「From the Nothing,With Love.」伊藤計劃 ★★★★☆
――私は、厳密に言えば私ではない。そんな当たり前のことを、私はついこのあいだ思い知らされた。「チルドレンが殺されているわ」上司はそう告げて、ファイルを差し出した。「それで、線はなんです」「彼らは皆〈所有物〉よ」女王陛下の所有物。私のような。私にもしものことがあった場合、私を引き継ぐ躯体の人々。
設定とテーマが必然的に噛み合っているので、こういうメタっぽい(メタじゃないけど)作品によくありがちな小手先感はない。冒頭からしばらくは円城塔みたいで困った。007とクリスティとブレイクと女王様その他イギリスに愛を込めた作品になっています。おなじみ(?)受動意識説と探偵小説的なプロットがうまく絡み合っていて、こういうタイプのものとしてはかなり完成度が高いと思う。
「The History of the Decline and Fall of the Garactic Empire」円城塔 ★★★★★
――00:銀河帝国は墓地の跡地に建てられている。10:超空間通路をさまよう銀河帝国幼帝があり、舷側を叩いて柄杓を渡すまでは引き下がらない。20:今年の銀河帝国は発売後十五分で売り切れた。
ハハハ、アホだ(^_^)。怪談や小説やテレビや生活のエッセンスを抜き出したパロディを、箇条書きにしたような銀河帝国の衰亡史。元ネタが全部わかる人っているんだろうか。断片的な地球のメディアだけから宇宙人が地球文明を想像したら、こんな感じになるのかもしれないと思ってみる。返す刀で歴史(書)というものを斬っているのかもとか明後日の方向に深読みし出すとしょうがないので取りあえず笑っとけばいいでしょう。編集部による『Boy's Surface』読み方ヒントあり。
「戦争読書録」クリストファー・プリースト/若島正訳(Reading in a War,Christopher Priest)
――『双生児』の背後には約百二十冊の書物がある。以下に述べるのは、『双生児』の非公式的な註釈付き文献一覧であり、戦争小説を手に取る気がしない向きや、第二次大戦に関心がない向きにもおもしろく読めることを願っている。
著作に用いた資料集を邦訳掲載してしまうというのもすごいけど、書いたのがプリースト、ものが『双生児』、掲載誌が『S-Fマガジン』とあればこういうのもありか。プリーストのものの見方がわかって興味深い。それとやはり紹介の仕方がうまいので読みたくなってくる本もちらほら。原文はプリーストのホームページで読めるみたいです。
「出血がとまるまで押さえてください」ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア/浅倉久志訳/加藤龍男イラスト(Press Until the Bleeding Stops,James Tiptree Jr.,1975)★★★★☆
――その緑に覆われた谷を愛する男は、目をさましたのち理解した。ここは最後に残された谷なのだ。あの連中はここにハイウェーを通すつもりなのだ。住人たちに、早くこのことを知らせなければ。
なんともティプトリーらしいタイトル。ファンタジーとかジェントル・ゴースト・ストーリーっぽいタッチではあるけれど、その実かなりブラックでグロテスクでシビア。私たちは生き物の死と墓の上で生活しているのだ。見慣れたはずの工事現場で行われている生き物たちと人間たちの攻防が、戦争もののような迫力で目に飛び込んできます。小品だけど、あとからじわじわ来ます。
「『オリュンポス』は続篇の夢を見るか』酒井昭伸
どうやら三部作であるらしい『オリュンポス』の続篇について、著者に詳細を聞いてみたり、『イリアム』『オリュンポス』の読み方を訳者なりに考えてみたり。面白いんだけど、それより何より第三部が幻にならないことだけを祈ってます。
上位作家特集はここまで。
「My Favorite SF」(第28回)貴志祐介
何だか今月は貴志祐介フェアみたいになってます。ジャック・ヴァンス《魔王子》シリーズ。
「貴志祐介インタビュウ」貴志祐介×大森望
SFの面白いところを詰め込んだ話みたいで半端じゃなく面白そう。読みたいけど、ほぼ100%文庫化されるだろうから、自分では買わないだろうなあ。
「ゼロ年代の想像力 「失われた十年」の向こう側 10」宇野常寛
読んでみたけれど今回はやっぱりピンと来ないな。ノスタルジーも青春ものもゼロ年代特有のものだとはどうしても思えないし。これに関しては90年代らしさとか80年代らしさとかその年代ごとにいくらでも理屈がつけられそうな気がする。というより、今回はいろいろ取り上げすぎてて、どれが何なのかわかりづらい。
「大森望のSF観光局」16 作家への長い道――SFコンテスト回顧
受賞作一覧を見るかぎりでは、派手ではないけれど意味のある賞だったんじゃないのかなというラインナップ。他賞の落穂拾いで宝物が落ちているという現状も面白いけど。
「SUBMARINE」Hattori Kohei《SF Magazine Gallary 第28回》
うわ、怖いな。だけどこれを既にファンタジーとして昇華できてしまう才能というのはすごい。知らないで見れば見事なシュールな幻想イラストです。
「清水崇×豊島圭介インタビュウ「幽霊VS宇宙人」のいかがわしい魅力」
タイトル見ただけでもいかがわしいんですが、スチールのいかがわしさがまた(^_^;。ヒドすぎる(ホメ言葉^_^)。
「SF BOOK SCOPE」林哲矢・千街晶之・牧眞司・長山靖生・他
◆貴志祐介『新世界より』、円城塔『Boy's Surface』は説明不要として――
◆プラチナ・ファンタジイ新刊の『夏の涯ての島』イアン・R・マクドナルドって『90年代SF』の「わが家のサッカーボール」の人かあ。なるほど。
◆今月はファンタジイが何やら面白そう。メリエスの登場する500ページの絵本ブライアン・セルズニック『ユゴーの不思議な発明』[bk1・amazon]がよさげ。ルルル文庫からはプラチナ・ファンタジイ『魔法使いとリリス』のシャロン・シン『オーバーン城の夏』が。しかしガガガ文庫にしろこの本にしろ、ネット書店があってよかったなあとつくづく思う。こっぱずかしくてリアル書店じゃ買えんよ、こんなの。
◆ホラーではメフィスト賞受賞作輪渡颯介『掘割で笑う女』[bk1・amazon]が「端整な時代怪談ミステリ」とのことで読んでみたい。カバーイラストが本誌でおなじみ佳嶋。著者名をワトソウスケと読んでワトソンのもじりかと一瞬思ったんだけどワタリソウスケと読むらしい。
「小角の城 16」夢枕獏
「小便の王様をたずねる旅」椎名誠《椎名誠のニュートラル・コーナー07》
シーナ氏曰く「こういう自然現象は、小説などに空想で極寒を描写しようとしてもとても思いつかないだろうな、と思った」という驚異の寒さの数々。あったかい部屋で読む分には面白い。
「霊峰の門 13 乱風楓葉」谷甲州
「デッド・フューチャーRemix」(第70回)永瀬唯【第12章 ハイ・フロンティア】3
「(They Call Me)TREK DADDY 第12回」丸屋九兵衛
「SF挿絵画家の系譜」(連載25 高荷義之)大橋博之
どちらかといえば非SF者であるわたしなどは、『気分はもう戦争』のカバーイラストと言われて「ああ」という感じだが。
「サはサイエンスのサ」158 鹿野司
iPS細胞その3。「再生医療が本当に使い物になるか否か、確かめるための糸口が見つかったという程度」だと冷静に釘を刺されました。ニュースとか見てたらあとは時間の問題みたいに見えるもんねえ。
「家・街・人の科学技術 16」米田裕
お、14回の紙おむつに続いて意外なところで「文字」の科学技術。言われればフォントはそうなんだよなあ。
「センス・オブ・リアリティ」
◆「進化も自己責任」金子隆一
◆「「死」に馴染んでいく人たち」香山リカ
「近代日本奇想小説史」(第68 奇想小説の落穂拾い)横田順彌
可哀相なタイトルだけど、春浪に刺激を受けて奇想小説を書き出した篠原嶺葉について。
「SF BOOK SCENE」金子浩
ジャック・ケッチャムの『Closing Time and Other Stories』は「奇妙な味的なアイデア・ストーリイやジェントル・ゴースト・ストーリイやあっさりしたスケッチ風の小品が多い」なんていうから読んでみようかと思ったのに、「出来自体はいまひとつ」とのこと。
「MAGAZINE REVIEW」〈インターゾーン〉誌《2007.9/10〜11/12》川口晃太朗
「物理的存在としての肉体は地上のどこかに隠し、その反政府・自由主義の精神のみを他者の脳内にインストール」してレジスタンをかくまうジョン・フィリップ・オルセン「屋根裏の男たち」(The Men in the Attic)のほか、「お気に入りの赤い帽子と、母親から新しく買ってもらった(気に入っていない)青い帽子をめぐって、大人な対応をとろうとする少女モリーの思い惑う様を描いた」ベンジャミン・ローゼンバウム「モリーと赤い帽子」(Molly and the Red Hat)を読んでみたい。本誌2007年8月号ワールドコン特集に「あなたの空の彼方の家」が掲載されてた方です。
「おまかせ!レスキュー」118 横山えいじ
「南極点のピアピア動画(前篇)」野尻抱介 ★★★☆☆
――彗星は月の西側に落ちた。大衆が恐れたような天変地異は起きなかった。泣いているのは宇宙計画に携わる者だけかもしれない。月の空が晴れるまで探査計画は停止を余儀なくされた。階段を昇り、ドアを開ける。コピー用紙に「飽きた、去る」とある。省一は悟った。プロジェクト中断による愚痴がどれだけ同居人を退屈させていたかを。
ロケットとかロボットとか科学系の夢を追いかけるという点ではごくまっとうな青春小説なのだけれど、登場するのがナードたちなので何だかもぞかゆくて、理系版森見登美彦という趣も微妙になきにしもあらず。あっちほど意識的でもあからさまでもないし、そもそも目指すべきものを持っている人たちではあるのだけれど。野尻氏らしくSF的には面白いんだけれど、連絡のつかない恋人にメッセージを伝える手段が即ニコニコ動画っていうのが酸っぱすぎる……。後篇がどうなるのか。
「流浪の民」菅浩江/佳嶋イラスト ★★★☆☆
――この素肌、真実。コスメディック・ピッキー イメージ広告。「絶対、画像修正してるよね」「してる、してる。こんな桃肌、実際には見たことないもん」天音は、二か月ほど前にこのサロンで波留華たちと知り合った。でも焦りは禁物だ。最初は化粧法の改善だろう。
なんだこりゃ(^_^;。前代未聞の美容SFです。
「SFまで100000光年 55 「しっぽも一本」現象」水玉螢之丞
「長期にわたる過剰摂取で「カワイイ」に対して味覚障害状態になっちゃってる女子」とか「キチカワ」なる「自分カテゴリ」などなど、すんごい独特ながらめちゃくちゃ説得力があるんですけど。
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