この子は違う。
きみのさがしているのはこの子じゃない。
逃がしておやり。
その子は違う。
きみのさがしているのはその子じゃない。
離しておやり。
きみのさがしているその子のおじいさんは
去年の夏祭りにお隠れになりました。
だからあなたは また 鬼 になったのですね
でも
あなたのさがしているそのひとは
ここにはいません。
だから
逃がしておやり。
隠れんぼしたまま消えてしまう神隠しの話ならよくあるけれど、これはその逆です。探す鬼の方がそのままになってしまった。“鬼”は山から下りてくるものと相場が決まっていて――だから「さがしにくる」わけですが――たった三十一文字で子ども時代から老人までの時の経過はおろか鬼の伝承という何百年のバックグラウンドまでも内包してしまう、こういうスケールの大きい歌が大好きです。
祭りというのは本来、きっとこんなふうにちょっと恐ろしくて引き込まれるような昏い魅力を持っていたものだったんだろうなァと思わせてくれます。
この歌は歌集ではなく中井英夫『黒衣の短歌史』で読みました。この本、むずかしいことを考えずに読んでも、現代短歌の一代宝庫として楽しめます。
