『アイル・ビー・ゴーン』エイドリアン・マッキンティ/武藤陽生訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)
『In The Morning I'll Be Gone』Adrian McKinty,2014年。
北アイルランドの刑事ショーン・ダフィ・シリーズ三作目です。
第二作目は未読ですが、この三作目では第一作にあった欠点が解消されていました。
過去の事件で警察上層部に目をつけられていたダフィは本書冒頭で警察をいったん馘首になってしまい、いろいろあって復帰するものの未解決事件などを捜査する特別部に配属されます。実質的にダフィのための部署みたいなものなので、ダフィは組織に囚われず単独行動することが多く、警察小説としても私立探偵小説としてもノワールとしても中途半端だった一作目の欠点はなくなっていました。
閑職(?)に追いやられたためときどき一緒に捜査する部下もマクビー一人に絞られたため、人物の描き分けが乏しいという欠点も気になりません。
二作目をすっ飛ばして三作目を読んだのには理由があります。一作目の解説で書かれていた通り、本書は島田荘司の影響を受けた密室ものだということです。警察小説の書き手が島田荘司に影響を受けて密室ものを書くという意味がわからないのですが、そこらへんの事情は島田荘司による解説に書かれていました。最初に黄金期ミステリを読んでその後に離れて(著者の場合はノワールに移る)というよくあるパターンを経たうえで、ちょうど本格の海外進出に取り組んでいた島田荘司『The Tokyo Zodiac Murders(占星術殺人事件)』を読んで気に入り、「ノワール小説の設定内で密室ミステリーを書くことは可能だろうか、と考えるように」なったのだそうです。
そして驚いたことに、密室が扱われているからといって決して珍品ではなく、違和感なく溶け込んでいました。
冒頭にも書いた通りダフィはいったん警察を馘首になったのですが、脱獄したテロリストのダーモットがダフィの旧友だったことからMI5からダーモット捜索を打診され復帰したという経緯があります。そしてダーモットの家族に聞き込みをした際に、ダーモットの義妹リジーが電球を取り替えようとして足を滑らせた死亡事故のことを知ります。ですが事故ではなく殺人だと信じる母親から、リジー事件の解決と引き替えにダーモットの潜伏先を教えるという取引をもちかけられるのです。
現場の警察官がリアルタイムに密室殺人に出くわすのでは嘘くさくて仕方なかったでしょうが、特別部の人間が過去の未解決事件を知るという形が取られているためそうした嘘くささは和らいでいました。そしてテロリストの情報を聞き出すため事件を解決しなければならないという必然性も生まれていました。密室自体も大仰なものではなく、表口と裏口に鍵と閂が掛けられ窓には鉄格子のはまったパブのなかでの事故死というもので、殺人だと信じるのは事故だとはどうしても認めたくない母親と婚約者、そして医師の所見という現実的なものでした。
ようするにどう見ても事故死なわけです。
真相ももちろん島田荘司ばりの大トリックであるはずもなく、作中でも触れられていた古典作品の心理的トリックに過ぎないのですが、見るべきは犯人でしょう。これはあるいは密室ものにしたからこその意外性かもしれません。まあ事件発生当時の言動が怪しいので、本格ものが好きな人には犯人の見当がついてしまうかもしれませんが。【※ネタバレ*1】
本書ではダフィは何度も命の危険に見舞われますが、最後にはMI5のメンバーによって、アイルランドの将来の展望を聞かされます。作中人物から「戦争」とさえ表現されるアイルランドの状況ですが、何らかの兆しを感じさせてくれました。
それにしてもダフィは旧友へのコンプレックスもあってかIRA入りを志願したという過去が明らかになるなど、本当によくわからない人のままです。でもまあ生きていることが偉大なことだというのは真理です。ハードボイルド形式の一人称なので主人公の胸のうちはあまりわかりませんが、好きだった人にぼろくそなことを言われたり、多くの人を助けられなかったり、いろいろあったからこそ当たり前のことが染みるのでしょう。
元刑事のショーンに保安部《MI5》が依頼したのは、IRAの大物テロリストにしてショーンの旧友であるダーモットの捜索だった。復職を条件に依頼を引受けたショーンは任務の途中で、ダーモットの元妻の母に取引を迫られる。4年前の娘の死の謎を解けば、彼の居場所を教えるというのだ。だがその現場は完全な“密室”だった……オーストラリア推理作家協会賞受賞作の本格ミステリ。大型警察小説シリーズ第三弾!(カバーあらすじ)
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