『ミステリマガジン』2010年09月号No.655【コスチューム小説道】

「迷宮解体新書33 藤崎慎吾」

エドガー賞フォトギャラリー」
 

 「コスチューム小説」とはなんぞや?と思いましたが、「costume play(歴史劇)」の costume だそうです。皆川博子の新連載に合わせた企画かな?

「尊厳と萌え」須賀しのぶ
 

「罪、犯せし者たち」ピーター・トレメイン/吉嶺英美訳(Those That Trespass,Peter Tremayne,1999)
 ――銀の聖餐杯と黄金の十字架が教会からなくなった翌日、森の中でイボー神父の首吊り死体が見つかった。窃盗の罪の意識から自殺したのだと、フェバル神父は言い張るが……。修道女フィデルマはそれに納得しなかった。

 イボー神父の濡れ衣を晴らすところには物証や論理が用いられ、真犯人を指摘する段になると性格的な演繹が使い分けられていました。「○○は聖職者らしくない」という証言自体が聖職者らしくない――こういう、策士策に溺れるタイプの犯人のほころびは、けっこう好きです。
 

マスケット弾」ポール・C・ドハティ/小田川佳子訳(The Masket Ball,Paul C. Doherty,1999)
 ――傍若無人郷士トレローニーが宿屋の階段で殺された。人もすれ違えず向きを変えるのも困難な狭い階段で、マスケット弾で額を撃ち抜かれて。だが階段の上にも下にも目撃者はいた。犯人はどこから撃ち、どこに消えたのか――?

 う〜んと、結局、不可能犯罪に見えたのは、たまたまなわけじゃなくて意図的なものなのかな。その意図がよくわからないんだけど。信者向けに表向きは神の奇跡に見せているってことでしょうか?
 

「歴史ミステリガイド(映像作品/海外/国内篇)」小山正・千街晶之末國善己
 すでに知っている作品以外で気になったのを挙げると――『リジーが斧をふりおろす』てのはタイトルからてっきり名前だけ借りたマザー・グース・ミステリだと思って食わず嫌いしていたのですが、リジー・ボーデン本人が探偵役なんですね。風野真知雄〈同心亀無剣之助〉シリーズは「『刑事コロンボ』へのオマージュが随所に見られる」「捕物帳には珍しい倒叙物」だそうです。山周『樅の木は残った司馬遼「前髪の惣三郎」がミステリとして紹介されていて、どちらも読んだことはあるのですがそんなことは思ってもみなかったので、読み返してみたくなりました。
 

「DILATED TO MEET YOU―開かせていただき光栄です―」(第01回)皆川博子
 ――「隠せ!」クラレンスが切迫した声で囁いた。ここは外科医ダニエル・バートンの私的解剖室である。ナイジェルとエドワードは解剖中の死屍をくるみ、暖炉の隠し場所に運ぶ。犯罪捜査犯人逮捕係ボウ・ストリート・ランナーズの二人が現れた。「また盗みましたな、先生」

 新連載。死体解剖に制限があった18世紀のロンドンで、墓暴きから違法に死体を買って研究を続ける外科医。そこに買ってもいない死体が現れて……。「饒舌《チャターボックス》クラレンス」「肥満体《ファッティ》ベンジャミン」「骨皮《スキニー》アル」「容姿端麗エドワード」「天才細密画家ナイジェル」。こういうAチームとかマガークみたいなニックネームだけでわくわくします。
 

「日本の読者にも知ってほしい。ノワール作家はみんなナイスガイなんですよ サイモン・ルイス・インタビュー」インタビュアー・杉江松恋
 イアン・マキューアンに対する意識が笑った(^^。
 

「7C」ジェイソン・ロバーツ/府川由美恵訳(7C,Jason Robarts,2004)★★★★★
 ――傷はただそこに現れる。ある朝、妻が言う。「こんなところにあるのに気づかなかったわ」でかいコーヒーの缶に顔を突っ込んだみたいな傷があった。ぼくの専門は初期宇宙の原理で、宇宙がどうやってできていったか、そのメカニズムを研究している。ぼくが研究しているのは、遠くの天体、つまりはずっと昔の天体だ。初期の天体ほど、いちばん古い光に封じ込められているんだ。

 徐々にはっきりと浮かび上がってくる傷。それがやがて周りの人々の身体にも現れ始めたのが、語り手にだけは見えていました。意識しすぎの強迫性障害のせいで古い傷が浮かんできただけなのか、それとも……。おお。答えは初めから目の前にありました。きっかけは妻のことで、専門分野と重ね合わせて、ゴールに向かって逆算してゆく狂気というにはあまりに論理的な狂気。久しぶりにこんな怖い小説を読みました。

 マイケル・シェイボン主催のオーガスト・ヴァン・ソーン賞第一回受賞作。ヴァン・ソーンとは「ポーの衣鉢を継ぐ怪奇作家」という設定の架空の作家だそうです。
 

オクラホマシティの13人――国際推理作家会議(AIEP)レポート2010」松坂健
 

「幻談の骨法 世界一簡単な幻想・小説論(第1回)小説とは、道に沿って持ち歩く鏡である」千野帽子
 連載ものでオリジナルな定義を持ち出されると忘れてしまうので後半キツくて困ります。乱暴に言うと「描かれているものが現実かどうか」「描かれている世界が現実かどうか」「どのように語られているか(語りが信頼できるか)」が現談・幻談を分けるポイントだそうです(たぶん)。
 

『あとは沈黙の犬』(第3回)矢作俊彦
 ――義兄のあとを襲い組長となった父親を殺すことにした鉄平の真意とは?

『七人の探偵のための事件』(第4回)芦辺拓
 ――名鳴町で起きた奇妙な事件の数々を名探偵一行が推理するが……。
 

「私のアメリカ雑記帖(4) 死出の旅あるいは逃走カップル映画鑑賞術(その二)」小鷹信光
 「ヒーローが最後にカッコよくまたは無惨に死んでゆく映画」。『グラン・トリノ』のイーストウッド観は、なるほど映画を見続けてきた人の観方だなあ。『ゲッタウェイ』はあまりお好きではないようです。あれはあれで好きだけどな。
 

「顔のない女(9)モンスター・メイカー」高橋葉介
 

「書評など」
 今月からラノベや漫画欄など、若干誌面が変更されてます。
オスカー・ワイルドとキャンドルライス殺人事件』『機械探偵クリク・ロボット』(勝呂忠最後の装幀)のほか、SF文庫のチャイナ・ミエヴィル『ジェイクをさがして』が紹介されてます。「異色作家」とはものはいいよう。『異色作家短篇集』の「異色作家」を期待すると裏切られるとは思いますが、「怪奇幻想寄り」が好きな方にはお勧めです。島田荘司写楽 閉じた国の幻』は久々に絶賛の島田作品。誰が写楽なのか、ではなく、なぜ周囲の人々が写楽に言及していないのか、という着眼点にまず惹かれます。

ダニイル・ハルムス『ハルムスの世界』は『モンキービジネス』掲載作をまとめただけかと思っていたのですが、全六十八篇ということはけっこう未掲載作もありそうです。

ヴィクトル・ペレーヴィン『宇宙飛行士オモン・ラー』は、や、別にパロディではなく、むしろ「初出媒体が純文学系の文学誌」の「文学寄り」の作品のようですが、ソ連がメンツのために無人機と言い張っていた月面探査車は実は手動式で、オマエ月に行って運転してこい戻ってくるな(来れない)という内容を読むにつけても冗談としか思えません。

『筒井漫画読本ふたたび』は、「ふたたび」とかいうから筒井御大ご本人の昔の漫画かと思っていたら、筒井作品の漫画化でした。

◆今月から始まったノンフィクション・ラノベ・漫画欄では、『新・AV時代』・『マリシャルクレーム』・『Q.E.D 証明終了』が紹介されてました。
 

「Dr. 向井のアメリカ解剖室(21)」
 

「独楽日記(33)西部劇って、何?」佐藤亜紀
 マカロニ・ウェスタンの特徴は政治性。リメイクや新作西部劇はマカロニ化のくせしてマカロニが意識されとらん。で最終的にはゲームの話。
 

「トーキョー・ミステリ・スクール(9)」石上三登志

『青光の街(8)』柴田よしき
 

「建築視線(3) 俯瞰の補完」安井俊夫
 カーター・ディクスン『白い僧院の殺人』。「足跡がない」という事実を決定づける視点の移動について。専門家の目はさすが鋭い。
 

「ミステリ・ヴォイス・UK」(第33回 ディーヴァーの007)松下祥子
 前作セバスチャン・フォークスにつづいての007シリーズ新作の著者は、ジェフリー・ディーヴァーだそうです。イギリスはいちいちやることが面白い。
 

「幻島はるかなり 翻訳ミステリ回想録(9)」紀田順一郎
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