに広げたようでした。清水義範が書きそうなくだらない(褒め言葉)ミッシング・リンクが楽しい。
 

「大同小異」(Pattern,1954)★★★★☆
 ――都市では恐慌状態が起きていた。宇宙から来た一マイルもある侵略者たちが歩き回っていた。「どうしてみんな心配しているんだろうね? あたしたちに対してなにもしないじゃないか、あの連中は」ミス・メーシーは言った。今日は雲を作って遊んでいるようだ。

 ここに描かれた宇宙人と人間の関係自体はありふれたアイデアです。が、そう思う作中人物には牧歌的に見える光景が、読者には一瞬でオチを理解できるような、そんなオチが鮮やかです。
 

「ユーディの原理」(The Yehudi Principle,1944)★★★☆☆
 ――ぼくは気違いになりかけている。チャーリーもだ。要するにチャーリーが、こいつはユーディの原理で動くんだ、と説明したときは、ほんの冗談のつもりでいた。「見えないこびとの原理だよ」チャーリーはヘッド・バンドを取りつけ、「酒をもってきてくれ」と言った。チャーリーの姿がぼやけて、ぼくの手に冷たいものがかかった。「グラスに入れてこいというべきだったな」

 せっかくの新発明がドジのおかげで無に帰すパターンにしても語り手の頭が悪すぎていらいらしましたが、そのパターンを枠物語にして別のパターンの仕掛けが施されていました。『さあ、気ちがいになりなさい』にも収録。
 

「探索」(Search,1954)★★☆☆☆
 ――長い白ひげを生やした老人が出迎えた。「ようこそ天国へ、ジョン」そこでわずか四歳のピーターは真珠の門を通って神を捜しに出発した。

 ピーターの正体がオチになっているのでしょうが、わかりづらい。そもそもピーターがはじめにジョンと呼びかけられている理由がわかりません。もし英語やキリスト教に関係があるのなら註釈をつけてほしいところです。原文も確認してみたいけれどkindleでは売ってないようです。
 

「不死鳥への手紙」(Letter to a Phoenix,1949)★★★☆☆
 ――きみに話したいことはたくさんある。わたしは二十三歳のとき第一次原爆戦で被曝し、脳下垂体の機能が変わってしまった。わたしは四十五年に一日の割合で年をとる。三十年間眠らず、十五年ほど眠るのだ。地球の人口が少数の原始人という状態にまで減少した七回の大原爆戦も生き延び、五つの銀河に行くような時代もあった。人類こそ宇宙における唯一の不死の有機体なのだ。自己を破壊し、進化を破壊して出発点に立ちもどる種族のみが長きにわたって知性ある生活を営むことができる。

 手塚治虫火の鳥 未来編』のような不死の存在が出てくると思いきや、不死の存在とは人類のことだったというひねりがありました。しかもその理由というのが、進化には限界があるのである点まで進むと自らぶっ壊す人類は滅びないのだというのも皮肉です。『さあ、気ちがいになりなさい』にも収録。
 

「回答」(Answer,1954)★★☆☆☆
 ――宇宙の中の人間の住むすべての星(九百六十億個)の上にある巨大な計算機を、同時に超回線に接続して、一台の超計算機にし、全銀河系のすべての知識を結合させる計画だった。スイッチが入れられた。「質問をどうぞ」「従来のマシーンでは答えられなかった質問です。神は存在しますか?」

 人知を越える計算力を持ったスーパーコンピュータが神となったのはわかりますが、そこで実際に雷を落とすのはやりすぎで、オチとしては蛇足というか勇み足だと思いました。
 

「帽子の手品」(The Hat Trick,1943)★★☆☆☆
 ――四人は怪奇映画を見てから、エルジーの家でパーティをした。ボブがトランプの手品を披露したが、ウォルターが馬鹿にするような発言をしたため、険悪な雰囲気が漂った。「きみはもっとしゃれたことができるらしいな」「帽子があればね」。エルジーが衣装戸棚からシルクハットを取り出した。ウォルターは片手を帽子のほうにさし出した。すると中からキーキーという声がする。

 エリン「決断の時」のような流れに流れていきながら、怪奇映画を見ていたという冒頭に伏線があるストーリーとして着地するあたりに、著者の多才さを感じます。『さあ、気ちがいになりなさい』にも収録。
 

「唯我論者」(Solipsist,1954)★★☆☆☆
 ――ウォルター・B・エホバは生涯、唯我論者だった。これは自分だけが実在する唯一のものであり、他人も世界も自己の想像裏に存在するにすぎず、想像をやめればいっさいが存在するのをやめるのだ、と信じている人間のことである。ある日ウォルターは信条を実行に移し、すべてを抹殺する決心をした。

 主人公の名前はただのツカミのギャグだと思っていたのですが、そのものズバリだったというのが可笑しかったです。
 

「ウァヴェリ地球を征服す」(The Waveries,1945)★★★★☆
 ――ジョージ・ベイリーはラジオ用のコマーシャル・ライターだった。タイピストのメイジーのアパートでジン・ラミーをやっていると、ラジオからコマーシャルが聞こえてきた。『すぐれたタバコだけが……ト・ト・ト・全国民に愛される……』。「モールス信号だな」。一九六七年四月五日、ウァヴェリたちがやって来たのはこの日の夜だった。この日以来、あらゆるラジオやテレビの番組に同じ音声が入り込んだ。『宇宙からの電波妨害、発信源は獅子座』新聞はそう伝え、ラジオとテレビの放送は中止された。

 技術班の部長が唱えた仮説は間違っていたものの、最初のラジオ放送が五十六年の時間をかけて宇宙を一周して戻ってきたという発想は、捨てネタにするには惜しいくらい面白いアイデアでした。とはいえ電波や電気を食ってしまう電波タイプの宇宙人という真相も充分に非凡ですし、戦うすべなくガスや蒸気の時代に戻ってしまうという結末もまた侵略ものとしては(特に当時にあっては)異色だと思います。短編全集版の邦題は「ウェイヴァリー」となっており、意味から言ってもそう読むのが正しいのでしょうが、本書バージョンの「ウァヴェリ」のほか『さあ、気ちがいになりなさい』収録版も「雷獣ヴァヴェリ」となっているのは、怪獣っぽい響きを狙ったものでしょうか。
 

「挨拶」(Politeness,1954)★★☆☆☆
 ――大三次金星探検隊に同行したヘンドリックスは、金星人を求めて歩いていた。彼らと親交を結ぼうという試みはこれまでに四回失敗していた。金星人は精神感応力を持っており、地球語を理解できるし返答もできるのだ。「今日は、金星人」「あばよ、地球人」。それなのに金星人に話しかけると、いつもきまってこんな調子だった。

 言語の違いではなく文化の違いが大きかったというのは当たり前に過ぎますが、それが生殖の違いによるものというのは盲点と言えば盲点です。

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