『ミステリーズ!』Vol.16 2006年4月 ★★★★☆

シャーロック・ホームズ変奏曲」06佐久間真一
 ――「ワトスンの苦労はつづく…」ということですが、画題がよくわからない。

「私の一冊〜書きたいという衝動〜」永井するみ
 ――元気になれる『女彫刻家』だそうです。イヤな話だったけどな。

「私がデビューしたころ〜ブルー・デイズ〜」法月綸太郎
 ――なんだかほんとにただの思い出話ですよ……。

夢魔の目覚める夜」篠田真由美★★★☆☆
 ――学生の本橋和志が神代教授のもとに持ってきた二枚の写真には、不気味な馬の首の絵が写っていた。和志の姉、教授のかつての教え子美波は、父親に結婚を反対され家を飛び出していた。その写真は、夫の死後に美波の家で撮られたものだった。送られてきた写真を見て父親はおののいたという。

 どうしてこの著者はこういう手品みたいなトリックを意味もなく使うんだろう。相変わらずクライマックスを描くのが下手だし。馬の首に象徴される幻想的な部分と、耽美(というよりタンビー、耽美小説的なという意味での耽美)な部分が著者の真骨頂でしょう。幻想は好きだけどタンビーには興味ない。でもせっかくの幻想も、画家ジョン・ヘンリー・フューゼリ『夢魔(ナイトメア)』が描いた馬の首をそのまま拝借しただけだし。というわけでミステリ×、幻想×、耽美○。つまり耽美が楽しめないわたしは全滅なのだ……。
 

「暗闇の中の知恵 山内一豊の妻の推理帖 第二話」鯨統一郎★★★☆☆
 ――三人の足軽は待っていた。御屋形様が三人を屋敷に招き、話をしたいというのだ。目の前に小柄な男が現れた。頭を下げる。――と、蝋燭が消えた。明かりをつけると男の腕が切られていた。三人の刀を調べたが、血糊はなかった。

 無理があるトリックでも納得できるものとできないものがあるんだけれど、個人的にはこれは納得できませんでした。無理のあるわりに小粒で。謎は魅力的。謎や真相ではなく、セックスをして謎を解決するというような解決方法におバカっぷりが現れたシリーズです。
 

「錆びないスキレット近藤史恵★★★☆☆
 ――休憩から帰ってくると、厨房から言い争う声が聞こえてきた。「責任を取って下さい!」志村さんが怒っている。助けを求めるようなシェフの足元から現れたのは……黒猫だった。やがて猫のもらい先も見つかったが、そのお客さんから聞かされたのは、どうしてもスキレット鍋が錆びてしまうという話だった。

 日常の謎のむずかしいところは、いかに魅力的で刺激的な謎を作れるかではなくて、いかに日常的な真相が隠されているか、だと思う。そういうところが北村薫はうまい。「赤ずきん」の浮気とか、「朧夜の底」の闇のような心の犯人とか。加納朋子の「白いタンポポ」や「バス・ストップで」も同じ。で、そういう点で本篇の“犯人”の行動は不自然。“非”日常。猫の失踪と錆びないはずの鍋が錆びるという出来事を結びつける真相はミステリ的には面白いんだけれども。
 

「いないいないばあ」芦原すなお《ミミズクとオリーブ》シリーズ★★★★☆
 ――郷里の友人が懐かしいお好み焼きソースを送ってくれた。さっそく焼いているところに悪徳警官の河田がやってきた。輸入家具販売会社会長の後妻がベッドの上で全裸で死んでいた。急性心不全。病死のようだ。ところが河田はすっきりしないらしい。

 子守りの首が落ちるという島荘ばり(?)の謎が登場しましたねえ。この回想場面のあるせいで(?)今回は河田と語り手の軽口合戦が少なかったような気がしてそこが残念。妻が真相に気づくきっかけが、日常の謎っぽくて無理がなくていい。破壊力はないが手堅い。毎度おなじみ美味しそうな食べ物はお好み焼き。お好み焼きはそれほど好きではないので、今回は美味しそうだなぁと思う反面、食べたいなぁとは思いませんでした。でもやっぱり美味しそう。
 

「サニーサイドエッグ」10 荻原浩

「さくら、さくら」柴田よしき《小夏と秋の事件簿・春休み》★★★☆☆
 ――ママが恋をしている。正直、あたしは不愉快だ。秋からメールが来た。相手の男発見! 尾行するぽん。相手は人相のよくない男で、怪しげな行動ばかり取っていた。

 ミステリではなくって、ひきこもりが主人公のちょびっとずつの成長物語。ひきこもりの成長小説って、うまく書けば面白いかも。大人なのに大人じゃない、なんて、今までだったらSFででもなけりゃ書けなかったような設定だもの。でもあくまで青春小説でもあることが必要、だと思う。そこがうまい。柴田よしきは正太郎ものなんかだと猫好きに媚びを売ってるあざとい感じがして好きじゃなかったんだけれど、この一篇を読むかぎりでは、少女小説好きに媚びを売ってるって感じは強くない。媚びを売ってるってのはあまりに偏見の強い表現で、中立的に言うなら特定のファン(だけ)に向けたサービスに力を入れているってところでしょう。
 

「鞄図書館」[六冊目]芳崎せいむ★☆☆☆☆
 ――きっと絵で音楽を表現したかったんだと思う。でも見事なまでに失敗してる。
 

「インド更紗の謎」松尾由美安楽椅子探偵アーチー》シリーズ★★★★★
 ――衛は父さんと野山芙紗の三人で、評判のインド料理店に行くことになった。「おやおや。テーブルクロスが裏返しになってるぞ」客が帰ったあとのテーブルは、煙草の焼けこげのある更紗が裏返しにされていた。いったいなぜ……。

 タイトルだけじゃなく内容まで国名シリーズに敬意を表した“逆さまの謎”(^^)。ミステリファンなら(というかわたしは)、田端がサモサを頼んで更紗をひっくり返したというお父さんのトンデモ推理にきっとわくわくします(しました)。泡坂妻夫の名作「意外な遺骸」も思い出しました。でも真相じゃないんですよね……。トンデモ推理なんです……。人生(物生?)経験豊富な家具により真相は言い当てられるわけですが、経験豊富な家具にもおませな女の子にも真っ直ぐな男の子にも天真爛漫なお父さんにも予想できないその後の展開が好きです。アーチーの元の持ち主の鈴木さんや、お母さんなら予想できただろうか? 一人一人がフォローし合って、でも完全には推し量りきれない人の心。その心がありきたりで単純なだけにまた効果的で。ホームズの失敗って感じで微妙にかわいい。失敗ではないんですけどね。
 

「密着!気特対24時」山本弘《MM9》第三話★★★★☆
 ――「密着! 気象庁特異生物対策部24時/怪獣災害から日本を守れ!」テレビ局の密着取材をOKしたばかりに、うんざりする日々が続いていた。そこにいよいよ怪獣出現。マンドレイクの変異体の植物怪獣だ。

 警察や病院への密着取材ドキュメントと地球防衛軍ものとに対する二重のパロディ。風刺というほど毒は強くなく、コメディというほど諧謔は強くない。だからけっこうちゃんとした地球防衛軍ものっぽくなっていると思う。それもそのはず著者は「と学会」の山本弘会長。ツボを押さえたトンデモ理論と特撮ヒーローSFに対する認識。
 

「愛情のシナリオ」大倉崇裕★★★☆☆
 ――訪れた小木野マリ子に柿沼恵美はこう言った。「今度のオーディション、降りてくれない?」脅迫は本気のようだ。マリ子はマグカップをそっと睡眠薬を入れる。恵美が意識をなくすと、マリ子はカップを洗い、コーヒーを入れ直し、一階駐車場のBMWのエンジンをかけた。

 倒叙形式といい、犯人を追いつめる方法といい、ラストシーンといい、やっぱ明らかに女版『古畑任三郎』を意識してるんだろうなぁ。ドラマならともかく小説で『古畑』やると嘘くささが目立つのだ。このシリーズを面白がれるかどうかは、いかにイメージにぴったりの女優を脳内キャスティングできるかにかかっている。誰がぴったりだろう? 容姿とか年齢って書かれてたかなあ。浅野温子桃井かおり沢口靖子中谷美紀釈由美子。やっぱり刑事役とかやってた人が思い浮かぶ。警部補って階級を考えると年齢的に浅野温子沢口靖子あたりだろうか。桃井かおりがやるのが一番田村正和っぽい(女版『古畑』っぽい)かなぁ。『古畑』にはときどきミステリとしても凄い作品があるんだけれど、やっぱり俳優たちの演技合戦が魅力だろうと思う。というわけで犯人のキャスティングも大事だな。四十代の女優。浅野ゆう子か。浅野温子か。浅野温子の方が演技力はある。演技力のない女優だとラストシーンがしらけるものね。
 

「ミステリーズ・バー15〜悪の巣窟〜」藤岡真
 ――『ミステリーズ!』にふさわしく、ちょっとミステリタッチのお酒にまつわるエッセイです。
 

「不器用な魔術師」太田忠司《奇談蒐集家》第三話★☆☆☆☆〜★★★★☆
 ――シャンソン歌手紫島美智がフランスで出会った男は、魔術師だと名乗った。奇術師ではなく魔術師――。けれどいつも失敗ばかりしていた。

 「奇談蒐集家」というとってつけたような変な人物を登場させなければ、わりといいのに。謎めいたバーテンダーがそっと真相を告げるだけの方が絶対にいい。ありきたりの奇談は蒐集しない人物だなんて、著者自ら奇談のハードルを上げているのもマイナスとしか思えない。シリーズにするためにそういう外枠が必要だったんだろうけれど……。外枠はないものとして読むべし。フランボウみたいな詩人による詩的な犯罪計画。突飛で美しい。物語がではなく、犯行が。
 

「デッドライン 第7回」恩田陸

「COMICAL MYSTERY TOUR」いしいひさいち
 ――『わくらば日記』『向日葵の咲かない夏』『オックスフォード連続殺人』『狼の帝国』『九杯目には早すぎる』
 

「ウェディング・ナイフ」エレン・ヴィエッツ/中村有希訳(Wedding Knife,Elaine Viets)★★★☆☆
 ――花嫁姿のゲイルは気絶してしまった。妊娠してつわりもひどいのにコルセットで締め上げているのだから無理もない。同情を覚えないでもなかったが、わたしはゲイルの仕打ちを許せなかった。黒髪で大柄なわたしに、ピンクのひらひらのドレスを着せたのだ。似合うわけがない。とにかく式が終わって披露宴だ。

 本邦初訳の作家さん。長篇『死ぬまでお買物』が五月に創元推理文庫から刊行予定。アガサ賞はわからないでもないドメスティック&コージーなクライム掌編。アンソニー賞は日本で言うと『このミス』みたいな感じなのかな。『このミス』一位の短篇。う〜む……。そういう期待はしない方がいい。クリスティ・チルドレンにまた新しい新人登場というところ。ギャグみたいな大胆な伏線(?)もアガサ・クリスティらしいともいえる。
 

「うさぎ幻化行 第3回」北森鴻

「成長と失効――志水辰夫『うしろ姿』」笠井潔《人間の消失・小説の変貌》16
 ――「清張的ミステリからミステリ部分をマイナスすれば、残るのは一九世紀的な社会小説、教養小説だろう」とおっしゃってますが、高村薫が書きたいのはまさにその十九世紀的な小説なんだろうなと思うし、笠井氏もそのことはわかっていながらわざとこういう書き方をしている節がある。だからこそ、「二一世紀に一九世紀的な小説が可能であると、どのような根拠で高村が考えたものか、」ということなんでしょうけれど、でも高村薫が十九世紀的な小説を目指してると改めて指摘されると納得もしてしまうわけです。可能か不可能かは別にして。否定的か肯定的かも別にして。そもそも志水辰夫が「この手の作品はこれが最後になります」と書いたりするから問題になるのだ。「この手の作品」とはどんな作品か。笠井氏の大量死説はスケールが大きくて大好きなんだけれど、ことあるごとに「○○という問題は、現代では本格ミステリ形式でしか書き得ない」と主張するのはちょっと違うと思ったりもするわけです。本格ミステリが○○を書くのに有効ではあると思うけれど、他の形式で書き得ないとは思わない。そんなわけで、教養小説、近代小説をフェイクとしてかろうじて書き続けてきたのが社会派ミステリや冒険小説だった、というのも強引な気がする。面白いんだけどね。

「お楽しみTV」第15回 トワイライト・ゾーン
 ――『トワイライト・ゾーン』はいいから、『ミステリー・ゾーン』を再放送してくれ、と何度でも思うわけです。〈異色作家短篇集〉の売れ行きは「地味ながらも順調」だそうです。地味なのか……。値段が高いしな。旧版を持ってる人は買わないかもしれないし。コンプリートしなおしたくなる装丁ではあるんだけども。

「カーだってマルキスト杉江松恋《路地裏の迷宮調査》16
 ――マルキスト、とは言ってもカール・マルクスじゃあございません。チコ、ハーポ、グルーチョ、ゼッポのマルクス兄弟でございます。そして著者はなんとも独創的な思いつきを開陳しております(しゃれでしょうけどね)。

「MYSTERIES BOOK REVIEW」
 ――宮脇孝雄紹介の『七姫幻想』森谷明子若竹七海紹介の『証拠は眠る』オースチン・フリーマン、中村有希紹介の『キリスト・コミッション』オグ・マンディーノ戸川安宣紹介の『オックスフォード連続殺人』ギジェルモ・マルティネス。

 『七姫幻想』bk1amazon]を読んだ知人が「五世紀の人間と江戸時代の人間とがほとんど同じしゃべり方をするのは変だ」と言ったそうだけれど、著者みたいに「好意的に解釈したい」もなにもないようなアホらしい指摘だなぁ……。「我をな見たまいそ」とかしゃべってれば納得するんだろうか……。平安朝の貴族も江戸時代の娘も、どちらも当時の口語をしゃべっているという点では変わりがないわけで、現代のイメージだけで片方をおっとり上品に、片方を鉄火な現代語にするのは何にもならない。当時の口語を現代の口語に移し替えるという作業を純粋に行うのであれば、どの時代の言葉だって似たようなしゃべり方になるはずなのだ。よしんばしゃべり方を変えるのなら時代じゃなくて性格や階層によって変えるべきでしょ。

 オースチン・フリーマンってつまらないよね! 同意同意。よく言った。で、たぶん『証拠は眠る』bk1amazon]もつまらない。科学捜査の過程がスリルとサスペンスに満ちている、と言ってもたかが知れていると思う。古典作品の意外な読み方を教えてくれるのも評論のひとつの仕事だと思うけれど、今回ばかりはちょっと無理があるんじゃないだろうか、と眉に唾つけて読んでみたり。

 『キリスト・コミッション』bk1amazon]は、『ダ・ヴィンチ・コード』ブームとは何の関係もないらしい。ただあらすじが面白そうだったから買ったらしい。「キリスト復活の謎を追いつづけた者の、七日間かぎりの不思議な旅」から、クイーン『十日間の不思議』を連想したのだとか。いや実際おもしろそうなんである。作者の名前を見ると、「『十二番目の天使』の人かあ〜_| ̄|○」と、わたしなんかは引いてしまうのだが、ちょっと幻想的でよさそうなんである。「消去法の捜査はまさしく本格ものの王道」「エルサレムの町を、実際に自分も旅しているかのよう」等々。

 「ボルヘスからチェスタトンという、影響関係を本書から明確に読み取れるのも、嬉しい」アルゼンチンの作家ギジェルモ・マルティネスの『オックスフォード連続殺人』bk1amazon]も、ボルヘスとかチェスタトンとか聞くと読みたくなるのだが、数学とか聞くとげんなりしてくる……。映画化されるとのことなのでそんなにむずかしい話ではないんだろうけど。
 

本格ミステリ鑑賞術 第五章 本格ミステリの四つの場面」福井健太
 ――多くの本格ミステリは「事件」「捜査」「不完全なデータに基づく仮説」「最終的な推理と解決」の四つの場面からなっている、そうなのであるが、引用といい展開といいわかりづらい。要は最後の一行「この柔軟性と可能性は本格ミステリが変容・発展するための強力な武器にほかならない」のである。
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