『ミステリマガジン』2010年08月号No.654【異色作家の最新潮流】

「迷宮解体新書32 麻耶雄嵩

 新刊が出ていたとは知らなんだ。『貴族探偵』。さらには『隻眼の少女』も今年刊行予定だそうです。
 

「華麗なるアリバイ 『ホロー荘の殺人』映画化」

「映画『ぼくのエリ 200歳の少女』公開 原作『MORCE』」
 

 今回の異色作家特集は〈ビザーロ〉というアメリカの新しい潮流の紹介。解説と掲載作品で判断するかぎりでは、サブカル材で建てられた家。それも意図的な狙いがあるというわけではなく、単純に好きなんだろうな、と。

「単純機械」カールトン・メリック三世/横山啓明(Simple Machine,Carlton Mellick III,2009)
 ――オリヴァー・マドゥーは、ある朝目覚めると、両目の涙腺のあたりに銅製の小さなドアノブができていることに気づいた。目玉がドアのように開いた。眼窩の奥に小さな男が立っている。ミニチュアの男はオリヴァーに手を振った。

 たとえばいい女を見て目がびょーんと飛び出したり、体は固まったまま魂だけスタスタ抜け出したり、そういったカトゥーンの世界そのままのドタバタが再現された作品です。あっちのドタバタアニメは『トムとジェリー』くらいしか知らないわたしでも、読んでいると「ズキューン」「キキーッ」「ガタンゴトン」「ボワンッ」のような効果音が自然と脳内に流れてきました。
 

「大人たちを掘り出して」D・ハーラン・ウィルスン/横山啓明(Digging Up Adults,D. Harlan Wilson,2006)
 ――男の子は口をぴちゃぴちゃと鳴らした。少女をいらつかせるためにわざとやっている。彼女のことが好きなのだ。近所の遊園地でふたりの子供はひざまずき、大人たちを掘り出していた。大人たちは子供の世話をするのにうんざりし、地面のなかに自分たちを埋めたのだ。

 こちらの作品で描かれるのは、グロテスク。土をかけられて白目を剥いた顔や、好きな女の子のそばかすに対する執着など、変態描写が冴えてます。
 

「探偵ミスター・プラッシュ」ギャレット・クック/五十嵐加奈子訳(Mr. Plush, Ditictive,Garrett Cook,2009)
 ――ひと月前まで、おれはハットボックスという名前だった。そしてある日、目が覚めるとトレンチコートを着て中折れ帽をかぶったテディ・ベアになっていた。ただのテディ・ベアじゃない。もっと悪い。おれはテディ・ベアであると同時に、堕落したダーティーな私立探偵だった。

 テディ・ベアのハードボイルド・パロディ。テディ・ベアが殺し屋につかまって腹を割かれて中身の綿をめちゃくちゃにされた……と、これは何でしょう、すでに一つのジャンルなのかな。『テディです! Teddy Death』とかってのは。
 

「スプラッタ・パンクからビザーロへ」宮脇孝雄

ゲニウス・ロキチェルシー・クィン・ヤーブロ/中野阿矢子訳(Genius Loki,Chelsea Quinn Yarbro,2008)
 ――アガサが姪夫婦の家で感じた不安の源とは?(袖惹句より)

 これはビザーロではなく、普通の怪談。直接的な怪異はなく、なんとなく不吉・不気味を感じさせるだけなので、事実が明らかにされても、怖いというより、まあ確かに気持はよくないね。という感じでした。
 

「ミニ特集 なぜいまゾンビなのか」

「100パーセント・ビーフのパティをダブルで」ジェイ・レイク/小川隆(Two All Beaf Patties,Jay Lake,2008)
 ――ゾンビになったジェレミーはもう一度食事することを夢見ていた。(袖惹句より)
 

「小特集 高殿円 トッカン―特別国税徴収官― の世界」
短篇「トッカン―幻の国産コーヒー―」、作品ガイド、高殿円インタヴューほか
 

「私のアメリカ雑記帖(3) 死出の旅あるいは逃走カップル映画鑑賞術(その一)」小鷹信光
 今回はたっぷり映画の話題。次回に続く。
 

『ファイナル・オペラ』(1)山田正紀

『あとは沈黙の犬』(2)矢作俊彦

「Dr. 向井のアメリカ解剖室(20)」
 

「建築視線(2) 繋ぎ合うのは丸太と心」安井俊夫
 ロバート・B・パーカー『初秋』より、スペンサーが建てさせるログハウス。
 

「独楽日記(32)これ一枚で充分 iPad と書籍の未来」佐藤亜紀
 まさかの日常エッセイ。ちょうど今日の新聞に、iPad購入者は実はIT苦手な中年が多という記事が載っていて、ふうんと思ったところでした。苦手かどうかに関係なく使いやすい方が主流にはなってゆくのでしょう。
 

「誰が少年探偵団を殺そうと。」24(最終回)千野帽子「初心に戻って「ですます」で書きました。」
 最終回。次号からは「幻談の骨法」という新連載が始まるらしい。タイトルからすると今度はミステリではなく今回もちょろっと触れられていた幻想文学が取り上げられるのでしょうか。そもそも『容疑者X』は非本格だ!とかいうだけならまだしも、本格の傑作だと言った評論家謝れ!とかわけわからんちんなこと言いだしたことから始まった……んだったっけか。
 

「顔のない女(8)ハーピー高橋葉介
 

「書評など」
ロマン・サルドゥ『我らの罪を許したまえ』は、「『薔薇の名前』に匹敵する歴史ミステリ」とのこと。『薔薇の名前』が歴史ミステリの名作なのかどうなのかはともかく、こう書かれたのでは読まねばなるまい。

麻耶雄嵩貴族探偵麻耶雄嵩五年ぶりの新作。桜庭一樹『道徳という名の少年』も出てました。

ビオイ=カサーレス『メモリアス ある幻想小説家の、リアルな肖像』も気になります。

◆DVDは『レクイエム』(Five Minutes of Heaven)。アイルランドの抗争で兄を殺した少年と兄を殺された少年。長じた二人を対面させようという「感動的な」テレビ企画が持ち上がるが……。
 

「トーキョー・ミステリ・スクール(8)」石上三登志

『青光の街』(7)柴田よしき
 

「ミステリ・ヴォイス・UK」(第32回 P・D・ジェイムズの探偵小説論)松下祥子

「虚実往還(最終回)」吉岡忍

「幻島はるかなり 翻訳ミステリ回想録(8)」紀田順一郎
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