『〈新パパイラスの舟〉と21の短篇』小鷹信光編著(論創社)★★★★★

 贅沢にもほどがある。そんな一冊です。

 一冊目のアンソロジー〈美食〉。のっけから「吸血鬼ものは採らない」というこだわりを見せたり、スレッサーの未訳作品を詳しく紹介してくれてたり。

 ボーナス・トラックはダナ・ライアン「不可能犯罪」。たちの悪い証人たちに刑事がもてあそばれるイヂワルな一篇なのですが、そうした理由というのが、ミステリ的にはそのまんま。伏線らしきものもあるとはいえ、これはやはり証言のでたらめさを楽しむ作品なのでしょう。ガス管から洩れたガスでバーベキューしようという、すさまじい〈美食〉作品です。

 二冊目は警察小説。警察小説というと長篇のイメージが強かったのでちょっと意外。冒頭で紹介されていたウィリアム・フェイ「初めての殺人」が収録されているのがありがたい。殺人には違いないのですが、なぜだか読み終えたあとにあったかい気持にならないでもない。

 三冊目は〈夫婦に捧げる犯罪手帖〉。これも冒頭に紹介されているパット・マガー「勝者がすべてをえる」が気になって仕方がありません――が、本書には未掲載。雑誌掲載のみなんですね。本書に収録されているのは、連載後に見つけた一篇チャールズ・マージャンダール「さそり座の女。本文の方で散々そういうパターンの話を紹介されてきているのにそれでも楽しめるのだから上手いというほかありません。

 四冊目はクリスマス・ストーリー。収録短篇グレアム・グリーン「拝啓ファンケルハイム博士」が相当に気持ち悪い。仮に「オチ」だとすれば全然スマートじゃないし、残酷な話にしては発想が物語的過ぎて、みぞおち辺りがすっきりしない嫌な話でした。

 五冊目は〈隣人〉もの。なるほど電話ものも言われてみれば隣人もの。収録作はポーリン・C・スミス「隣人」。こんなにも潔い妄想ものって初めて読みました。ネチネチしてないさらりとした読後感です。

 六冊目は〈脱獄・獄中〉もの。収録作はウィルスン・タッカー「出口」。どうなるのかどうなるのかと思わせたあとの落としどころが上手いです。

 七冊目はドリーム・ファンタジーラファティ「外には緑色の雨が」、シャーリイ・ジャクスン「夜のバス」、ウールリッチ「記憶の灯」あたり読んでみたい。収録作はスレッサー「夢を見る町」。こんな見え見えの話を、見え見えなのに読ませちゃうんだから、スレッサーはやめられません。

 八冊目は十二支殺人事件。これは動物が出て来さえすればどんな話でもいいのだから簡単なような気もするのですが、やはり動物によって偏りがあるみたいです。収録作はチェスター・ハイムズ「へび」。蛇を極端に怖がる夫人の話です。怪談風の恐怖譚でありながらちゃんと探偵小説でもありました。やましさや抑圧のようなものが「幻の蛇」を通して漂う緊張感が忘れがたい作品です。

 九冊目は十二支のやり残し、です。収録作はクライド・シェイファー「犬の厄日」。タイトルからもわかるとおり、せっかくの犬テーマにもかかわらず、犬は被害者なのだ! 落語のご隠居と熊さんの会話を思わせる、保安官と助手のおとぼけ物語です。

 十冊目は犬とくれば、プラス海外アンソロジーの紹介。収録作はC・B・ギルフォード「ラム好きの猫」。抑圧された夫の話で邦題がこれなので、ある点まではある程度まで予想通りです。だけど結末が(ある意味)おしゃれかも。原題が「Flora and her Faura(植物相《フローラ》と動物相)」で翻訳不可能なのでこういう邦題になったのでしょう。

 十一冊目は前回のアンソロジーの続きから、悪魔との契約もの。コリアの「魔王とジョージとロージー」を「メデタシメデタシと思いこんでしまったのは(中略)私の頭がカゼでボケていたからかもしれません」と書いてありました。読み返してみます。収録作はフレドリック・ブラウン「死の十パーセント」。うわあ……いや〜な話です。でも人にすすめたくなるようなタイプのいや〜な話です。テーマが「悪魔との契約」でタイトルが「死の十パーセント」なのだから、内容については言わずもがなでしょう。

 十二冊目は〈旅人ファンタジー。なるほど乗り合わせた相客から聞いた話、というのもあるんですね。そんな収録作がジェイ・ノーマン「奇妙な乗客」。「The Hint」という原題とは裏腹に、明らかにヒントなど与えるつもりはなかったようです。あくまで「手がかり」と言い張る語り手にすこしぞくりとします。

 十三冊目は〈ゲーム小説精選〉。収録作はジム・トンプスン「ベルボーイ」。ベルボーイの仲間内の賭け事に参加して金をせびる駄目警官の話です。復讐物語ですらない、それこそ苦い思い出なんじゃないでしょうか。

 十四冊目は殺し屋ローレンス・ブロック「この町売ります」。この邦題はだめだろうに。

 十五冊目は電話物語。レイ・ブラッドベリ「窓」。『たんぽぽのお酒』の一部。

 十六冊目は手紙リチャード・ハードウィック「死者からの招待状」。死んだはずの妻からの手紙が届いた。誰かの悪戯なのか。筆跡は妻のものに見えるが……。――初めから終わりまで予想通りの話でした。

 十七冊目は〈狩猟殺人選〉ハワード・ブルームフィールド「罠」。これを〈狩猟〉ものに入れるところに編者の創意があります。正確に言うと「人が人を狩る話」とも違うんですから。二人きりの船上から突き落とされた男と、執拗に追う男の闘い。

 十八冊目は〈人形奇譚選〉。こびとをマネキンに仕立ててショー・ウィンドウの宝石を奪うが包装箱から宝石ごとこびとが消えてしまうという、リチャード・O・リュイス(Richard O. Lewis)「生人形(The Living Doll)」が面白そう。収録作はロバート・アーサー「切り裂きジャックは言った……」。死刑囚が脱獄して逃げ込んだ先は、自分の蝋人形が展示されるばかりになっていた蝋人形館だった……。豪華キャスト(!)による競演が見物です。

 十九冊目は〈絵画ミステリ選〉エドウィン・P・ヒックス「密造酒業者の肖像画。画家の卵が絵のモデルに選んだのは、かつての密造酒業者のお尋ね者だった……。

 二十冊目は〈墓場読本〉。「死体を隠すなら墓場の中に」という娘さんの一言が鋭い! 収録作はロバート・トゥーイ「隣家の事件」。あらすじは本文でばっちり紹介されちゃってます。

 二十一冊目は〈葬儀百科〉ジャック・リッチー「吸血鬼は夜駆ける」。「リッチー」で「吸血鬼」だから期待したんだけど、カーデュラものではありませんでした。
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