『第二の顔』マルセル・エイメ/生田耕作訳(創元推理文庫F)★★★★☆

 『La Belle Image』Marcel Aymé,1941年。

 復刊された。ページがでこぼこしてるということは活字なのか? 懐かしい感じの手触りだった。

 ある日突然、美男子になってしまった中年男の悲喜劇……一言で言えばそういう話なのだけれど、ファンタジー要素は意外なほど少ない。壁抜けとか分身とか若返りとかとは違って、変身自体は大ごとだけど変身後の姿が特殊なわけではないから、そこから描かれるのは対人関係のギャップや苦労の悲喜こもごもがメイン。

 語り手自身はそれまでの人間関係を見つめ直したり、生活手段を考えたり、知り合いの反応の違いに悩んだり……けっこう普通の人なんである。これまで誘惑に抗って生きていたつもりだったのに、美男になった途端に女の方から寄ってくるようになって、もてない男の自制心なんてそんなの自制心でもなんでもなかった、と悟る場面などなど、視点の変わることによる面白さはあるけれど。

 何と言っても、奥さんのことが好きでしょうがないから、別人のままで奥さんをくどこうという無茶苦茶な行動が引き起こす顛末が読みどころです。そんなの、うまくいってもうまくいくわけがないんです。しかも奥さんがくどかれてしまうのである。自分に嫉妬です。しかも妻はまったく見せたことのない表情を、顔の変わった自分に見せ出して……。

 奥さんの豹変ぶり(というか語り手が信じていた妻の姿とのギャップ)や、顔の変わった語り手のことを、語り手を殺した殺人犯だと思い込む友人のほか、誰よりも忘れがたいのが変人の叔父さんです。

 顔が変わったなどと言っても誰も信じてくれないだろうと考えた語り手は、理屈で理解するのではなく現実そのままを受け入れてくれそうだという理由で、叔父さんにだけは真実を打ち明けるのですが、唯一の拠り所のこの叔父さんがまったく役に立たない(^^;。真実は言えない、でも奥さんには伝えた方がいい――というわけで、よかれと思って意味不明の謎めいた伝言を奥さんに伝えたり、自称発明品でごてごてと飾り立てた珍妙な車を乗り回したり。

 風采のあがらない中年実業家が、ある日役所で、提出した写真を突き返された。本人のものではないという理由だった。指摘に驚いた彼は、鏡を見て愕然とする。そこに映ったのは別人だった! しかも美男だ。誰も、親友も、妻でさえも彼であることをわかってくれない。奇々怪々な生活を送ることになった男の、世にも不思議な物語。エイメの筆が冴える、幻想と皮肉に満ちた人間の悲喜劇。(カバー裏あらすじより)
 ---------------

  『第二の顔』
 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ