シリーズものではないため、探偵役や犯人が最後までわからないというのが魅力といえば魅力。ただ凝りすぎの感もなくはない。
「大松鮨の奇妙な客」★★★☆☆
――注文を聞かれると男は低い声でぼそぼそとつぶやいた。男は一カンずつ口にして、もう一カンには手をつけない。どんぶりに鮨を放り込むと、茶碗蒸しをなかにぶちまけた。職人がたまりかねて怒鳴った。「出てってくれ」
ちょっととぼけた味わいの会話の連続であれよあれよと展開が進むところは、泡坂妻夫の作品を彷彿とさせる。そもそもの突飛な事件というのも、泡坂作品や参考に挙げられている都筑道夫作品を連想させる。しかし――残念ながら切れ味には乏しい。理に勝ちすぎなところは都筑に似ていなくもないが、いかんせん複雑すぎて真相が明らかにされたときのカタルシスが小さい。
「においます?」★★☆☆☆
――マンションに帰ると、管理人が出てきた。「おや、いいにおいですね?」どきりとした。実は管理人の妻と会ってきたところなのだ。「においます?」「焼き肉ですね」ほっと胸をなで下ろす。
ショート・ショート。「におい」というものに散々注意をひきつけておいて、うっちゃりをかます。見事。
「私はこうしてデビューした」★★☆☆☆
――初めは狛江も「自称 相尾翔のファン」にすぎなかった。ところがメールをやりとりするうちに、「いっそ合作というのはどうですか。おれが考えたトリックを、相尾さんが書いたら傑作になると思うんだけどなあ」などと虫のいいことを言いだした。
「大松鮨」にあったような寿司屋での軽妙な会話がないために、うまいんだけどあんまり特徴のない作品になってしまっている。
「清潔で明るい食卓」★★★☆☆
――大きめに千切ったパンをギネスにひたして、猫のメルに差し出した。「あらあらだめよ。忘れた? メルはもうお酒は飲めないの」ナースだった妻がたしなめた。そうだった。私の入院と同じ時期に、メルにも内臓の異常が見つかったのだ。
あからさまだった「においます?」に比べると実にさり気ない。ここまでのショート・ショート二篇はどちらも阿刀田高を思わせるブラック・ユーモア短篇。
「タン・バタン!」
「最後のメッセージ」
「見えない線」
「九杯目には早すぎる」★★☆☆☆
――小さなバーだった。「もう一杯」小柄な客がふらつきながらグラスをつきだした。「九杯目には早すぎるよ」大柄な方が声をあげた。「ぎいれっとなら尚更だ」
「九杯目には早すぎるよ。ギムレットならなおさらだ」ケメルマン『九マイルには遠すぎる』とチャンドラー『長いお別れ』から拝借したミステリ心をくすぐるサービス精神は買うが、いかんせん必然性がないのが痛い。短い話に収めようとして、説明的な台詞に真相を詰め込んだのもわかりづらい。
「キリング・タイム」
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