『エドガー・アラン・ポー短篇集』西崎憲編訳(ちくま文庫)★★★★☆

 いまさらのポーですが、西崎憲訳なので読んでみる。とはいえ「アッシャー家」なんて新潮の佐々木直次郎訳で挫折していたから、実はちゃんと読むのは初めてだったりする。

「黄金虫」(The Golden-Bug,1843)★★★☆☆
 ――もう何年も前のことである。親交を結んでいたレグランドという人物が、一匹の黄金虫を発見して、捕まえていた。彼はそれを、まったくの新種だと確信していた。その絵を凝と見てからぼくは言った。「じつに妙な黄金虫だ。頭蓋骨みたいじゃないか」

 再読か再々読。こんな古典にネタバレもなにもないけれど、でもこれを〈暗号小説〉と呼ぶのはネタバレだと思った。そして暗号小説なかんずく暗号ミステリだと思って読むと、今の目からは解決篇に当たる部分が懇切丁寧で長すぎるかなと思ったり。
 

「ヴァルドマール氏の死の真相」The Facts in the Case of M. Valdemar,1845)★★★★☆
 ――わたしはここ何年か催眠術の問題に立ち返っていたが、不意に、これまでの実験の遺漏に気づいた。いままで、誰も臨終に際した人間に、催眠術をかけたことがないのではないか。

 現代の作家が書いたと言われてもおかしくないような、今なお謎の科学と心霊の境界をモチーフにした作品。(もちろん現実にはあり得ないんだけれど。怪異を擬似科学で扱おうという姿勢に、この手のものに普遍的な要素を感じる)。ゾンビや吸血鬼ら〈死ねない〉者たちの苦しみと恐怖。
 

「赤き死の仮面」(The Masque of the Red Death,1842)★★★★★
 ――赤き死が国を荒廃させていた。血がその化身であり、証印であった。魅入られた者が際会すべきは、激越な苦痛と不意の眩暈、毛穴からの夥しい出血、そして死だった。

 あまりにもあからさまなメタファーときらびやかなレトリックで綴られた、こてこてのデカダンス耽美小説。完成度という点ではポーの作品のなかでも随一でしょう。ひたすら作品世界に身を委ねるべし。
 

「告げ口心臓」(The Tell-Tale Heart,1843)★★★☆☆
 ――その考えが脳中にはじめて入り込んだ時のことを語るのは不可能だ。目的はなかった。激情もなかった。おれはあの老人を慕っていた。あの眼のせいだと思う。殺してあの眼から永遠に逃れようと思ったのだ。

 光文社古典新訳文庫の小川訳の方が読みやすかったな。文学っぽい訳よりサスペンスっぽい訳の方がこの作品には合っているのかもしれない。
 

「メールシュトレームの大渦」(A Descent into the Maelstrom,1848)★★★★☆
 ――突然、ほんとうに突然に、明瞭な形が現われた。それは直系が半マイルほどの円だった。非常な速さで回転し、半ば叫びのような、半ば怒号のような声を放っていた。

 「陥穽と振子」にしても本篇にしてもそうだけど、ショックやサスペンスではなく文章で怖がらせる、という意味ではこれぞ小説とでもいうべき作品。現代のテンポのいいホラーに慣れると、ちょっと焦れったくも感じるけれど、じわじわと高まる恐怖がたまらない。
 

「アッシャー家の崩壊」(The Fall of the House of Usher,1839)★★★★☆
 ――わたしはアッシャーが異常な恐怖の奴隷になっていることを発見した。「ぼくは非業の死を遂げるだろう」とアッシャーは言った。だが彼を悩ます憂鬱の原因の大半が、愛して止まない妹の死にあることは認めていた。

 いいなあ。こういう、崩壊のためだけに積み上げられたような文章は。ペダンティック神経症的な言葉が、積み重なって積み重なって最後にがらがらと崩れる。
 

ウィリアム・ウィルソン(William Wilson,1839)

 あんまり好きな作品じゃないので読み返すことをしませんでした。ホントは別訳で読めば印象も違うのかもしれないんだけど。
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