『島田荘司全集1』島田荘司(南雲堂)★★★★★

 宇山日出臣との対談が掲載された月報付。収録作品自体は名作だが、書き下ろしのボーナス短篇とかがついてたりとかしないと、よほどのマニアでないかぎりわざわざ買わなくとも……と思ってはしまう。

占星術殺人事件★★★★☆
 ――怪事件は、ひとりの画家の遺書から始まった。その内容は、6人の処女から肉体各部をとり、星座に合わせて新しい人体を合成する、というもの。画家は密室で殺された。そして1カ月後には、6人の若い女性が行方不明のあげくバラバラ死体となって……。奇想天外の構想、トリックで名探偵御手洗潔をデビューさせた、衝撃的傑作。

 記念すべきデビュー作の改訂版。現行の講談社文庫版と光文社文庫版でもすでにバージョンが違っているので、三種のバージョンが存在することになるんですね――と思ったら光文社版は品切れなのか。御手洗の名前についてのやりとりも、光文社文庫改訂版の「とはいうものの私は、友人の名を変えて作品を発表する気は毛頭なかった」から「占星術師の、マジックだな」に戻ってるよ。なんかこのセリフはわざとらしくてヤなんだけど、原型長篇『占星術のマジック』に引っかけてるので記念の意味でしゃーないか。(というか、ざっと読んだ感じだと、光文社文庫版が存在するのを島荘わすれてないか?)

 平吉の手記をちゃんと読み返すのは久しぶり。アゾートの部分ばかり記憶に残っていたけれど、「頭部を担う登紀子の肉体は、牡羊座であるから♂によって生命を奪われなくてはならぬ。(♂は火星のマークであると同時に、錬金術では鉄を意味する)」などというあたりにゾクゾクしてしまった。何とも古くさい趣向ではあるけれど、火星は鉄で、月は銀で、水星は水銀で……かぁ、これぞ探偵小説、である。(でもこの方向では続かないんだよね……)。

 たいていのよくできたミステリって、再読したときに伏線に気づいて「おお! こんなにあからさまに!」と驚いたりするのが面白かったりするのだが、こと『占星術』に限ってはあまりにネタが大胆かつ単純なだけに、伏線のまぶしようがないというか、あんまりそういう楽しみ方はできなかったのが意外。占星術錬金術という強烈なレッドヘリングも、ぼーんと丸投げ状態で、細かく張りめぐらせた伏線というのとはちょっと違う。

 厳密に言えば京都まで出向くのだけれど、形としては過去の事件をデータだけをもとに安楽椅子探偵するわけなので、島田荘司らしい豊かな物語もどろどろの人間模様も皆無。これが現在の島田荘司であれば、犯人の手記という形でやたらどろどろの人間絵巻を描き上げるんだろうけど。

 古典的な謎解きミステリ、というのを別にしても、トリックと御手洗のキャラだけが際立って光っている印象で、展開はちょっとスローペース。

 しかし初めて読んだときは御手洗ヘンな奴、という印象しかなかったのだが、読み返してみると優しくて格好いい御手洗がいた。当初からキャラクターは固まっていたんだな。文次郎氏の手記を読んだあとのセリフ、「もうそろそろ誰かを救ってあげてもいい頃だ」にはシビレた。
 

『斜め屋敷の犯罪』★★★★★
 ――北海道の最北端、宗谷岬の高台に斜めに傾いて建つ西洋館。「流氷館」と名づけられたこの奇妙な館で、主人の浜本幸三郎がクリスマス・パーティを開いた夜、奇怪な密室殺人が起きる。招かれた人々の狂乱する中で、またもや次の惨劇が……。恐怖の連続密室殺人の謎に挑戦する名探偵・御手洗潔。本格推理名作。

 最初に読んだときには御手洗と石岡が後半しか出てこないところがもの足りなかったんだけど、こうやって読み返してみると、『占星術』にはなかった動きのある事件展開や(あっさりしているとはいえ)人間ドラマが面白い。

 『占星術』もそうだったんだけど、メインのアイデアの衝撃度がでかすぎて、細かい部分はほとんど忘れてた。行きたい階にまっすぐ行けない複雑な階段とか、踊るような格好で死んでいた被害者とか、脇筋もいい。扇形の花壇もね、初読のときは何なのかがすぐにわかっちゃったもんだからインパクトがなかったのだけれど、ちゃんとそういう意味があったのか。すっかり忘れてた。「達也が笑う」とかよりよっぽどうまいじゃないか。

 ミステリの幅を広げた作品だと思う。横溝正史が、日本にはマザー・グースみたいな不気味な童謡がないからと言って『悪魔の手毬唄』を自作した話は有名だけれど、ミステリに特化した館を自作してもいいんだ!というのは衝撃的だったんじゃないだろうか。異世界ミステリとかSFミステリに近い。

 御手洗と石岡のかけあいも読みどころの一つ。今となってはキャラありき、になってしまったけれど、こういう人たちだからこそキャラが立っていたのだ。脅迫状に関するやりとりは、わかってから読むと、とりわけ名場面。
 

『死者の飲む水』★★★★☆
 ――札幌の実業家赤渡雄造のバラバラ死体が2つのトランクに詰められて、自宅に届けられた。鑑識の結果、死因は溺死、殺害場所は銚子と推定された。札幌署牛越刑事が執念の捜査で肉迫した容疑者には、鉄壁のアリバイがある! 札幌、東京、銚子、水戸を結ぶ時刻表トリックで猟奇的殺人を解明する本格長編傑作。

 溺死のトリックだけは覚えていたけれど、ほかはほとんど忘れていた。読み返してみると、確かに地味だけどけっこうよくできたミステリだと思う。時刻表は複雑すぎて飛ばしてしまったが(^^;。しかしこの怒濤の時刻表推理シーンは圧巻です。こんな迫力のあるアリバイ崩しはなかったんじゃないだろうか。バラバラ死体のトリックは、すっかり忘れていたとはいえ再読だからか、途中で見当はついたものの、やはりすごい。見えていた構図がくるりとひっくり返ってしまうのはミステリの醍醐味だね。こういうきれいな騙し絵みたいなミステリを書くのがうまいのは、現在の日本ではいまだに島田荘司五本の指に入るんじゃないだろうか(最近はちょんぼも多いとはいえ)。

 八木老人というお洒落(?)な変人が登場するのもすっかり忘れていた。単純に印象深いキャラ、というだけじゃなくって、この人、かなり重要な人物かもしれない。東京の中村刑事がお洒落だという設定なのも象徴的。

 動機となった回想場面を読むと、銚子という“田舎”町に住む人間の、東京に対する憧れや劣等感みたいなものが事件の底流に澱んでいたような気がするもの。それを捜査するのが北海道という“田舎”の刑事でしょう。その彼が東京のお洒落な中村刑事や八木老人に会う。あからさまな対比だよね。

 まあお洒落なのを否定しているわけじゃなくて、お洒落とか都会とかに引け目を感じてしまう田舎根性みたいなもの(ここらへん最近の日本人論みたいなものにつながるんだろうか)を描き出しているんだろうけれど。

 こんな機会がなければ読み返すこともなかったろうけれど、意外な拾いものだった。牛越が真相に気づくきっかけがあまりにも不自然すぎるのが減点だけど。
 ------------------

 『島田荘司全集』1
  オンライン書店bk1で詳細を見る。
 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ