『S-Fマガジン』2006年12月号(608号)【秋のファンタジイ特集】★★★☆☆

 今月号は【ファンタジイ特集】。もしかすると久しぶりに〈プラチナ・ファンタジイ〉シリーズが刊行されるかも、なんて期待が高まります。

「地下室の魔法」エレン・クレイギス/井上知訳(Basement Magic,Ellen Klages,2003)★★★★☆
 ――メアリ・ルイーズは魔法を信じている。母親が亡くなったのはまだ幼いころだった。新しい母親は元ミスでうぬぼれの強い離婚歴のある女性だった。もしも継娘が天使のような子どもだったら、キティも我慢したかもしれない。六人目の掃除婦が、メアリ・ルイーズに魔法を教えてくれた。

 メアリ・ルイーズの身に起こったことも、キティに起こったことも、単独ではよくある物語なのだけれど、二つを組み合わせるのが新鮮でした。昔話みたいなめでたしめでたしで終わりたいなら、どちらか片方だけでじゅうぶんなのに。魔法というファンタジイにすら、現実の苦さがある。いわゆる〈子どもの空想〉ものの変形作品。掃除婦ルビーが登場するシリーズ作品にしてくれたら面白いかも。
 

「イーリン・オク伝」ジェフリイ・フォード/中野善夫訳(The Annals of Elin-Ok,Jeffrey Ford,2004)★★★★☆
 ――妖精トウィルミシュの一生は、砂の城の耐久性と存在期間によって決定されるのだ。これから私が物語ろうとしているのは、一人のトウィルミシュの伝記である。以下のできごとはすべて、潮と潮の間の時間しか続かない。ある少女が貝殻を落としたときに、中から小さな本が転がり出てきた。それが妖精伝説の専門家である私のところに送られてきたのだ。

 たった五時間の寿命しかない妖精の日記(?)という形式の作品です。人がこの作品を読む時間は、実はその五時間にも満たない。ほんの十数分。五時間の一生を五時間ものの長篇に仕上げるのもそれはそれで面白いかもしれないが、とびとびの日記という形式を使って普通の小説の時間軸とあまり変わらないような表現・構成の短篇に仕上げることで、かえってはかなさみたいなものが浮き彫りになる。ところどころで、人間ではないものならではの視点が描かれていて幻想的。
 

「使い魔」チャイナ・ミエヴィル/日暮雅通(Familliar,China Mieville,2002)★★★★☆
 ――魔法使いは、使い魔を召喚していた。そいつは道具箱の中でうごめいていた。殺そうとしても死なない。殺せるのだとしても殺し方がわからなかった。運河のほとりで車を停め、それが水に沈むのを待った。泥水の中に沈みながら、使い魔は学習しようとしていた。魚たちの目をもぎとった。魚の肋骨を自分の皮膚に埋め込んだ。見つけたものはいちいち利用した。

 スタージョン「それ」の側から見た景色、と言えるかもしれない。あるいはもう少しで完全な姿になることができる怪物の物語。なんだろう。思い出せないけどよくありますよね。あと腕が一本で完全な姿になれるのに、誰かに邪魔されたせいでそいつのことを恨み骨髄……とかいう話。厳密に言えばどちらも違うのだけれど、そういうのを連想させる内容なのです。魔法使いの人間的な部分がいかにも過ぎて興ざめ。使い魔のかっこよさと対比させるために、わざと幼稚な表現方法を使っているのかもしれないが。
 

「人気大河ファンタジイ入門」
 これは王道異世界ファンタジイ。申し訳ないが興味ないのです。

 【秋のファンタジイ特集】はここまで。
 
 

 今月号の表紙を見て、妖怪おどろおどろを連想してしまった。どうなんだろう。いやどうなんだろうって、連想する方が変なんだけど。 
 

「My Favorite SF」(第12回)飛浩隆
 水見稜『マインド・イーター』。
 

「『マルドゥック・ヴェロシティ』刊行直前、沖方丁インタビュウ
 インタビュアーは大森望。というわけでぶっちゃけインタビューになってます。作品を読んだことがなくても興味がなくても楽しめる。
 

「『トゥモロー・ワールド』誌上公開」
 掃いて捨てるほどあるただの未来SF映画かと思ったら、P・D・ジェイムズ原作だとか。何をとち狂ったのかと思いきや、旧作『人類の子供たち』の改題だそうです。映画自体はきっとただのエンタメ未来SF映画でしょう。
 

「一ドルで得られるもの」ブライアン・W・オールディス/浅倉久志(What You Get for Your Dollar,Brian Aldiss,1970)★★★☆☆
 ――わが人生での楽しい思い出は、プロバビリティ・マシンで蓋然世界に旅をしたことだ。第一印象は、ついさっきあとにした蓋然世界と、ほとんど変わらない気がした。ペット売場まできて、はじめてわたしは驚きを味わった。三葉虫だと!

 理想郷としての蓋然世界の物語を通して、現在の現実世界の状況をあぶりだすエッセイですが、社会批評としての内容はまあ理想論でしょう。ピュアといってもいいような思想はそこらの居酒屋の与太話。でもそういう与太話を、静謐できれいなイメージの作品に完成させてしまうのが、オールディスです。蓋然世界の描写の凝りように、ボルヘス「トレーン、ウクバール、オルビス・テルティウス」をちょっとだけ連想した。
 

「SFまで100000光年 40 テンプレーティズム」水玉螢之丞
 アローハな結婚披露宴を目撃してしまったことから始まる「型どおり」についての妄想。現実には起こりえないことだから笑ってられる。アニメ『サザエさん』なんて、とっくに原作から乖離して、テンプレート(だと製作者は信じているもの)に無理矢理はめ込んだ得体の知れない作品になってるものなあ。
 

「ムコウガワ」羽住都《SF Magazine Gallary 第12回》
 植物には詳しくないので、池の水面を覆っている植物の名前はわからない。中央に浮かぶ女。夜、池のなかに両手を差し入れる女。空の白むころ、水面から伸びた両手に裾をつかまれている、たたずむ女。表と裏のよう。ケミストリーが誰かとコラボしていたPVを思い出した。林檎や花(だったかな?)を池に落とすやつ。で、いきなり女は飛び立ちます。いや、池の底へと沈んだのか。どちらなのだろう。
 

「MEDIA SHOW CASE」矢吹武・小林治・添野知生・福井健太・宮昌太郎・尾之上俊彦
◆ディック『スキャナー・ダークリー』が映画化。実写とアニメを重ね合わせたロストコープという技法で作られたそうです。スチールを見るかぎりではかっちょええ。
 

「SF BOOK SCOPE」石堂藍千街晶之長山靖生・他
◆気になったのはアイリーン・ガン『遺す言葉、その他の短篇』レズニック他編『シャーロック・ホームズのSF大冒険』。『ホームズ』の評価が、外れが少ないという『ミステリマガジン』の評者とは違って玉石混淆となってます。

◆石堂氏がカーズワイル『レオンとポテトチップ選手権』を紹介しています。前作『レオンと魔法の人形遣い』は読んだけれど、モロ直球の子ども向けでした。子ども向けといえども『驚異の発明家の形見函』のカーズワイルなんだから一筋縄では……という期待を見事に裏切ってくれました。
 

「小角の城」(第8回)夢枕獏

「罪火大戦ジャン・ゴーレ」(第23回)田中啓文

「おまかせ!レスキュー」102 横山えいじ
 

「デッド・フューチャーRemix」(第55回)永瀬唯【第11章 きみの血を 第5滴】
 アレクサンドル・ボグダーノフ『赤い星』。なんか……これ、本当のことなのかい。この人本人がSFじゃん。輸血による若返りを夢見ていた科学者だなんて。輸血を通して血まで共有しようという共産主義思想もねぇ。死にっぷりも見事。自ら輸血の実験をしていて、マラリア結核の感染者から輸血を受けて死亡……。いやぁ、すごい人がいたものですね。
 

「私家版20世紀文化選録」96 伊藤卓
 小説『セルビアの白鷲』、映画『ボスニア』、小説『500年のトンネル』。

「SF挿絵画家の系譜」(連載9 石原豪人(前篇))大橋博之
 

「サはサイエンスのサ」142 鹿野司
 遺伝子は時代遅れ……。ヒトゲノム計画って結局は無知の知を知ることができただけだったのけ。なんか当時のニュースでは、これであとは遺伝子情報の意味を読みとるだけ、みたいなことを言ってたような気がしたんだけど……。
 

「SF BOOK SCENE」金子浩
 ホラーです。ストロス『アトロシティ・アーカイヴス』など。

「MAGAZINE REVIEW」〈インターゾーン〉誌《2006.5/6〜2006.7/8》川口晃太郎
 

「追悼・浅羽莢子」「追悼・斉藤伯好」
 『ミステリマガジン』にも追悼文が掲載されていたけれど、翻訳家の浅羽氏が亡くなりました。
 

「センス・オブ・リアリティ」金子隆一香山リカ
◆「「金剛石のレンズ」実現なるか」金子隆一……負の屈折率。なんともSFな話です。が、現実なのだそうです。面白いなあ。

◆「50代の自由と30代の閉塞」香山リカ……「豪快に笑い飛ばす」っていうか、自慢しているみたいに見えて嫌なんですよね、そういうおじさん方って。「自己満足げに笑い飛ばす」って感じ。
 

「てれぽーと」
 「てれぽーと」欄を読むと、シェクリイ・ファンからのお便りがあって、先月号のシェクリイ特集を楽しめたって書いてありました。わたしは楽しめなかったからな、ちょっとうらやましい。枕に桂雀三郎の小咄が引用されてました。酔っぱらって昼か夜かわからない。空を見上げて「あれは月や」「いやお日さんや」。通りがかった人に尋ねてみると、「すんまへん、このへんの者やないのでわかりまへん」
 

「食べ放題三千円」黒井謙《リーダーズ・ストーリイ》

スペシャル・リポート」丸屋九兵衛
 アル・ヤンコヴィックの新作PVがSFオタク心をくすぐる内容らしい。

「人間廃業宣言 特別篇(後篇)今度こそ第10回プーチョン・ファンタ」友成純一

イリュミナシオン 君よ、非情の河を下れ」(第8回)山田正紀
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