『刑事コロンボ 13の事件簿――黒衣のリハーサル』ウィリアム・リンク/町田暁雄訳(論創社 論創海外ミステリ108)★★★☆☆

刑事コロンボ 13の事件簿――黒衣のリハーサル』ウィリアム・リンク/町田暁雄訳(論創社 論創海外ミステリ108)

 『The Columbo Collection』William Link,2010年。

 刑事コロンボの脚本家であるウィリアム・リンクによるコロンボものの短篇集。限定版付属の小冊子「まちがえたコロンボ」も収録。
 

「第1話 緋色の判決」(The Criminal Criminal Attorney)★★★☆☆
 ――祝杯を挙げるべきだろう。バックマン弁護士と依頼人のケニー・サントロは報道陣を振り払って事務所に戻った。「約束してくれ。二度とこんな真似はしないとな」「またやっちまったら頼むよ」バックマンは引き出しを開け、ナイフを見下ろした。ケニー・サントロの弁護をすることは二度とあるまい。……バックマンが妻との食事から自宅に戻ると、小柄な男が佇んでいた。「コロンボ警部です。ニュースはもうご存じかと思うんですが、サントロ氏が殺害されました。あなたのオフィスです」「まさか、そんな……」「犯人に心当たりは?」「レイプ犯だと思われている人間を無罪にしたんです。歪んだ方法で評決を覆そうとする連中がいても不思議じゃない」

 手がかり自体はかなりオーソドックスなものですが、身なりに気を遣わないコロンボと一流品で揃えている犯人という対比が最後の一言で効果的に活きていました。訳者による解説を読むと、実は映像的な手がかりであることがわかり、これはぜひ映像で見たかったものです。裁判で無罪にした被告をなぜ弁護した弁護士自身が殺したのか――という謎の答えが、犯人自身が言う通りの歪んだ正義であるところが皮肉です。
 

「第2話 失われた命」(Grief)★★★★☆
 ――コロンボビバリーヒルズの大邸宅に到着した。出迎えたのは七十過ぎの女性だった。「えー、トムリンスンさん。昨夜のお兄さんのひき逃げ事件について、故意のものだと担当者に話されたそうですね。お兄さんには敵がいましたか?」「まさか! ジョージは立派な内科医でした」……事態は予想外の好転をみせた。前部に血痕のある盗難車が発見されたのだ。同じビバリーヒルズのエルム通りに住むヤンガー氏から、その朝早く盗難の通報がされていた。ヤンガー氏はメアリー・トムリンスンより一つ二つ年上のようだった。旧式の補聴器をつけている。

 非倒叙ではあるものの、実は冒頭から犯人が登場しているというパターンに沿った作品でした。かけがえのないものが奪われるのは、誰にとっても許せないものです。登場人物が老人ばかりだからこその、【車の所有者が車を運転するという】読者の思い込みを突いた真実でした。それにしても、自分にとって大事なもの以外は価値がない――とでもいうようなこの犯人像は鮮烈でした。
 

「第3話 ラモント大尉の撤退」(A Dish Best Served Cold)★★☆☆☆
 ――その日は大尉の誕生日だった。マニー・パスは大尉の好きなウイスキーを一本買った。睡眠薬が効いたのを確認して、手袋をはめてラモント愛用のコルトを手に取り、大尉の手に握らせて、頭上で飛行機の轟音が響いたとき引き金を引いた。……初めはよくある自殺だと思われた。イラク戦争の帰還兵が命を絶つ。おそらくはPTSDの哀れな犠牲者だろう。だが故人の姪のトレーシーに話を聞いて、コロンボに別の考えがくすぶりはじめた。「実は、誰かに命を狙われてる気がするって、おじは一度、言ったことがあるんです」

 読者にこそ動機は伏せられていますが、明らかな動機が犯人にあるのでは遅かれ早かれ捕まっていたような気がします。第一話の【スーツ】の場合は仕方のないことかもしれませんが、この第三話ではなぜ【手袋】を始末しておかなかったのか理解に苦しみます。指紋という証拠がないことをアピールしておいて、でも実は指紋以外にも証拠が残っている――という演出にすればあるいは意外性は高まっていたのではないでしょうか。コロンボがトレーシーに再現させることで真相に気づく場面がありますが、あまり意味があるとも思えず、全体的にちょっとちぐはぐな印象が残りました。
 

「第4話 運命の銃弾」(Ricochet)★★★☆☆
 ――ロサンゼルスの遊園地。男はアトラクションに向かうハマーシールドを追っていた。今や距離は数フィート。すぐ前に背中が見える。サイレンサー付きの三八口径が乾いた音を立てた。……飛行機恐怖症のコロンボはしぶしぶニューヨークへ向かった。二十年前、ハマーシールドは大統領暗殺を企て、跳ね返った弾丸がテイラー・アッシュの婚約者の命を奪った。パイロットとして働いていたアッシュであれば飛行機でニューヨーク-ロス間を往復できる。だが現在の婚約者がアッシュのアリバイを主張していた。

 移動手段だったり婚約者や浮気相手への揺さぶりだったりと、いくつかの角度からコロンボはアリバイを崩そうと試みますがうまく果たせず、アリバイ崩しとは別のところに解決の手がかりがあったというのが面白い作品でした。銃撃事件における古典的な物的証拠に、こういう形で意外性を持たせる構成が光ります。
 

「第5話 父性の刃」(Scout's Honor)★★★★☆
 ――アーサー・マルヴァンは『息子のニールが真剣交際している相手のことを知りたいのだ』と言ってナンシー・クックを呼び出した。マルヴァンは手袋をはめた手でナイフを突き刺し、死体をそのままにしてナイフを落葉で隠した。ニールはこの瞬間にもアリバイを作り続けていることだろう。……死体はボーイスカウトの少年によって発見された。被害者のアドレス帳からニールの存在が浮かび上がり、コロンボ警部の訪問を受けた。ニールは恋人を殺されたショックからだけでなく、どこか不安そうに見えた。

 守るべき相手のアリバイが当人の行動のせいで無に帰してしまうという、皮肉で意外な展開はスリルに富んでいます。しかもあまりにも愚かでお粗末な行動です。ただしその行動が父親の束縛からの脱却の一部でもあるところに、父親の計算違いがあったのでしょう。コロンボの罠だと見破りながらも罠に飛び込まざるを得ない父親の、深いけれど間違っていた愛情が印象的です。関係者の一人による、「もしあの人がスキンヘッドなら、頭のてっぺんは父親の指紋だらけでしょうね」というアーサーとニールの関係を表す評が秀逸です。解説によれば『刑事コロンボ』第23話「愛情の計算」(未見)を念頭に書かれたものと推測されていますが、となると『福家警部補の追及』所収の「未完の頂上」あたりも同じ作品へのオマージュだった可能性があります。
 

「第6話 最期の一撃」(Sucker Punch)★★★☆☆
 ――この小道を走るのがウォッシュバーンの習慣だった。砂利を踏む足音。どうやら一人ではないらしい。まさかスパーリングパートナーのヘンダーソンがランニングにまで同行しているとは。男は素早く飛び出した。ウォッシュバーンの頭を弾丸が貫き、ヘンダーソンの胸部に命中した。……コロンボはロサンゼルスからサンタクララまでやって来ていた。「ウォッシュバーンに負けたあと、グラッソは“奴を殺す”と言っていたんでね」。コロンボの訪問を受けたグラッソは答えた。「それはリングの上でって意味だ、警部さん」「一昨日の火曜日の朝はどちらに?」「女房と一緒にいたよ」

 コロンボが当初から当たりをつけていたとすると、第二の殺人は真相解明には何ら寄与しておらず、殺し損の殺され損のような気もします。冗談みたいなダイイング・メッセージのジャブがあるからこそ、証拠を突きつけられたときの衝撃が大きいとも言えますが。証拠の品が容疑者を指し示していない――という状況下、殺人や訊問などプレッシャーのかかる場面で無意識に顔を出してしまう癖というのは上手いですし、【喫煙の常習性】という特徴をうまく利用している証拠だと思います。
 

「第7話 黒衣のリハーサル」(Blackest Mail)★★★★☆
 ――月初めの月曜日、キャシーは男に電話をかけ、今日はどうしても外出できないので金を取りに来てほしいと告げた。午後八時前、キャシーは自宅のガレージにいた。ゴム製の手袋をはめた手にはシャッターのリモコンが握られており、車のボンネットの上には四五口径オートマチックがあった。キャシーは引き金を引き、男は床に崩折れた。男のポケットにナイフを入れ、パンティを男の車に放り投げ、十五分かけて男の家まで走って自分の宣伝用写真を貼り、男をストーカーに見せかけた。……「いくつか伺わせていただきます」コロンボは言った。「まず、あの男をご存じですか?」「はい、この何週間か私にストーカー行為をしていたんです」

 逸れた弾丸の行方が決定打ではないところに手慣れた書きぶりが窺えます。犯人が現場に残して来たのではなく、その逆だという証拠の残され方も意外性がありました。弾丸、写真など、じわじわと追い詰められてゆくのもサスペンスがあり、もう一人の脅迫者まで出てくると犯人に同情したくさえなってきます。どんなに練られた計画も所詮は机上のものであり、予想もしない第三者にならともかく、被害者のガールフレンドという想像できて当然の存在によってあっさりと犯人の目論見が崩れてしまうのは、犯行にのみ集中する視野の狭さなのでしょう。
 

「第8話 禁断の賭け」(The Gun That Wasn't)★★★☆☆
 ――被害者のチャーリー・ビヴァンズはロス市警の刑事であり、第一発見者のメイス・キンケイドも同じくコロンボの同僚だった。「一緒に夕食でも、と思って玄関に向かう途中で銃声が聞こえました。頭部に銃痕が二つ――」「現場には誰もいなかったんだね」「裏手の路地からぐるっと回って調べたんですが、誰もいませんでした」……「感触はどうだ? 君はいつも早くから何かを感じているだろう?」本部長が尋ねた。「実はキンケイドが昇進すると目されていたポジションをビヴァンズも狙っていたという噂がありまして」「おいおい、この建物はそんな人間ばかりだよ」

 コロンボの捜査法をよく知る警察官が犯人ということで、煙に巻くコロンボを挑発する犯人像がユニークです。とは言えコロンボの裏を掻いたりコロンボを逆に罠に嵌めたりするところまでは行かず、台詞で挑発するのみなのがもったいない。凶器の隠し方に工夫が見られます。
 

「第9話 暗殺者のレクイエム」(Requiem for a Hitman)★★★★☆
 ――アリソン・コープランドはレストランでその男に会うことにした。ありふれた風貌の男。「やるのはいつがいい?」「明日の夜に」「時刻は?」「八時。主人は書斎で本を読んでいるはずよ」「書斎の位置は?」「主人を殺す理由は訊かないの?」男は肩をすくめた。……ヴィクター・コープランド判事は書斎で本を読んでいた。殺し屋が書斎に入った。判事が驚きを浮かべる間もなく、銃弾は本を貫通し心臓を砕いた。アリソンは背中に銃を隠し持ち、殺し屋を撃った。……「二階の寝室でお休み中に銃声を聞かれたとか」「はい。目が覚めて階段を下りていくと、あの男と夫が倒れていました」

 コロンボがかつて「オフィスに彼女の上司を訪ねてきた」と書かれているのに、アリソンの職場が不明のままなのを訝しがりながら読み進めていたので、職場が読者に隠されていた事情が明らかになったときには目から鱗でした。犯行について脅迫を受けるという「黒衣のリハーサル」と同様の展開を、違うパターンで処理していることになっているのも見事です。相手が勘の鋭いコロンボではなかったなら、あるいは犯人の方が先んじていたかもしれません。
 

「第10話 眠りの中の囁き」(Trance)★★☆☆☆
 ――毎年恒例の警察によるチャリティイベントが土曜の晩に開催された。天才的催眠術師のマーク・ウィットフィールドの登場だ。ソーヤー巡査部長とマクミラン巡査部長が舞台に上げられた。自転車をスポーツカーだと思い込んでスピード違反で逮捕されるという寸劇に、客席は爆笑に包まれた。姪をチャリティイベントから送り届けて自宅に戻るころ、コロンボの警察無線が呼びかけてきた。「殺人事件です」被害者はアイリーン・ウィットフィールド、催眠術師の別居している妻だった。第一発見者はマクミラン巡査部長だが、催眠術にかけられたようになぜ自分がその家に来たのか記憶がなかった。

 人を操れるような催眠術が存在するという前提の作品でした。とは言え催眠術が使われたという証拠をつかむのは至難の業だからでしょうか、結局のところはありきたりな物的証拠がカギになります。人を操れる催眠術であっても殺人までは命令できないという制約から、殺人の実行は自分でやる必要があるゆえに残された物的証拠でした。遠隔操作ができるのに自分でやらなくてはならない、というところが落とし穴であり手がかりではあるのですが、どうせなら催眠術ならではの証拠であってほしかったです。
 

「第11話 歪んだ調性《キー》」(Murder Allegro)★★★★☆
 ――和風ホテルに宿泊中のヴァイオリニストであるエレイン・モリサキが絞殺された。ルームキーを持っていたのは同じくヴァイオリニストの夫アーサー・モリサキだけだったが、死亡推定時刻にはアーサーはインタビューを受けていたという。だが証言したインタビュアーはアーサーと恋愛関係にあった。エレインが亡くなったためコンサートは中止になるかと思われたが、アーサーの弟ニールが代役を務めることができた。

 靴の預かり証をなくしてしまうというコロンボらしいドジが真相に気づくきっかけになっていたり、そもそも靴を預けるのも和風ホテルだからであったりと、コロンボのキャラや作品の舞台を活かした仕掛けは見事だと思います。訳者あとがきによると瑕の多い作品とのことですが、ミステリとしてのツボは押さえられていたと思いました。
 

「第12話 写真の告発」(Photo Finish)★★☆☆☆
 ――違反切符には写真が添えられている。道路脇の監視カメラは、夫のほかに助手席におさまった赤毛の女性を捉えていた。その瞬間、アイリス・ブラックマーは夫の殺害を決意した。決行は夫の誕生日がいい。誕生日のサプライズだと言って夫を車に乗せてビーチハウスに向かった。用意していた夫の銃を取り、狙いをつける。「おい! その銃を下ろせ……」夫の叫びは携帯電話から掛けた自宅の留守番電話に残されているはずだ。すべて終わるとアイリスは銃を雑誌に挟んで砂の下に埋めた。

 犯人の仕掛けるトリックがあまりに幼稚すぎて、かえって何がしたいのか予想がつきませんでした。事件発覚前ならともかく事件発覚後に、隠しておいた銃を愛人の机の抽斗に入れて罪を着せようとするのは、危険すぎるわりには効果も薄いとしか思えません。始まりと終わりを同じ“告発”で揃えている構成に上手さを感じます。
 

「第13話 まちがえたコロンボ(Columbo's Mistake)★★★★☆
 ――出所してからほぼ二年。マイク・マルドはコロンボ行きつけの食堂で対面した。「コロンボ、あんたは大きなミスを犯したんだ。俺が殺したことになっている男――レイ・マグリーヴィはまだ生きている。俺は犯してもいない殺人の罪で十年もぶち込まれていたんだ」「マグリーヴィはどうして名乗り出なかったんです?」「頭を殴られて記憶喪失になっていたんだ」「その頭を殴ったのはあんたじゃないですか」

 原書ハードカバーの限定版に付けられた特典掌篇。コロンボによる冤罪、犯人による復讐、というだけでも面白いのに、犯行がコロンボに見抜かれることを見越して一事不再理による二重の復讐を仕掛けてくるという、ミステリ的にも本書一番の出来でした。

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