『タイムマシンの殺人 ダーク・ファンタジー・コレクション3』アントニー・バウチャー/白須清美訳(論創社)★★★☆☆

「先駆者」(The First)★★☆☆☆
 ――初めて牡蠣を食べたのは勇敢な人間だった、とスウィフトは書いた。ほかにもこうした功労者は数え切れないほどいる。これは、スコの物語である。

 「シチュー」て書いちゃった時点で物語が成立しないような気がするのだが。なんか見え見えのユーモアも厳しいし……。
 

「噛む」(They Bite)★★★☆☆
 ――「お住まいはどのへんで?」「不動産屋はオールド・カーカーの家といっていた」周囲が妙に静まりかえった。「あの煉瓦の家に住もうってんじゃないだろうな?」「なぜいけないんだい?」「――噛むんだよ」

 ぴったりの例が思いつかないのだが、M・R・ジェイムズのようなというか、太古の魔物の物語である(クトゥルーではない)。謎めいた言葉、怪しげな物体、軽率な行動、音なき悲劇――クライマックスにせりふがないのがよい。そのせいで息苦しくなったようで、異様に盛り上がる。
 

「タイムマシンの殺人」(Elsewhen)★★★★☆
 ――経過した時間はたったの四十二分だった。どう頑張ってもそれを二分以上延ばすことはできなかった。金だ。金さえあれば大規模な装置を作ることもできる。「いとこのスタンリーさえいなければ――」かくして殺人は起こるのである。

 こういう発想をコメディにしてしまわないで殺人ミステリにしてしまうところが才能でしょうか。四十二分前の過去にしか行けないタイムマシンという設定を、ギャグどころかギリギリの緊迫感に満ちた殺人計画として描いてしまうのだからたいしたものです。異常心理めいた犯人像も印象深し。
 

「悪魔の陥穽」(Srigerdegibit)★★★☆☆
 ――まばらな房のようなひげを生やした小男がまた手品をみせた。「呪われてしまえ」ギルバート・アイルズはあえぐようにいった。「どうしてそんなことができるんだ」「本物の魔術なんです。願いをかなえてみませんか?」「呪われてしまえ!」空気がわずかにふるえた。

 小説としてはあまりにもムラがある。一日一回罪を犯さないと首を絞め殺されるという設定なのだが。煙草のポイ捨てとかそういう小さなレベルのことをまるっきりないことにしていきなり不倫や誘拐に手を染められても……。いくら空想物語だといっても、そこらへんの手続きはちゃんとしてほしかった。そのせいで最後もちょっとこじつけめく。

 ただ、本書収録作をすべて読み終えてみれば、いきなり不倫や誘拐という発想に至るのは、わざとなんだということがわかる。バウチャーってどうやらヘンチクリンな設定を使うのが好きらしい。
 

「わが家の秘密」(Secret of the House)★★★☆☆
 ――誰ひとり予想しなかっただろうね。地球‐金星間の宇宙船の積荷で最も貴重なものが何であるかを。答えはスパイスだ……。こんな演説を、キャシーは結婚してから毎週のように聞かされていた。

 グルメを笑い飛ばすときの常套手段ではある。とはいえ嘲笑するのではなく愛すべきおバカちんとしてそっとしといてあげる優しさがある。異星人とのコンタクト不可能性ネタかと思いきや、夫婦間のすれ違いという意外性。宇宙人よりよっぽど……なのである。
 

「もうひとつの就任式」(The Other Inauguration)★★★☆☆
 ――アメリカ合衆国は、常に二大政党制であった。一九八六年、何と第三党であるアメリカ党が生まれた。アメリカ党の勝利が何を意味するかを、どうやって説明したらよいだろう。なんたる破壊、転覆。

 過去は変えられる。が、未来は変えられない――のだろうか? どうやって選挙の結果をいじったのかがまったく不明なのだが、それはまあいいとしよう。この物語の場合、主人公が、民主主義の押しつけという全体主義をみずから推し進めた節がある。もしほんのちょっといじるだけだったら? それでも押しつけには変わりないのだろうか。未来は変わっていたはずだと思いたい。
 

「火星の預言者(Balaam)★★★★☆
 ――「人間とは何ぞや?」ラビ・アコースタは問いかけた。二人の〈人間〉は、火星の砂の上で出会った。植民地基地から来た〈人間〉は偵察中だった。宇宙船に乗っていた〈人間〉もまた、調査に来ていた。

 〈人間〉の定義に関する問いかけから始まり、宇宙人も〈人間〉であるという結論に達したあげく、ファンダメンタリストが見た妄想を聖書とシンクロさせて終わるという怪作である。ともに(旧約)聖書を聖典とするユダヤ教のラビとキリスト教の司祭が行動をともにしたり、〈人間〉の定義を再確認したりと、けっこう批評性はぶっとんでいるし、オチも忘れないところなど見ても、宗教に疎くても楽しめる。
 

「書評家を殺せ」(Review Copy)★★★☆☆
 ――五角形の中で炎が燃えていた。「なぜそいつを殺したいんだ?」「やつはわたしの本の書評を書いた。それが有名になってしまった。誰もがそれを引用した。それが人々が目にするわたしの本のすべてだ。本を殺したのだから、今度はやつが殺されなければならない」

 もう冒頭のあらすじからしてギャグなんですが、これをちゃんと黒魔術と悪魔祓いの怪奇小説にしてしまうのですね、バウチャーは。「やつは非常に頭がいいのだ。(中略)いきなり届いた小包を開け、見知らぬ人物から送りつけられたチョコレートを食べたりはしない」というせりふに(爆)。
 

「人間消失」(The Anomaly of the Empty Man)★★★☆☆
 ――レコードプレーヤーはスイッチが入ったままだった。おれは床の上のものに目をやった。それは死体よりも厄介なものだった。完璧な衣装一式。ただ、中身だけが消えていた。

 ヴァーナー医師という名前だけでピンときた人は、かなりのマニア(というより病的なマニア)である。不可能なものを取り除いたならあとに残ったものが真実なのか、不可能なものを取り除いてあとに何も残らなかったなら不可能なものが真実なのか。超常現象を認めるにしても、またなんでこんなけったいな消失ものにしたのかが謎である。つくづくギャグとしか思えないようなネタをシリアスな作品にするのがうまい人なんだなと思う。
 

「スナルバグ」(Snulbug)★★★★☆
 ――失敗だ。悪魔は五角形の真ん中で途方に暮れているようだった。背丈は一インチにも満たなかった。「おれのような出来そこないを呼ぶとは。何が望みだ」「一万ドルほしいんだ」「そらきた! 金を出せるのは三階級上の悪魔からだ」

 四十二分前にしかさかのぼれない「タイムマシンの殺人」同様、何の役にも立たない悪魔の物語。どうしたらできそこないをうまく利用できるのか、である。こちらは徹頭徹尾スラップスティック
 

「星の花嫁」(Star Bride)★★☆☆☆
 ――わたしはずっと知っていた。いつか彼がわたしを愛してくれることを。けれど思ってもみなかった。わたしよりも彼に愛されたのが、征服した惑星の原住民の娘だとは。

 まあこれはとっとと予想ついちゃうわな。短い話なのでそれでも問題ないが。それに最後の一行ではなくわざわざオチに数行ついやしているのを見ると、オチにこだわっていたわけでもないのかな。
 

「たぐいなき人狼(The Compleat Werewolf)★★★★☆
 ――ウルフはいった。「魔術を馬鹿にして何が悪い?」オジマンディアスは声を低くした。「なぜなら、あなたは人狼だからですよ」「そいつはGメンよりもいいぞ! グロリアに見せつけてやれる!」

 大オジマンディアスもの。人狼になればプロポーズを受けてもらえるという発想が相変わらず無茶である。どうもバウチャーはわざとこういうヘンテコな設定を使っているようだ。しかもこれ、ハッピーエンドなのか!? いいのか!? オジマンディアスものってほかにはないのかな。解説には何にも書かれていない。中篇ということで人狼生活や冒険をたっぷり堪能できた。
 

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