『矢上教授の夏休み』森谷明子(祥伝社文庫)★☆☆☆☆

『矢上教授の夏休み』森谷明子祥伝社文庫

 2018年初刊。『矢上教授の「十二支考」』改題。

 大学のレポートのテーマに十二支を選んだ御牧咲は、十二支にちなんだ十一の神社が町を守るように囲んでいるこぶし野町に来ていました。その町で日常の謎から殺人事件まで遭遇するうち、レポートのヒントになりそうな事実を知るのでした。

 短篇集とも長篇ともつかない構成で、一話完結している話もあれば何話にもわたっている内容もあり、結果としてピントのぼやけた作品でした。そもそも十二支と関係のある話はほとんどなく、あっても飾り程度の関わりでした。

 第一話「ネズミの靴」はこれだけ『小説NON』2018年8月号に掲載されたものです。こぶし野を訪れた咲がうたた寝しているとき、そばにいた年配女性が電話で口にした「ネズミの靴も忘れないで持って来てよ、いい?」という言葉の謎を解き明かす話です。作中でも言及されているように、「九マイルは遠すぎる」の趣向で、飽くまで推理ゲームとしての謎解きでした。

 人間なら靴ははじめから履いているし、動物に靴はいらない、という前提から導き出される【冠婚葬祭のとき堅苦しい靴を嫌がる子どもの靴を持ってきてほしい】という解答は、当たり前すぎてつまらないものでした。ましてや「ネズミ」という言葉にいじめの気配を嗅ぎ取ってはいますが、謎の言葉がネズミである必然性はなく、推理ゲームとしてはすっきりしない解答でした。

 第二話「「虎」の武勇伝」と第三話「卯塚の君」は、町に残る伝説とその再解釈の話です。城館を包囲された殿様が女装して奥方と共に敵方に奇襲を掛け、奥方は討ち死にするも殿様は見事敵を打ち破った――というのが伝説の内容。夏の女装に武器は隠せないのだから、奇襲ではなく【奥方の実家への遁走】が当初の目的だったのでは?という、もっとも謎解きとしての結構が整っている作品でした。

 第五話「未の門」は、親戚の子どもが神社の門にしてしまったという落書きが消えてしまったという話です。「神の灯」系の真相ですが、謎自体がささやかなので解明のカタルシスもありません。

 第六話「亥の子餅遁走曲」は、親戚の和菓子屋が突然「在庫の数を数え間違えていた」と言い出した理由を巡る話で、この話だけほかのエピソードとの繋がりが乏しく、どうやら矢上教授登場のためのエピソードのようです。真相は、謎でも何でもないというか、そりゃあ材料に難があることが急遽わかったら普通にこういう対応するでしょうとしか言いようがありません。

 第四話、第七話、第八話は東京で起こった殺人事件が扱われています。当初は被害者が遠い親戚というくらいの繋がりしかありませんでしたが、第一話の年配女性や第二話の少女や第五話の子どもに声をかけたお兄さんなど、以前のエピソードが少しずつ絡んでいて、最終的に市町村合併を巡る陰謀という「こぶし野という町」に関わる話にはなるものの、よそごと感は否めません。

 「ネズミの靴も忘れないで持って来てよ」御牧咲は、大学レポートの題材に、十二支にちなむ十一の神社に守られた、こぶし野の街を選んだ。夏休みも終わろうとしているその日、駅に降り立つや“ネズミ”に纏わる不思議な言葉を耳にした咲は、続けて干支がらみの事件に遭遇する。その都度、恩師の矢上教授と推理する意外な真相は? 日常の謎を満載の本格ミステリ登場!(カバーあらすじ)

 [amazon で見る]
 矢上教授の夏休み 


防犯カメラ