『S-Fマガジン』2006年09月号(605号)【ダン・シモンズ特集】★★★★☆

 ダン・シモンズ特集です。SFを系統立てて読んできたわけではないので、『夜更けのエントロピーくらいしか知りませんでした。

超弩級作『イリアム』――その壮大なる三世界」
 新作長篇『イリアム』についての簡単な紹介。今月号にはその『イリアム』の前日譚(というか正確には『イリアム』が掲載短篇の続編なのだが)も掲載されているので、いやがおうでも盛り上がる。
 

「アヴの月、九日」ダン・シモンズ酒井昭伸(The Ninth of AV,Dan Simmons,2000)★★★★☆
 ――〈最後のファックス〉の三十日前、サヴィの姿が見えなかった。心配になって住居を訪れたペトラとピンカスが目にしたものは、前ルビコン期の英語で書かれた謎のメモだった。「ヴォイニックス=ヴォイニックMs?」「われわれはくそったれイーロイだ」……。ポスト・ヒューマンが地球の環境を元に戻すまでのあいだ、古典的人類はニュートリノ流のメビウスの輪に置かれることになる。その〈最後のファックス〉が近づいてきていた。

 この短篇では謎は謎のまま終わります。『イリアム』そして続編(完結編?)の『オリュンポス』を読まずにはいられない。是が非でも読みたい。でもハードカバーなんだよ……。しかも『オリュンポス』は2007年刊行予定だよ……。

 これだけ読んでも終末SFとして面白い。終末かどうかはわからないのだけれど、死ぬかもしれない危険があるのにポスト・ヒューマンの言うことに諾々と従う古典的人類というのはなかなかないキャラクターである。パニックになったり必死で生き延びようとしたり悟ったように諦めたりなんてしない。自分のことすら他人事。この感じに似ているのは、『斜陽』? 何百年ものあいだ没落貴族をやっていた人類。

 タイトルの「アヴの月、九日」とは、ユダヤの祝祭日の一つ。神殿が破壊された日にちなんだ断食日だそうです。

 この短篇が収録されたという欧米SFの書き下ろしアンソロジーDestination 3001』を読んでみたい。特にヨーロッパのSFを。でも最新のSFを読めるほどフランス語には自信がないのだ……。
 

作家論「枠を駆逐する作家」香月祥宏
 『ハイペリオン』と比較しつつ、新作長篇『イリアム』を論じています。「大風呂敷を広げる/たたむ」と表現されるシモンズの作風だが、こと『イリアム』に限っては「風呂敷を『織る』ところから始めるようなもの」だそうです。始めに読むなら『ハイペリオン』の方がわかりやすいのかな、という気はします。
 

インタビュウ「ジャンル・フィクションの才人」井上知訳
 『ローカス』誌2002年10月号掲載のインタビューの翻訳。なぜいろいろなジャンルの話を書くのか?についての回答や、『サマー・オブ・ナイト』の続編「A Winter Haunting」についての考え、「A Winter Haunting」を朗読したときの評論家の反応など。考えがしっかりしている人なので作品も読みたくなる。
 

「カナカレデスとK2に登る」ダン・シモンズ/嶋田洋一訳(On K2 with Kanakaredes,Dan Simmons,2001)★★★★☆
 ――われわれ登山隊が国務省から命じられたのは、聴聞者“カマキリモドキ”の異星人と一緒にK2に登ることだった。積雪の下のクレヴァス、吹雪、雪崩、落石……いつしかカナカレデスとのあいだにも絆が生まれ、どうして彼らが地球にやってきたのかを聞き出すことができるようだった……。

 SFというのはこの際おいといて、迫真の登山小説として充分に楽しめます。国務省の命令を受けるのと引き替えに、火星のオリュンポス山に登らせてもらおうという発想がすばらしい。最後の“あの”セリフにいたるまで、まさに山オタクのための山小説です。

 SFとしてはまあコンタクトSFですね。どうして彼らはやって来たのか。なぜ技術や文明を分かち合おうとしないのか。「われわれが海を養い、世界を崇めてきたと言うが(中略)どういうふうに?」「死ぬことによってです」/「あなたがたが聞くことを覚えたときです」「そのためにこの登山についてきたのか?」「そういう結果にならないことを願っています」。こうした会話からは、彼の死が歌をもたらした(というか聞こえるようにした)ことが読みとれるわけですが、なぜそうなったのか?というのを筋道立てて説明しろといわれるとよくわからない。わかってないわたしは歌の聞こえない人間です。

 絶壁で蝶が舞うシーン、絶壁の上から落ちる何キロメートルにもわたる自分たちの影など、視覚的な見どころも満載。特に影のシーンは感動しました。この影を見るためだけにでも、山に登ってみたいという気持(気持だけ(^^;)になるくらいに。
 

ダン・シモンズ邦訳作品解題」北原尚彦・堺三保・東茅子・古山裕樹・渡辺英樹
 もはや当たり前のように角川が軒並み絶版だ……。『夜の子供たち』『エデンの炎』には『サマー・オブ・ナイト』の登場人物が顔を出すみたいなので、これはぜひ復刊してほしい。とも思ったけどamazonで1円とか、わりと古本で入手しやすいようなので古本屋でもさがそう。
 

 ここまででダン・シモンズ特集はおしまいです。
 

「My Favorite SF」(第9回)谷甲州
 小松左京日本沈没』。これはどう考えても宣伝だぞ。とはいえ『日本沈没 第二部』ファンには嬉しい組み合わせでしょう。
 

「優しいリアリスト、川端裕人堺三保
 『川の名前』文庫化記念のかなり力の入った著者紹介。サントリーミステリー大賞優秀作『夏のロケット』は名前は知ってましたが、賞の名前で敬遠したというのは事実。だからこの特集で見るまで著者の名前はまったく知らなかった。『夏のロケット』や『川の名前』など、すぐれた青春小説の書き手のようです。「この衝撃は、SFでしか持ち得ない」と書かれた『せちやん』、「アーサー・ランサムの作品やマーク・トゥエインの『トム・ソーヤーの冒険』といった、伝統的な少年小説を思わせる」『川の名前』あたりを読んでみたい。
 

「「『画ニメ』ってなに?」
 『ミステリマガジン』でも紹介されてました。朗読会の一歩進んだ形態という感じでしょうか?
 

「SFまで100000光年 37 SFでしょでしょ?」 水玉螢之丞
 ゲームの世界って昔っからなにげにSF全盛なんだよね、そういえば。『ドラゴンボール』も。
 

「時間城」ミルヨウコ《SF Magazine Gallary 第9回》
 世界が終わっても時は刻まれ続ける。短文とイラストによる世界の終末。「時を見守る存在が……」猫?――その心は? 猫の瞳は時計そのもの? 時間城というタイトルにふさわしく、砂時計の中の城が砂の代わりに落ちてゆく。日月時計という名の巻き貝、次元という名の立体時計、地平を支える柱時計というイメージが襲いかかる。
 

「『カズムシティ』の歩き方」

「《エレニア記》新装版刊行開始! イオシア大陸を駆ける聖騎士団」 
 

「MEDIA SHOW CASE」渡辺麻紀鷲巣義明・添野知生・福井健太・丸屋九兵衛・米田裕
渡辺麻紀氏紹介のパイレーツ・オブ・カリビアン/デッドマンズ・チェスト』『スーパーマン リターンズ』。『パイレーツ〜』の方は『海底二万哩』などの「海洋冒険小説&空想科学小説の香りがプンプン」だそうなので、見るのがいまから楽しみ。『スーパーマン』はイメージだけで何となくあほらしい感じがして観たことないのだけれど、「『強い』アメリカではなく『良い』アメリカのほうなのである」とかなんとか、ひと味ちがうみたいなのである。食わず嫌いはいけないね。マリリン・モンローのことだって、映画を見るまではただの色気ババアだと思ってたもの。

鷲巣義明氏の紹介はサイレントヒルザ・フォッグのリメイク。『サイレントヒル』はこのあいだテレビの『スマステーション』で稲垣吾郎にさんざんな評価をされていたので(それもちゃんと説得力があったので)、急速に興味が薄れていたのだけれど、ふうん面白いのかあ。迷うなあ。『ザ・フォッグ』は、「亡霊なのに凶器を持って人間を殺す」という79年版を見てみたい。
 

「SF BOOK SCOPE」石堂藍千街晶之長山靖生・他
◆林哲矢氏が浅倉久志『ぼくがカンガルーに出会ったころ』を紹介していました。これ、前半はディックとヴォネガットの文庫解説で占められているので、ディックもヴォネガットも読んだことのない人は後半から読んだほうが楽しめるかと思います。

◆インドの叙事詩ラーマーヤナ』を現代に甦らせたバンカー『ラーマーヤナは気になっていたのだけれど、どうもオリジナルのテイストは薄そう。石堂藍氏はほかにル=グウィン『ギフト』も紹介。

笹川吉晴氏がジェフ・ロヴィン『狼男の逆襲』、ファウラー『白昼の闇』、柴田元幸編『どこにもない国』を紹介していました。この三つ、みんな『ミステリマガジン』でも紹介されてて気になってた作品なのです。
 

「魔京」朝松健(第二回)★★★★☆
 ――真っ赤な色が鹿人の眼球を貫いた。目の前を火矢が降り注ぐ。鹿人が高句麗から盗んできたのは、二体の像だった。藤原鎌足はそれを「京都《みやこ》そのもの」「神のごときモノ」と呼んでいた。鎌足こそが、中大兄皇子を陰で操り真に倭の国の権力を握っている者であった。倭の国は今、時空が混乱していた。混沌とした世界の境界を定めるには仏法のほかに京都《みやこ》が必要なのであった。

 第二回では過去に飛ぶ。というか、第一回の舞台って未来だったのね。読み返してみたら確かに「四年後に遷都」って書いてあった。さらっと読み飛ばしてしまってました(^^;。こういう歴史改変ものというか、書物の世界を現実に移植してしまうような史観って大好きです。『古事記』や『日本書紀』には黄泉の国が出てきたりしますが、それは神話だからとか物語だからとかいうわけではなく、昔は黄泉の国と行き来できたから、という発想ですね。

 鎌足の政治手腕がかなり詳しく描かれていて、歴史って面白いと思える。鎌足はいかにも藤原氏って感じの嫌な奴です。
 

「罪火大戦ジャン・ゴーレ」(第20回)田中啓文

「おまかせ!レスキュー」99 横山えいじ

「私家版20世紀文化選録」93 伊藤卓
 ダール「韋駄天のフォックスリイ」、映画『チップス先生さようなら』、漫画『メタモルフォセス伝』山岸涼子
 

「日本SF全集[第三期]第十六巻 菊地秀行 その2後期シリーズ作品」22 日下三蔵
 『幽剣抄』は読みたいんだけどね。「『カリガリ博士』を下敷きにした異色作」『眠り男の伝説』も面白そう。

「SF挿絵画家の系譜」(連載5 柳柊二大橋博之

「サはサイエンスのサ」140 鹿野司
 「生物を合成しよう」というタイトルだけで、なんじゃそりゃ、と思いますが、言葉どおりの意味なのです。
 

「センス・オブ・リアリティ」金子隆一香山リカ
◆「コウモリはどっちにつく?」金子隆一――分類学も日進月歩。コウモリの仲間はなーに?なんて昔話みたいで夢がある。でも「ペガソフェラエ」……なんてセンスのないネーミング。夢だけじゃあだめなんです。

◆「家庭という牢獄」香山リカ――甘えでしょ、甘え。と思ってしまう。
 

「大きなブランコに乗る少女」黒井謙《リーダーズ・ストーリイ》
 タイトルが印象に残る。何かのもじりでしょうかね。聞き覚えがあるような。「既知の宇宙で最大の高峰に挑戦する冒険家の姿を描いた」作品です。
 

「近代日本奇想小説史」(第51回 化学者の夢と性病の告白)横田順彌
 紹介している著者本人もほとんどなげやりな、奇想というか奇天烈小説。元素のパーティに、淋病の吾輩もの。

 「山芋変じて鰻と化す」ということわざ(?)を知る。
 

「SF BOOK SCENE」加藤逸人
 ニューヨーク・タイムズのSF書評家が交代。「最近のSFは専門書や技術マニュアルのようで、よほどのマニアなどでもなければ楽しめない」と嘆いて、SF読者の怒りを買ったのだとか。スペースオペラがそれほど好きではないうえに、ガチガチのハードSFも苦手という情けないわたしにしてみれば、わかりやすくてSFっぽい作品は大歓迎なのだが、作家としても、そんな進化の止まった読者ばかりを相手にしているわけにもいかないものなあ。
 

「MAGAZINE REVIEW」〈アシモフ〉誌《2006.2〜2006.4/5》深山めい
 男が少年に語る絶望あふれる過去を描いたロバート・リード「ルワンダ Rwanda」、SFハードボイルド・ミステリっぽいポール・J・マコーリイ「死人が歩く Dead Man Walking」あたりに注目。
 

チューリング・テスト」草上仁★★★★☆
 ――遭難者のように漂流し、遭難者のように見え、遭難者のように話すものを何と呼ぶか。学習機能付きの訓練用非難シミュレーター・ブイ。これが正解だ。輸送艇が事故を起こし、積荷のブイが流れだした。回収しに行った調査艇が二次遭難。救助信号を送ったものの、シミュレーター・ブイが起動して遭難者のふりを始めてしまった。人間と機械を見わける方法が、何かあるはずだ……。

 答えのないリドル・ストーリーのなかでもベスト5くらいには入りそうな名作です。返答だけで、人間とコンピュータを識別することはできるか? みなさん考えてみましょう。こういうシリアスな問題を、小難しくなくゲームっぽい感覚の親しみやすい小説にしてくれるのは、誰にでもできることではない。
 

イリュミナシオン 君よ、非情の河を下れ」(第7回)山田正紀
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