『カリブ諸島の手がかり』T・S・ストリブリング/倉阪鬼一郎訳(河出文庫)★★★★☆

 『Clues of the Caribbees』T. S. Stribling,1929年。

 異色作家というかB級作家というか、そんな印象を持っていたのだけれど、(思っていたよりは意外と)けっこう剛速球ストレートの本格ミステリじゃないですか。いや、まあ、ストレートとは言っても消える魔球なのかもしれないけれど。

 雑誌やアンソロジーで「ベナレスへの道」と「チン・リーの復活」は読んでいたのだけれど、あれは単発で読むものじゃありません。単発で読んじゃうとどっちもただの一発芸みたいな話に見えてしまった。

「亡命者たち」(The Refugees,1925)★★★★★
 ――警視正ハインシアス氏は、入港した汽船の乗客名簿に目を通していた。ベネズエラを追われた独裁者が、ここに上陸しようとは。前独裁者はホテルに宿を取った、と部下から連絡があった。

 冒頭から何となくブラウン神父の第一話を連想しました。謎解き自体も、黄金期名探偵小説定番の「事件〜訊問・調査〜推理お披露目」形式ではなくて、行き当たりばったりでつかみどころがない感じ。ホテルに居合わせたアメリカ人なんて、ただのギャグじゃん、と思ったら――。そうやって搦め手から攻めながらも、メイントリックはバリバリ本格というのが魅力です。
 

「カパイシアンの長官」(The Governor of Cap Haitien,1925)★★★★★
 ――ハイチの長官に招かれたポジオリが頼まれたのは、人の心を読んで住民の信頼を一手に受けるヴードゥーの反政府的指導者の仮面を暴くことであった。

 ヴードゥーの呪術師と独裁政権が対立するハイチという設定が秀逸。ほとんどSFじみた異世界ミステリで、作品世界独自の論理が住民たちを支配しており、それだけでも面白い。それでいながらメイントリックは現実的というのがやはりこの人の魅力でしょう。ほかにもトリッキーなトリックがいろいろ詰め込まれてます。わたしが個人的に好きな、現在進行形型のミステリでもあります。
 

「アントゥンの指紋」(The Prints of Hantoun,1926)★★★★☆
 ――強盗に遭った銀行の現場には、手袋のボタンが落ちていた。にもかかわらず、金庫には指紋が……。犯人は手袋をしていたのに、手袋をしていなかったのか?

 がらりと趣が変わって、名探偵ものの推理パロディみたいな話になっています。面白いのは、ポジオリだけではなく目撃者まで名(迷?)推理を滔々と披露するところ。トリッキーな真相と着実な手がかりをおかしな展開のなかにまぶすのは著者の独擅場です。探偵役の二人が、片や指紋を、片や容疑者の鼻歌(!)を手がかりに捜査するのが人を食ってます。
 

クリケット(Cricket,1925)★★★★☆
 ――クリケットの選手が殺され、犯人は逃げ出した――ように思われたが、死んだ選手は父親の会社の資金を横領して使い込んだ挙句、自殺してしまったらしい……とも思われたが。

 ここに来て「アントゥン」「クリケット」と完全に〈迷探偵〉路線が定着してしまったようです。迷探偵ものは迷探偵もので面白いのですが、それは最初の二篇にあったポジオリものでしか味わえない魅力とは別のものだと思います。「ベナレス」への布石なのかもしれませんが。迷探偵ものとしてこれ以上の皮肉はないと思っていたら、さらに上を行く「ベナレス」みたいなものが待ちかまえていました。

 本書以後の作品も読んでみたい。独自の魅力を放ち続けているのか、単なる迷探偵ものになってしまったのか。
 

「ベナレスへの道」(A Passage to Benares,1926)★★★★☆
 ――職業的好奇心からヒンドゥーの寺院で一夜を過ごしたポジオリ教授。だが翌日知ったのは、その夜その寺院で殺人が行われたという事実だった。

 迷探偵もここに極まれり。タイトルの意味からもわかるとおり、単なる一発芸ではないのですが、それでもやはりインパクトのみが記憶に残ってしまう作品ではあります。
 ----------------------

  『カリブ諸島の手がかり』
  オンライン書店bk1で詳細を見る。
 amazon.co.jp amazon.co.jp で詳細を見る。


防犯カメラ