『國文學』2007年3月第52巻第3号【特集 月光】★★★☆☆

 『國文學』といい『国文学 解釈と鑑賞』といい、大学時代にOPACで調べて散々コピーして……というしんどい印象しかなかったのだが、幻妖ブックブログで紹介されていたので久々に手に取る。というか買ったのは初めてだ。

「月の光の魅力――写真を通して見えること」石川賢治インタビュー★★★☆☆

 月光写真だなんて言葉だけを聞いて、ただの癒し系フォトだと気にも留めていなかったのだけれど、そうか太陽光ではなく月光で写真を撮るのは不可能だと思われていたのか。表紙写真がそれ。柔らかいのに厚みがある。
 

「袖の月影――和歌で読む古代日本の哲学」ツベタナ・クリステワ★★★★★

 枕詞だって始めから意味が失われていたわけじゃない(はず)だものね。万葉集からたどって「月影」の変遷を考察しています。万葉集のころには文字通りの“月光”でしかなかったし、そこから拡大する意味の広がりは個々の歌人に委ねられていたようなところがある。ところが俊成女の歌のころには、「月ぞやどりける」のは“涙に濡れた袖”だというのがすでに自明のものになっていて、それが自明だからこそ成立する歌でもある。「影」に「光」と「陰」だけではなく「面影」をも見ようとする解釈は面白かった。
 

「『竹取物語』――月界からの使者」川名淳子★★★★☆

 論文らしい論文を読むのはひさしぶり。以前はこういうのは地味で面白くなかったんだけれど、『ユリイカ』の評論みたいに独りよがりでつまらないアホな評論を読んだあとだと、手堅い論文がなんと輝いて見えることか。しかも最近はこういうふうに古典も「テクスト」として読んでくれるようにもなったんだな。

 当たり前のように思っていた月昇天が、類話にはない『竹取物語』だけの特徴というのは目から鱗だった。
 

「俳句と月」坪内稔典★★★☆☆

 雅としての月から、雅の対比としての俗な月、やがて雅も神秘性もない身近な月へと至る、和歌〜俳句の月の変遷をたどっています。残念ながら評論というよりは、まさにたどっているだけなのがもの足りない。
 

「月に憑かれて」東雅夫★★★☆☆

 氏のブログによれば、「作品そのものを収録しないアンソロジー」とのことなので、作品紹介がメインの文章です。三橋一夫の「白の昇天」を読んだとき、ちょっとよくわからなかったのだけれど、あれは梶井基次郎の「Kの昇天」を踏まえていたのかもしれないな、と首肯しました。
 

宮沢賢治と月」加倉井厚夫★★★☆☆

 著者は天文学者だということで、賢治作品に描かれる月を、月齢ごとに表にしています。
 

「満月の夜、男は狼となる――狼男の映画誌のために」吉田司雄★★★★☆

 抑圧された願望の発露という、ハリウッド流ジキルとハイド映画として狼男映画を位置づけ、狼男映画の流行の原因に戦争や恐慌などの社会不安を見出しています。そのため、月と狼男の関係性についてはさらりと触れられているだけに留まっていました。
 

唐十郎編集『月下の一群』創刊号、第二号について」森井マスミ★★★☆☆

 もっとも輝いていたころの唐十郎の一端が垣間見られる。
 

「月母神キサカヒヒメと射日神話――消されたオオナムチの系譜」坂田千鶴子★★★★★

 ところどころでレトリックに溺れる嫌いがあるためわかりづらい箇所もあるが、記紀神話風土記、中国文学や各地の伝承から社縁起にいたるまでを縦横無尽に渡り歩き、正史からは“失われた”月母神の存在を浮かび上がらせる展開は非常にスリリング。

 著作がないかと調べてみると、著者はフェミニズム批評の人らしいので、月神についてもあくまで女神という観点から興味を持ったのだろうけれど、でもこの人の論文をちまちま集めて読んでみようかな、と思わせる面白さでありました。
 

「月女神の輝きと母権制社会」松田義幸・江藤裕之★★☆☆☆

 冒頭で少子高齢化の問題に触れ、「結婚しない女性が増え」たことを「父系・家父長の父権制社会に対する反乱である」と捉える発想は面白いが、〈結婚しない男性も増えている〉ことは完全に黙殺している。これに限らず全般的に言葉足らずで説得力がない。論文というより怪しい宗教みたいだ(^^;。

 本文に説得力がないので、結びに書かれた「神話に語源を関連づけて考えていくという方法」から日本文化・文芸研究に新たな局面が見いだせると思う、という指摘もイマイチ具体的に見えづらいなのだが、これはつまり、例えば↑上記坂田氏が明らかにしたような――詩歌に詠まれた「アマテル」とはすべてが月であったというような指摘のことであろうか。
 

「日本・欧米・中国それぞれの月感覚」林正雄★☆☆☆☆

 看板に偽りあり。これは結びにあるとおり「和漢の詩歌に歌われた月の描写を手がかりにして、D・H・ロレンスの文学作品の中で言及されている月の描写の意味について考察した」ものです。要するにロレンス論。場違い。なにゆえロレンス?と思ったら、発表済み論文の改稿らしい。馬鹿にすんな。
 

「月と占い」大野出★★★★☆

 〈星占い〉でも〈月の満ち欠け〉すなわち〈暦法〉でもなく、夢占いとおみくじ。暦屋さん(なるものが存在するのだ!)に行って大雑書(占い&生活百科)についてたずねたら、「あんた日本人か?」と気色ばまれたというエピソードが象徴するように、たかが占いが昔は日本人の生活に密着していたのだ。今も日めくりには一言コメント付のがあるものな。おみくじは言うに及ばず。で、このおみくじの内容を読むだけでも面白い。よくぞここまで悪いことを書き連ねた(^^!。
 

ピアノソナタ「月光」とその闇」★★★☆☆

 まあ早い話が、「月光」の暗さは失恋やら難聴やらの苦しみとそこからの打開とかいうような話です。面白いのは、コードごとに、各調性の一般的な評価に関する第一因子、長調性を反映する第二因子、厳しさを表わす第三因子を抽出して考える、音楽心理学なる学問が存在するのを知ったことだ。「第二因子が低くて第三因子が高い、暗くて陰気な堅くて厳しい、いわば不安抑うつ的な調性」って、そのまんまじゃん_| ̄|○
 

「浮世絵に月はいかに描かれたか」大久保純一★★☆☆☆

 せっかくの文章なのだが肝心の図案が少なく白黒なのでは、……。
 

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