『世界の涯まで犬たちと』アーサー・ブラッドフォード/小川隆訳(角川書店)★★★★☆

 『Dogwalker』Authur Bradford,2001年。
SFマガジン』ではケリー・リンクジュディ・バドニッツミルハウザーの名が引き合いに出されていたが、もっとヘンテコでシュールでアホである。

「キャットフェイス」(Catface)★★★★☆
 ――ぼくは部屋をシェアして家賃を折半しようと考えた。サーバーって名前の男は、鼾がはんぱじゃなくて、出ていってもらうことにした。ジミーはじつにおもしろいやつだった。部屋のなかにテントを張ったのだ。

 冒頭にいきなり「障害補償の額が減った」とあるだけでその後は何の説明もないので、怪我なのか病気なのかもわからない。自分の障害のことも、三本足の犬やらキャットフェイスやら鼻のてっぺん(!)にピアスをした少女やら奇形の子犬やらが続々と登場しても、泰然としている。そのくせ鼾は我慢ができないというのだから妙に生活的で可笑しい。呪いで死にかけるのはわかる(?)が、「服は体から剥がれかかっていた」というのが笑える。無人島で暮らしてたり喧嘩でぼこぼこにされた漫画のキャラを想像すればよいのだろうか。これだけヘンテコがてんこ盛りなのに、芯は淡いラブストーリーだったりする。
 

「軟体動物」(Mollusks)★★★★☆
 ――ケネスとぼくは古い車をのぞきまわっていた。「すげえ」ぼくたちは、その巨大ナメクジを持って帰ることにした。ケネスにはビジネスセンスがあるのだ。ところがテレサは悲鳴をあげ、ケネスの向こう脛を蹴りあげた。

 巨大ナメクジが金づるになると思っちゃうところがすでにもうダメダメである。語り手の方は純銀製カップを手に入れたというのに、ケネスの方は壊れた速度計に壊れたジッポのライターに巨大ナメクジ。でも小説や映画に登場するアメリカの少年ってたいていこういう何の役にも立たないものが大好きなんだよな(本篇の場合は少年じゃなくて大人なんだけど)。
 

「テキサス盲学校」(The Texas Shcool for the Blind)★★★★☆
 ――ぼくは視覚も聴覚ももたないマーヴィンという男の子の担当をまかされることになった。どうやって意思の疎通をはかればいいのか、ぼくにはわからなかった。ぼくはよくマーヴィンに話しかけた。もちろん、聞こえていないのは承知の上だ。

 「軟体動物」の語り手も働いていたテキサス盲学校の話。これまでの二篇に比べるとずっと現実サイド寄りの話なのに、文体はまったく変わらないのでホンワカしてます。これってあれです。スヌーピーとかシンプソンズとか、シュール&諷刺なアメリカン・カトゥーンのノリに近い。
 

「冬を南で」(South for the Winter)★★★★★
 ――いま住んでいるところが寒くなってきて、ぼくは思った。人並みに、雪は嫌いではないものの、南にいくことにしたんだ。

 何が可笑しいって、冬を南で過ごす話ではないところである。「かまくらができるくらい」大きな「雪のひとひら」というばかみたいな表現がこの人の作風を表わしています。
 

マットレス(Mattress)★★★★☆
 ――ベッドを持っていなかったぼくは、ウレタン製パッドを床に敷いて眠った。同居人のブレイクに頼み、取りにいくのを手伝ってもらうことにした。だがブレイクは、急ブレーキをかけて車をスピンさせたものだから、あっという間に反対方向に走っていた。

 無茶苦茶な友人に引っかき回された挙句の、語り手の小さな幸せ。新鮮なキノコやボックススプリングでも充分じゃないか。
 

「アラン・マシューズの家」(The House of Alan Matthews)★★★☆☆
 ――この前の晩、ぼくは友達のアラン・マシューズに会いにいった。「ちょっと吸ってみてもいいかな」ぼくたちはマリワナを吸った。そのうち、隣の奥からドシンドシンという音が聞こえてきた。

 これは本書のなかでは比較的一般的な幻想/怪奇小説風である。もちろんそこらここらで登場人物たちがナイスな会話をおこなうので、そんな雰囲気もぶちこわし(?)なのだが。
 

「六匹の犬のクリスマス」(Six Dog Christmas)★★★☆☆
 ――トロイがうちにやってきた。「これを預かってもらえないかな?」「何が入ってるんだい?」ちょっとヤバい、銃のようなものじゃないかと思ったのだ。「子犬だ」「死んでるの?」「ラジオが真上に落ちてきたんだ」

 冒頭からやられました。死んだ子犬を冷蔵庫に保管しておいてくれって。。。一応のところは温かいクリスマス・ストーリーではありますが。「一、二、三、四、五、六――みんなで家に入った」って何かのもじりっぽいんだけど。
 

「ビル・マクウィル」(Bill McQuill)★★★★☆
 ――ある日、ビルと線路を歩いていると、ひどい怪我をした二匹の犬に出くわした。もはや死にかけだった。ぼくらは家に帰ってフィリスのドアをたたいた。「散弾銃を持ってないかい? 線路に犬がいて。殺してやりたいんだ」フィリスは息を呑むと、鼻先でドアを閉めた。

 基本的に語り手は来るものを抵抗せずに受け入れ、友人たちは粗暴で無茶苦茶な言動の駄目人間が多い。なかでも本篇のビル・マクウィルは筋金入りの阿呆である(^^;。何が起こっても自分中心に世界を回してしまえるとこうなるのだ。
 

「スノウ・フロッグ」(The Snow Frog)★★★★☆
 ――外に出てみると、トムが汚泥のなかの何かに見入っていた。いくつもの小さくて長いものが、くるくる巻いている。青白くて、半透明で、緑がかった物だ。「これって蛇には見えないけど」「わしにもだ」

 雪とかぼうっと光るものや場所とか手足のないものとかが本書にはよく出てくる。本篇はそれが揃い踏み。ちょっと気持ち悪いのだが、本書のなかでも非現実的な部類に入る話である。
 

「リトル・ロドニー」(Little Rodney)★★★★☆
 ――ああ、ぼくはカーラに首ったけ。隣に住んでいる女性だ。三本足の小型犬ロドニーは、あまりぼくのことを気に入っていない。「ウウウウウウ」とそいつはうなった。

 三本足の小犬と大蛇(!)が呼び寄せる、小さな幸せの物語。行方不明になった犬の報奨金を掠め取ろうとする脇役の婆ちゃんに捨てがたい味がある。
 

「ビーチ・トリップ」(Beach Trip)★★★★☆
 ――大型犬ウィリスが後部座席でハアハアと息をついていた。死んでしまうんじゃないかと心配だった。スポーツカーから男が降りてきた。「きょうのきみたちはついているね。これを飲ませなさい」

 青白く光る犬用の熱冷まし薬を飲んでビーチでトリップするという、これまで同様にトンチキな話なのですが、波と薬の効果でたゆたうようなちょっと幻想的な雰囲気も醸し出されています。
 

「チェインソー・アップル」(Chainsaw Apple)★★★☆☆
 ――ぼくにはごくかんたんなトリックに見えた。ダチのロバートが口にリンゴをくわえ、ぼくのほうはチェインソーでその果物に彼の頭文字を彫るのだ。

 本書でも一、二を争うバカ度である。だけどこの結末はオタクに都合のいい美少女漫画みたいで好きじゃない。
 

「ドッグズ」(Dogs)★★★★☆
 ――ぼくが恋人の飼い犬と寝ているといったら、きっと変なやつだと思われるだろう。でも、それはぼくにとっていちばん困った秘密ってわけじゃない。

 いや、もう、「恋人の飼い犬と寝ている」というくだらない発想を、そのままの勢いで突き詰めてその後のことまで押し切って描くとこうなるのですね。波瀾万丈(?)の家族(?)の物語。
 

「ロズリンの犬」(Roslyn's Dog)★★★★☆
 ――ぼくは町に出かけるたびに、ロズリンの犬の前をとおった。ロズリンは犬舎のなかに手を入れないように何度か注意してくれた。

 この作品が比較的まともに見えるところが本書のすごいところです。一言でまとめれば「ユーモラスな変身譚」。
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