『S-Fマガジン』2006年04月号(600号)創刊600号記念特大号 ★★★★★

 創刊600号記念!とはいっても特にイベントがあるわけではありません。短篇・中篇がてんこもり。量だけじゃなく質も高い。

「My Favorite SF」(第4回)小川一水

 小川氏のお気に入りは小松左京日本沈没』。氏の文章を読み終えたとき、「小松左京的な愛国心が好きだ」という冒頭の言葉に深く頷いている自分に気がつきました。

「オールタイム・ベストSF発表!」

国内短篇部門
1.「おーい でてこーい」星新一
2.「象られた力」飛浩隆
3.「ゴルディアスの結び目」小松左京
4.「太陽風交点」堀晃
5.「夢の棲む街」山尾悠子
6.「おもいでエマノン梶尾真治
7.「言葉使い師」神林長平
8.「太陽の簒奪者」野尻抱介
9.「美亜へ贈る真珠」梶尾真治
10.「山の上の交響楽」中井紀夫

国内長篇部門
1.『百億の昼と千億の夜光瀬龍
2.『果しなき流れの果に』小松左京
3.『妖星伝』半村良
4.『マイナス・ゼロ』広瀬正
5.『宝石泥棒』山田正紀
6.『神狩り』山田正紀
7.『復活の日小松左京
8.『産霊山秘録』半村良
9.『戦闘妖精・雪風〈改〉神林長平
10.『日本沈没小松左京

海外短篇部門
1.「しあわせの理由」イーガン
2.「あなたの人生の物語」チャン
3.「フェッセンデンの宇宙」ハミルトン
4.「アルジャーノンに花束を」キイス
5.「たったひとつの冴えたやりかたティプトリー・ジュニア
6.「冷たい方程式」ゴドウィン
7.「接続された女ティプトリー・ジュニア
8.「たんぽぽ娘」ヤング
9.「シェイヨルという名の星」スミス
10.「太陽系最後の日」クラーク

海外長篇部門
1.『ソラリス』レム
2.『幼年期の終わり』クラーク
3.『夏への扉ハインライン
4.『火星年代記ブラッドベリ
5.『虎よ、虎よ!』ベスター
6.『地球の長い午後』オールディス
7.『万物理論』イーガン
8.《ハイペリオン》四部作シモンズ
9.『ハイペリオン』シモンズ
10.《ハイペリオン》二部作

 『ミステリマガジン』なんかと比べると盛り上がりませんね。アンケート回答もコメントなしのタイトルだけだし、結果やランクイン作品について評論家の解説があるわけでもなし。『SFが読みたい!』てなムックも出ているわけだから、SFファンがベスト選びに興味がないわけでもないと思うんだけど。まぁ年間ベストならともかく、とっくに評価の定まったものが上位に来たところで、入門者以外には何のたしにもならないという気は確かにしますが。国内ものをほとんど読んでいない身からすると、ランクイン作品のあらすじ紹介ぐらいはほしかったとも思いますが、でもamazonなんかで検索すれば粗筋なんてすぐ読めるわけだし。

 しかし『ハイペリオン』が三種ランクインってのは集計方法とかアンケート方法に問題があるような気がします。いいかげん? やっぱベストにはあんまり興味がないってことなんでしょうか。

「ジャムになった男 戦闘妖精・雪風 第三部」神林長平★★★☆☆

 ――わたしが旅先から帰ってきて真っ先にやるのは、郵便物の仕分けだ。敵か味方か。作業を終えてわたしは最優先で開封すべき手紙を手に持っている。「紳士淑女諸君、こちらジャム、ごきげんいかが? 拝啓マダム、リン・ジャクスン。あなたを地球人の代表としてお伝えする。私はFAF大佐ロンバート。私はジャムと結託して人類に宣戦布告する。」

 600号記念ということなのでしょう、シリーズものの新作あるいは番外作が多く掲載されています。本編も《戦闘妖精・雪風》ものの7年ぶりの新作、ということです。シリーズは未読。このシリーズの評をネット上で探してみると、メカの書き込みがすごいとか。でも本編にはそういう描写はありません。てか半分近くが手紙ですからね。というか手紙で人類に宣戦布告するってセンスがただものではない。でもリアルに考えるとそうなるのだろうな……デスラー総統みたいにいきなりスクリーンにびょびょびょーんと登場するわけにはいかないものね。

 印象に残ったのは手紙の中のこんな文面。「ある植物は特定の昆虫のみに受粉を依存している。どうしてそうなったのだろう? その植物とその昆虫はこの世に同時にセットで発生したとしか考えられないではないか? あるいは、枯葉や花や細い枝そっくりに擬態する昆虫は、どうしてそんな形になったのだろう」「簡単なことだ。蘭の花そっくりなハナカマキリは、蘭の花の形状を決定する遺伝子を持っているから、そういう形になるのだ。すなわち蘭とハナカマキリのDNAには共通する部分があるに違いない」

「変転 星界の紋章森岡浩之★★★★☆

 ――リンダ・ナルンは惑星エルメンで生まれた。リンダはアーヴではない。アーヴをアーヴたらしめるもの、空感覚器官を持ってはいなかった。つまりは、宇宙船を操舵することも叶わぬ夢だった。リンダは優秀な兵士だった。帝国国民から士族へと出世を繰り返し、名前もアーヴ風にフルーシュと変えた。だがある日、リンダは叛逆の意思を固めた。

 こちらもシリーズ新作、というか番外編。シリーズ中の「ジムリュアの乱」を描いたエピソードだそうです。これもシリーズ未読なのでよくわかりません。泥臭くないスペース・オペラ

「天つ風 博物館惑星・余話」菅浩江★★★☆☆

 ――「マウリツォは、いったい何をしに来ているのかしらね」ネネがつぶやいた。博物館惑星《アフロディーテ》五十周年企画の一環として、孝弘の妻美和子は、マウリツォに製作を頼みたいらしい。彼は色とりどりの糸や端布を駆使してオブジェを作る。蚕の繭を直立させたような形で、多用な編み方を駆使された芸術品だった。だが彼は到着するやいなや工房に閉じこもって話もできないのだ。

 『博物館惑星』のシリーズは、結末があまりにうまく出来すぎてるかな、と思うのですが、そんなのは贅沢な文句かお門違いの感想なのでしょう。この世には存在しない空想の芸術を想像して楽しむべし。

「カメリ、テレビに出る」北野勇作★★★★★

 ――いつもと変わらない朝だった。模造亀《レプリカメ》のカメリがカフェに出勤してきた。石頭のマスターとヌートリアンのアンに挨拶する。いつも出勤前のヒトデナシたちがやってきて、連続テレビドラマを見ながら泥コーヒーと泥饅頭を食べ、仕事場へと出発してゆく。ところがその日、テレビには「しばらくおまちください」という文字が出ていた。

 唯一無二、とはこういう人のことをいうのでしょう。日本はもちろん海外にもこんな作風の人はほかに絶対にいないと思う。ユーモアとペーソス、とか、キャラ立ち、とか一言で言うのは簡単だけれど、でも一言で言えないそれ以上の何かを持ってるわけです。それが何か?って言われると困るんですが。宮崎駿みたいな(あるいは手塚治虫みたいな)〈懐かしい未来〉でしょうか。〈動物〉が出てくるんだけれど〈ヒューマニズム〉とか。立ってるくせに主張しないキャラ? これは神業ですよねぇ。駄洒落を読んでも気恥ずかしくならないセンスも神業だと思います。

「大風呂敷と蜘蛛の糸野尻抱介★★★☆☆

 ――きっかけは『めざすぞ宇宙!』という張り紙に目を留めたときだった。だが詳細を読んで、沙絵はやや幻滅した。小型ロケットをつかったアイデア・コンテスト。到達高度は十キロ。旅客機の巡航高度であり、宇宙というには一桁足りない。そう思いながらも、沙絵の思考はゆっくりと地面を離れた。ロケットが非力なら、下駄を履かせてやればいい。飛行機なら二十キロまであがれる。そこからロケットを飛ばせば高度三十キロに達するだろう。それでも宇宙には足りない。もっと高い下駄はないだろうか……。

 爽やかな青春小説、でありつつ、微妙に人間に対する視線が冷たい。「カメリ」のあとだからそう感じてしまうのか。ロケットをより高く飛ばすにはどうするか。ロケットを飛ばす地点に人間が行くためにはどうするか。人類の原初からの夢をめざす姿には本当に楽しかった。一方で、夢すらも経済やメディア、人間関係に左右される現実が悲しい。そして著者は、そういう現実に対して怒りでも諦めでもなく、無視を決め込んだ。そういうものだから、って感じ。わくわくどきどき以上にストレスも残る作品だった。

「クローゼット 廃園の天使」飛浩隆★★★★☆

 ――カイルの死体は椅子の上で発見された。似姿の転送中に死んだのだ。司法解剖の結果判明したのは、「死」に匹敵する苦痛と衝撃が、常識では考えられない密度で一気に転送されたことだった。この衝撃に耐えられる人間はいない。自殺なのか事故なのか、さもなくば他殺。ガウリは真相を探るべく、カイルの似姿を体験することにした……。

 「「ここに生きているこの私」がそのまま仮想空間に移り住むことはできなくても、間に合わせの身代わり――情報的似姿を、限定的な計算世界に派遣することならできる。」という設定による作品。これもシリーズもの《廃墟の天使》の新作 or 番外編です。これはもうこういう世界を構築した作者の勝利でしょう。バーチャル世界を描いた作品は数あるし(例えば本誌掲載「グラス・フラワー」マーティンもそうでしょう)、仮想現実を操る黒幕みたいな存在も『マトリックス』以下山ほどあるわけですが、精緻な設定と圧倒的な筆力はただ者ではありません。本編がSFであると同時に一級の恐怖譚となっている事実も、著者の筆力を証明しているといえるでしょう。

「SF小僧の逆襲」とり・みき(600号記念大々SF漫画)

 とり・みきキャラ(けっこう)大集合。500号も読みたくなる!? 

「私家版20世紀文化選録」88 伊藤卓

 『悪徳なんかこわくない』ハインライン、『君に愛の月影を』(映画)、「クリスマス」山岸涼子

「SFまで100000光年」(32・花模様の花園) 水玉螢之丞

 前回に引き続き、螢之丞フォント〜レイアウトツールの話。アルファベットマカロニの話に広がります。

「門」加藤直之《SF Magazine Gallary 第4回》

 「門」というタイトルとともにまず目に飛び込んでくるのは、門柱のような縦長の機械。ページをめくると、機械の山と、そこから飛び出た赤いラッパ型の物体。てっぺんには人が乗っている。そして門柱(?)を守るようにうずくまる巨大なロボット。ここにいたって、門を建築中だったというイメージは去り、崩れた廃墟にたたずむ柱――失われた都市が浮かび上がってくる。

「大河ファンタジイ永遠の戦士エルリック全7巻ついに刊行」

 絶版だったエルリック・サーガが完全版で刊行されるようです。

「MEDIA SHOW CASE」矢吹武・小林治・添野知生・福井健太・宮昌太郎・米田裕

 ブラッドベリ「いかづちの音」を社会派監督ハイアムズが映画化『サウンド・オブ・サンダー』。つっこみどころ満載だが、アトラクション・ムービーとして見ればイイ線いってるとのこと。社会派的なところやSF的なところには目をつぶれってことスかね。ダメじゃん。

 マシスン『地球最後の男』の映画化が進んでいるとのこと。詳細はまだ不明らしいけど楽しみです。DVDではルビッチ『天国は待ってくれる』あたりかな。

 「GPSでわかる高さは標高ではない?」のような科学コラムが嬉しい。

「SF BOOK SCOPE」石堂藍千街晶之長山靖生・他

 筒井康隆『銀齢の果て』は、少子化対策のため七十歳以上の国民に殺し合いをさせるというブラックなスラップスティック

 ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』はいうまでもない必読書。もしもビートルズがデビュー直後に解散していたら、を描いた『ビートルズ・ファンタジー』は、コアなシャーロキアンみたいなビートルマニアが読む本かなと思って敬遠していたのだけれど、「音楽小説としては絶品」とのことなので俄然興味がわいてきた。ロシアSF紹介小冊子『ロシア・ファンタスチカ(SF)の旅』宮風耕治は読んでみたくはあるものの、邦訳がほとんどない現状でこんなものを読んでも飢餓感をあおられるだけの気がするし困り所だ。

 アレン・カーズワイル『レオンと魔法の人形遣い』は、『驚異の発明家の形見函』などの作者によるジュヴナイルということで、発売と同時に買ってはいるのだけれどまだ読んでいない。ジュヴナイルとしては面白いが、あくまで子ども向け止まりというようなことらしい。でも面白いんならいいや。

 稲生平太郎『アムネジア』も買ったはいいけど未読。辻褄の合う解釈も用意されてはいるらしいが、手がかりは意図的に排除されている、だなんて聞くと、これはもう読む前から問題作である。

「小角の城」(第3回)夢枕獏

 連載ものなので連載終了してからまとめて読むつもり。

「罪火大戦ジャン・ゴーレ」(第15回)田中啓文

 連載もの。

「熊野忍び衆」(霊峰の門 第五話)谷甲州

 連載もの。

第1回日本SF評論賞(贈賞式レポート・最終選考採録・受賞評論)「『鳥姫伝』評論 断絶に架かる一本の橋」横道仁志 ★★★★★

 石堂藍氏か誰だったか、笠井潔氏の評論を「ヨタを飛ばすのは評論家の本領」とかいうようなことを言っていた記憶があります。これは何も貶しているわけではなくて、つまりは発想の飛躍、普通の人が思いつかないような視点から作品を読み解くことこそが評論家の仕事である、というくらいの意味なのでしょう。その意味では、第1回日本SF評論賞受賞作は、まぎれもなく評論そのものです。そして福田和也氏が、本がなくても評論は書けるし書けなきゃいけない、みたいなことを言っていましたが、そういう意味でも受賞作はまぎれもない評論でしょう。とにかく、読んで圧倒的に楽しい評論というのはなかなかあるものじゃありません。最終選考の様子にもかなりページを割いていて、読みごたえがありました。選考委員は巽孝之石川喬司山田正紀ひかわ玲子SFマガジン塩澤編集長。

「センス・オブ・リアリティ」金子隆一香山リカ

 イスラエルでは、死刑囚を使った首の移植実験がすでに行われているらしい、というだけでも「ほへぇ〜」と思ってしまうのに、脳の移植に「将来新たな展望が開ける可能性が浮上してきた」などと聞いては絶句するしかありません。いや〜SFだなぁ。

 そうか「ウィンドウズ」って、「同じモニター上にいくつものウィンドウが開き、並列的に作業を進めることができる」画期的なものだったんですね。当たり前だと思っていたことの本来の意味を指摘されると、改めて技術ってすごいなぁと思います。

「どうしてNANO?」安藤繁《リーダーズ・ストーリイ》

 この長さではどうしてもショート・ショート的なものになってしまうのはやむを得ない。けどオチがない作品でもいいと思うゾ。

「近代日本奇想小説史」(第46回 大町桂月の奇想小説など)横田順彌

 いやはや大町桂月のファンになってしまいますな(笑)。青空文庫に二作品登録があった。もっと登録してほしい。『吾輩は猫である』も読み返したくなる。少なくとも第七回は読んでみたい。『吾輩』にはこうした遊びがほかにもたくさんありそうだから、学術的ではない遊び心的な註釈が膨大に入った詳注版『吾輩』なんか出版されてくれないかな。

「MAGAZINE REVIEW」〈インターゾーン〉誌《2005.9/10〜2005.11/12》川口晃太郎

 201号掲載のジョン・W・キャンベル新人賞受賞作「ワックス」エリザベス・ベアが面白そう。「通常世界に魔術的要素を外挿したらどういうことが起こりうるのか」。受賞作だからSFマガジンに訳載される可能性もあるかな。期待。

「日本SF全集[第三期]第十五巻 野阿梓」19 日下三蔵

 子どもの頃、ジュール・ヴェルヌレイ・ブラッドベリに夢中になった。そして初めて手に取った日本の〈SF〉が筒井康隆のショート・ショートだった。それは今までに知っていた〈SF〉ではなかった。宇宙もロボットもタイムトラベルもない。冒険もファンタジーもない。今でも思う。それはSFではない。筒井康隆にはその後SFとは別の入口から入って再会することになるのだが、日本の〈SF〉とはそれきり縁が切れてしまった。初めて手に取ったのが小松左京ならどうなっていただろう。あるいは野阿梓なら。あるいは神林長平なら。この連載を読むと、そんな昔に思いをはせる。

「SF挿絵画家の系譜」(新連載 小松崎茂大橋博之

 小松崎茂というのはもはや伝説的な名前であって、わたしのように実際に小松崎茂挿画の物語を読んだことのない世代にとっても、特別な響きを持つ存在である。次回はどんな画家が紹介されるのか楽しみである。

「サはサイエンスのサ」135 鹿野司

 前回の続き、となるわけですが、実用的にはこれ以上の進歩はなくともよいのですね。でも寂しい。行き止まりが目前に迫っているなんて。

「ひいらぎ飾ろう@クリスマス」コニー・ウィリス大森望(deck.halls@boughs/holly, 2001)★★★★★

 ――「ミセス・シールズって人のネットチェックをお願い」「これからデートなの。あとでいい?」インゲからの調査報告は後回しにして、クリスマス・デザイナーのリニーはシールズ家に向かった。顧客に代わってクリスマスの飾り付けを行うビジネスは、今が一番忙しいときだ。

 『犬は勘定に入れません』でお馴染みの、コニー・ウィリスお得意のドタバタSFです。とはいっても、SF的なのはクリスマス・プランナーという職業が繁盛している近未来という設定だけですから、ドタバタストーリーです、と言い直すべきでしょうか(ロボットはいますけどね)。

 シェイクスピアの『十二夜』とE・M・フォースターの作品(未読)をそこかしこにまぶした恋愛コメディ。シェイクスピア部分はケタケタ笑ったので、フォースターも読んでいればさらに面白く読めたと思います。というか、シェイクスピアやフォースターに留まらず、欧米の教養(サブカルから歴史まで)をぎっちり詰め込んだ作品なので、読みやすさとは裏腹にけっこう手強いかも。自分にもっと知識があればと思ってしまうのでした。そういえば『犬は勘定に入れません』を読んだころは、ジーヴスも知らなかったんだよなぁと思い出しました。

 パロディってわけではないので元ネタを知らずとも楽しめますが、知っていた方がより楽しめるのは事実でしょう。幸い大森さんはたくさん註釈つけてくれてます。

 知っていればより楽しめる、のは事実ですが、翻せば、知らないものは知りたくなる。ラストシーンを読めばフォースターを読みたくなるぞ、と。

1873年のテレビドラマ」R・A・ラファティ浅倉久志Selenium Ghosts of the Eighteen Seventies, 1978)★★★☆☆

 ――今日では、テレビの発明者はドイツのニプコーで、発明の年は1884年だというのが定説である。しかし、それ以前にある種のテレビ放送に成功した人間が何人か存在したのだ。そのうちの一人がオーレリアン・ベントリー。わたしは彼の映写機と受像機を購入した。再生のたびに奇妙な現象が生まれた。何度も再生をくり返すうちに、一部のドラマの中へ音響が忍び込んでくる。

 十三本のドラマの粗筋が語り手によって紹介されるわけですが、ドラマの中へ忍び込んできた音響もいっしょに紹介されます。それが人間ドラマになっているといいましょうか。訳者解説(ラファティに負けず劣らずしれっと書いておりますが)を参考にするならば、映画ファンなら十三本の粗筋を読んで、「ああ、あの映画か」と元ネタを推論するのも一興でしょう。

「オールモスト・ホーム」テリー・ビッスン中村融(Almost Home, 2003)★★★★☆

 ――トロイは発見したものを早く話したくて仕方なかった。左右に広がる競技場のフェンス。その中央を貫くアーケード。末端に倒れている壊れた公衆トイレ。翼、胴体、尾翼。「バグ、見ろよ。これは飛行機だよ」。次の日も二人は競技場にやってきた。トロイのいとこチュトもいっしょだ。

 これでもかっ!!ていうくらい素直で爽やかでストレートな少年小説。著者のビッスンが、死の床についている親友トゥートのために書いた物語だそうです。物語の力はすごい、と心から思いました。たとえ死んでしまっても、トゥートはこの物語の中でずっと生き続けているのですから。わたしはトゥートに会ったことがないのに、彼女が生きていたことを知っている。そして物語の中のチュトとして、生き続けている。

「グラス・フラワー」ジョージ・R・R・マーティン/酒井昭伸(The Glass Flower, 1986)★★★★☆

 ――その男はクレロノマスと名乗った。クレロノマスは一千年も前に死んだはずだ。伝説のサイボーグ。彼がなぜクレロノマスを名乗って〈魂合わせ〉に参加するのかわからない。不死者には新しい生命などいらないはず。「死がほしいんだよ。命だ」とサイボーグは答えた。

 「心が記憶でできているのではないとしたら、いったいなにでできているのだろう?」 これは考えてみるととても恐ろしい(そして素晴らしい)ことだと思う。魔法使いのファンタジーじみた設定を活かしているSFというのも面白い。バトルもののファンタジーだと思って読んでも楽しめると思います。

プランク・ダイブ」グレッグ・イーガン山岸真(The Plank Dive, 1998)★★★☆☆

 ――97光年の彼方、ブラックホール。細部については内部に入るまでわからない。ジゼラは、プランク・ダイブを行うことにした。メッセンジャーがやってきて告げた。「地球からの二人の訪問者の受信が進行中です」 プランク・ダイブに立ち会うために。

 訳者によれば、イーガンの作品中でも「本篇のハードSFぶりは群を抜く」とのことなので、難しくてもくじけずにほかの作品にチャレンジすべし。

 ここまできて、生と死の問題とか、閉じ込められるとか脱出とかの問題を論じられるのは凄いの一言しかありません。普通の感覚では「生きている」といえるのか、「閉じ込められていない」状況なんてあるのかと思ってしまうのですが。というか、それを突き詰めるためにこういう設定にしたんでしょうけど。

 相対評価じゃなくて絶対評価ならすべて★4つか5つ。ハードSFよりもファンタジー系の方が好きなので、相対評価にすると★3つが増えてしまう。
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