『バン、バン! はい死んだ ミュリエル・スパーク傑作短篇集』ミュリエル・スパーク/木村政則訳(河出書房新社)★★★★★

 ミュリエル・スパークの短篇集が刊行されました。

『世渡り上手と世渡り下手』

「ポートベロー・ロード」(Portobello Road,Muriel Spark,1958)★★★★★
 ――少女の頃、干し草に寝そべっていて、一本の針を見つけたのである。みんなはその針が幸運の印だと言った。あのときから、私はニードルと呼ばれるようになった。写真の私たちはかわいらしい。天気も素晴らしかった。でも、あの頃に戻りたいとは思わない。

 まるで絵に描いたように幸せそうな楽しそうな子ども時代のスナップ。なのに語り手は初めからノスタルジーを否定します。なぜだろうと思いながら読み進めると、そんな疑問も忘れ去るほどの衝撃が飛び出して来ました。最悪の形で別れが訪れてしまったからこそ、「永遠に消えることがない」ように見えた輝きが痛々しく切なかったです。
 

「遺言執行者」(The Executor,1983)★★★★☆
 ――叔父が亡くなったとき、原稿類はすべて財団に売却した。一つだけを残して。叔父が亡くなる直前まで書いていた、未完の小説だ。なんなら私が完成させ、出版してもいい。第十章までを読み返した。第十一章を開くと、叔父の筆跡でメッセージが書かれていた。

 故人の掌で踊らされていただけ……というのはよくある話ですが、本篇の場合は故人が間接的にではなく直接影響を及ぼすのが普通ではありません。お手伝いさんの言葉からすると、直接、というのも実は怪しいのですが。
 

「捨ててきた娘」(The Girl I Left Behind Me,1957)★★★★★
 ――レターさんは一日中、口笛を吹いている。あとどれくらいマーク・レターねじ釘会社に辛抱していられるだろう。職場を出たあともあの曲が頭から離れない。たいていは〈捨ててきた娘〉という曲だ。それにしても、仕事場に何か忘れてきた気がする。

 最後に至って周りの人の反応の裏に別の意味があることがわかるのですが、表の反応だけ見てもそれが〈仕事帰りのうんざりする日常〉そのものでもあるということに愕然とします。何てさみしい生活なんだろう。満員電車に無言で揺られる人たちがみんなこんなふうに見えてきます。新版異色作家短篇集に「棄ててきた女」の邦題で若島正訳あり。
 

「警察なんか嫌い」(The Thing about Police Stations,1963)★★★☆☆
 ――伯母の大事な子犬のことで問い合わせるため、警察署に行くのだけはいやだった。「二九二番、こっちだ」高圧的な口調に腹が立ったので動かずにいると、奥の部屋に連れていかれた。「言語に絶する事件だ。やったのか?」「僕には正当な裁判を受ける権利があります」馬鹿なことを言ったものだ。

 不条理なようでいてユーモラスでもあり、「冷静沈着に対処していれば、こんなことにはならなかったのに」という伯母の一言で、実際にそうだったかも――とすら錯覚して
 

「首つり判事」(The Hanging Judge,1994)★★★★☆
 ――スタンリー判事が幽霊を見たかのような顔になったのは、死刑制度に疑問を感じ出したからではない。じつは長年の経験で初めて、死刑を宣告する瞬間に勃起してしまったのだ。絶頂に達してしまったのである。ジョージ・フォレスターは三人の女性を殺害した。それまでの前科はない。

 前話にも「言語に絶する」という言葉遊びがありましたが、本作も恐らく根っこは駄洒落(Hanging 首つり/ぶら下がる)なのだと思われます。それにしても、過去をたどるドキュメンタリーのようなちょっといい話ふうなのが無性に可笑しい。
 

『自信家たち』

「双子」(The Twins,1954)★★★★★
 ――ジェニーはサイモンという男性と結婚し、双子が産まれた。双子が五歳になったころ、遊びに行くという約束をようやく果たすことができた。「半クラウンくれない?」「それはちょっとできないな。代わりに……」「ママ、だめだって」すぐにジェニーがやってきた。「ごめんなさいね。パン屋に代金を払おうとしたら小銭がなくて」

 初めのうちこそただ単にひとに気を遣っているだけだったのに、それがどんどん大げさに――どころではなく、話自体が噛み合わなくなってゆく異常性には嫌な汗が流れました。
 

「ハーパーとウィルトン」(Harper and Wilton,1953)★★★★☆
 ――斜視の若い庭師が窓を見上げていたが、庭師など知ったことではない。滞在四週目、若い女の声がした。「どなた?」「ハーパーとウィルトンよ。驚かないで。頭に来てるだけ」「どこでお会いしました?」「どこで? あなたの作品に出てくるじゃない」

 作中作のあほらしさにケタケタと笑ってしまいました。再開した話のつけ方には、語り手の成長(?)が現れているのか、女性運動や性犯罪に対する世相が現れているのか――。
 

「鐘の音」(Chimes,1995)★★★★☆
 ――殺人が会った夜、みんなはトランプをしていたらしい。私生児のハロルドが殺したという匿名の投書があったが、彼には完璧なアリバイがあった。マシューズ老人が歩いているところに地元の医師が通りかかり、車を停めた。近くのカップルによると口論をしていたらしい。家に着くと急患が待っていた。教会の鐘が十二時を打った。

 これは割合しっかりしたミステリー。かな? これが迷宮入り寸前だったというのがとぼけていますが。
 

「バン、バン! はい死んだ」(Bang-Bang You're Dead,1961)★★★★★
 ――シビルとデジレは、ちょっとだけ似ていた。だが遊び相手としては物足りなかった。シビルは早熟で、デジレは愚鈍だった。デジレはルールも無視して、好きなときにシビルを撃ち殺したのだ。「バン、バン。はい死んだ」デジレに再会したのは、考古学研究でアフリカ滞在中、夫の死後のことだった。

 巻頭の「ポートベロー・ロード」しかり、「捨ててきた娘」しかり、「首つり判事」しかり、そして本篇と、スパーク作品は他人事と我が事の距離感がずれていて、不思議な感覚に陥ってきます。最後にほんの一瞬だけピントがあったように見えて、すぐに離れてしまう危うさに。
 

「占い師」(The Fortune-Teller,1983)★★★★☆
 ――レイモンドとシルヴィアの夫妻、そして私は旅をしていた。二人の夫婦生活は破綻しかけており、夫婦者とは二度と旅をしないと心に誓った。ホテルに着いて図書室にいるとき、私は女主人のデッサン夫人にトランプ占いを持ちかけた。

 自分のことだけはわからない――ものなのでしょう。口にした女と口を閉ざしていた女の、それぞれの運命行路は、それが幸せなのかどうかはさておき、違ったものになりました。
 

『頭の中をのぞいてみれば……』

「人生の秘密を知った青年」(The Young Man Who Discovered the Secret of Life,2000)★★★☆☆
 ――青年は幽霊に悩まされていた。毎夜あるいは毎朝、タンスのいちばん上の引き出しからひゅるひゅると出てくるのだ。「幽霊とギャンブルの嫌いなおまえの女をあきらめろ。競馬のいいネタを教えてやる」

 最後のオチは、「結婚は人生の墓場」的な意味合いでいいのでしょうか。まあ実際、案山子造りの名人と自称「左官の見習い」の無職のこんなカップルでは将来が心配ですが……。
 

「上がったり、下がったり」(Going Up and Coming Down,1994)★★★☆☆
 ――これまでに何組のカップルがエレベーターで出会ったのだろう。二人が利用しているエレベーターにはふだん、操作係がいた。彼は二十一階で働いているのかしら。彼女の髪が肩にかかっている、金髪は染めたのかな。

 作品内の文章がすべてを言い表しています。「とりとめのない想像や仮定が揺るぎのない現実となるのに、いったいどれくらいの時間がかかるのか。早いか遅いかは運による。調子の悪くなったテレビの画面みたいなものだ。」ぼんやりとした模様がはっきりとした形を取るまでを描いた作品でした。
 

「ミス・ピンカートンの啓示」(Miss Pinkerton's Apocalypse,1955)★★★★★
 ――夕暮れどき、何かが窓から飛び込んできた。ミス・ローラ・ピンカートンは目を上げた――「ジョージ! 早く、来て!」喧嘩してキッチンに行っていたジョージ・レイクが戻ってきた。二人の話には食い違いがあるが、基本的な点に相違はない。丸くて平たい小さな物体が宙を舞ったのだ。

 女ってモノ、男ってモノ、悪意、機転、すべてがリアルでありながらデフォルメされてもいる、とんでもない作品。笑いながら、眉をひそめながら、それなのに身につまされてしまいます。
 

「黒い眼鏡」(The Dark Glasses,1961)★★★★★
 ――私は黒いレンズの眼鏡をかけた。昔の知り合いだと気づかれないように――十三歳のとき、視力の検査をしに眼鏡店に行くと、ミスタ・シモンズが肩に手をまわし、首筋を撫でる。姉のドロシー・シモンズが降りてくると、弟を誘惑しているとでも思ったのか、憎しみに満ちた目で私を見た。

 ちょっとマセた女の子が見た、姉弟の愛憎劇。それだけで終わらせないのがこの作品の素晴らしいところです。善意の悪意というような視点は「双子」などにも見られましたが、のちに関係者となった第三者(それも心理学者)の口から語らせることで、いっそうやるせなさが募ります。主役が姉弟から語り手に変わってしまうくらいの衝撃でした。ときおり挿入される叔母や祖母による無責任な噂話が実はこうした視点を暗示していた。
 

「クリスマス遁走曲」(Christmas Fugue,2000)★★★★☆
 ――恋人はいる。だがシンシアはイギリスの戻ろうと思った。機内はがらがらだった。いやな客がいたが副操縦士が取りなしてくれた。ハンサムで意外に若い。バンコクで待ち時間に乗務員の休憩室で愛を交わした。

 夢見がちに気ままに生きてきた少女が、はっと我に返って現実を突きつけられた瞬間。寂しい――けれど、この作品がほんとうに哀しいのは、実は機内の出来事だってそれほどたいした事態ではないという事実です。相対的に現実がいっそう惨めで虚しく感じられ、ぽっかりと寂しい気持になりました。

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